生ノ呪5
「おぉ! きれいさっぱり消えたね!」
北一を訪れた翌日、俺はさっそくオカ研の部室に行って、生霊がまだ憑いていないかどうか先輩に視てもらった。先輩は入室した俺を見るなり、パチパチと手を叩きながらそう言ったので、俺は心の底から安心した。
あれから、俺が金縛りに遭うことは無くなった。まあ夕莉ちゃんの言う通り、俺の身体が『憑りつかれている』という状況に慣れたのか、最初の一回以降は金縛りは起きなかったのだけど、それでも何となく肩が軽いような気がする。俺が思うにあの子は、本当は俺の傍に行きたいのに、それが叶わないというフラストレーションから、無意識的に俺のもとに生霊を飛ばしていたのだろう。だが、トビオがお馬鹿なりにあの子の背中を押して、あの子は青城へ進学する決意を固めた。つまり、あの子のフラストレーションは解消されて、俺に憑いていた生霊もいなくなったってワケだ。
「まあ…俺としては今後から安心して眠れるわけだし、俺に迷惑の掛からない範囲で俺のことが好きなのは、別にいいんだけどね」
「あはは、モテモテすぎるのも考えものだね! でもまあ、キミの場合は良くも悪くもいろんなものを惹きつけやすいから、今後も注意した方がいいかもね〜」
「そういう洒落にならないこと言わないでくれます!?」
先輩に脅されたりしつつも、まあなんだかんだ言って俺はそこまで怖がってはいなかった。何といっても、夕莉ちゃんという最大の味方がいるワケだからね! でもまあ、頼りっぱなしというのも嫌な話だから、俺にできることで夕莉ちゃんの助けになれることがあればいいんだけど。それもおいおい見つけていくとして、まずは目の前の大会に全力を注ぐことにしよう。
「そうそう、来月に春高の代表選があるんだけどさ。夕莉ちゃん、見に来ない?」
「春高…ですか?」
「うん、高校バレー三大大会の1つ! 今度こそは全国に行ってみせるからさ、夕莉ちゃんに応援してもらいたいな〜なんて。もちろん、予定があるなら無理しなくてもいいんだけど」
「いえ…ちなみに会場はどこでしょうか」
「前年通りなら仙台でやるはずだったんだけど、今は耐震工事中らしくてさ〜。今年は白鳥市民体育館が会場なんだよね、ムカつくことに!」
そうなのだ、何がクソムカつくかってウシワカヤローのホームである白鳥市が会場なのだ。白鳥は、青城のある仙台市とは隣同士なので地理的には近いし、夕莉ちゃんも来やすいだろうが、わざわざ奴らのお膝元に飛び込まなきゃならないようで俺的にはムカつく話なのだ。岩ちゃんにそのことを言ったら「一生仙台に引きこもってろ」とか言われたけど。
「で、どうかな? 来れそう?」
「…すみません、応援に行くのは難しいです」
「そっかー。ま、予定が入ってるなら仕方ない! もうちょっと早く言っておけばよかったね」
「…いえ。応援していますので、頑張ってください」
無表情ではあるものの、そのどことなく柔らかい話し方から、夕莉ちゃんが真剣に応援してくれていることが伝わってきて、俺は嬉しさを感じずにはいられなかった。日に日に俺のあしらい方を覚えてきているのはちょっと悲しいが、日に日に俺に親しみを覚えてくれているのがわかる。夕莉ちゃんの応援に応えるため、俺は今度こそ、牛島のあのいけ好かないツラをギッタギタにしてやろうと、心の中で誓うのだった。
それから約一か月後、春高代表選の日がとうとうやってきた。とはいえ初日は、何度か対戦したことのある相手校との試合が1試合だけなので、俺たちはそこまで気負いせずにリラックスして会場入りした。まあ俺はマッキーから「殺意が漏れ出てんぞ」とか言われる程度には気合が入ってたけどね。
試合は午後からで、だいぶ待ち時間があった。試合前のチームが練習する用のサブアリーナはあるものの、もちろん使用するのは試合が近いチームが優先なので、俺たちは各々自由に試合前の時間を過ごしていた。岩ちゃんとかの血の気の多い面子は外でパスをしていたが、俺は2、3回戦で対戦するであろうチームの下見ということで、白鳥沢の連中と顔を合わせないよう気を遣いつつ試合を観戦していた。
(ふ〜ん…。和久南のスパイカーくん、インハイの時よりも空中戦の駆け引きが上手くなってるね。これはまっつんに頑張ってもらわないと)
情報収集は大事だ。相手の攻撃パターンであったり、相手の弱点であったり、そういったものは試合の様子を注意深く見ていれば自ずとわかってくる。2階のギャラリー席から眼下のコートを見下ろしながら、試合で当たったら誰をサーブで狙うのかを考えていると、そこへ背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おや、徹君。ご精が出ますねぇ」
「へ? 方丈さん?」
声の主は鬼畜生臭坊主こと、方丈さんだった。まさかこんな所で会うとは思っていなかった相手の登場に、俺は思わず目を丸くした。方丈さんはいつもの法衣姿ではなかったものの、私服らしい和装姿でいたので、ジャージ姿の人がほとんどの体育館の中では物凄く浮いている。方丈さんは俺の隣に座って、相変わらずの胡散臭い笑顔で俺の背後を見てきた。
「どうやら問題が解決したようで。よかったですねぇ」
「あ、そういえば文句言おうと思ってたんですよ! 方丈さんのせいで会いたくもない奴に会っちゃったんですからね! ってか仙台駅にお坊さんなんかいなかったんですけど!?」
「当たり前じゃないですか。あの辺りで托鉢僧を見かけたことなんて、私もありませんから」
「…は?」
方丈さんのサラッと言ってのけた言葉の内容に、咄嗟に言葉を返すことができなかった。間抜けな表情を浮かべている俺を嘲笑うかのように、方丈さんは手に持っていた扇子をパタパタと扇いでいる。
「いえね、先月に法事をしたところの御子息が、白鳥沢のバレー部の1年生でしてね。君に教えた日に練習試合があって、仙台駅でベンチメンバーを待って試合先まで案内することになっていると聞きまして。白鳥の牛島さんといえば代々霊感が強い一族として、この界隈の神職や坊主の間では有名なんですよ。なので、君に憑いていたモノも見えるんじゃないか、と思いましてねぇ」
「なっ…俺を騙したってことですかぁぁぁ!?」
「騙しただなんて人聞きの悪い、坊主の些細な気遣いですよ。正直に伝えていたら、君は行かなかったでしょう? なんでも、牛島さんの御子息とは犬猿の仲だそうじゃないですか」
「こんのクソ坊主ーッ!! 俺が死んだら化けて出てやりますからね!!」
「その時まで私が生きているといいですがねぇ、あっはっはっは」
心底可笑しそうにケラケラ笑っている方丈さんに、仏の心を持つ俺ですらさすがに殺意が湧いてきた。絶対に楽しんでやってるだろ、この鬼畜坊主。こんな人の背中を見て育ったのだから、道理で俺も性格が悪くなるはずだ。俺が怒りに震えていると、パスを切り上げてきたらしい岩ちゃんが俺たちのいる席の方へとやってきた。
「及川、試合はどうだ…って、方丈さん? なんでこんなところに?」
「おや、一君。いえ、このあたりで美味しいジビエのお店があると聞いて来たのですが、まだ開店前でしてね。ついでなので君たちの雄姿でも拝んでおこうかと」
「あんた本当に生臭坊主ですね…!」
三度の精進料理より肉が好きな方丈さんに、俺も岩ちゃんもほとほと呆れかえった。っていうか俺たちはジビエのついでかよ、まだ俺が純真な美少年だった頃からの付き合いだっていうのに。
「…あ、そういえば及川。水無瀬からラインが来てたぜ。お前んとこにも来てるんじゃねえか?」
「え、マジで? ちょっと待って、今チェックして…。あ、ホントだ! さすが夕莉ちゃん〜」
心なしかちょっと嬉しそうな岩ちゃんにそう教えられ、俺はすぐに携帯電話を確認する。岩ちゃんの予測通り、夕莉ちゃんから『頑張ってください』の一言だけが送られていた。スタンプも絵文字も顔文字も無い夕莉ちゃんらしい一文に、俺と岩ちゃんが試合前にほっこりとしていると、俺の隣に座っていた方丈さんの様子が途端に変わった。
「水無瀬? 今、水無瀬と言いましたか?」
俺に憑いている生霊を目の当たりにした時でさえ胡散臭い笑顔を湛えていた方丈さんが、驚いたように眼を見開いて俺たちの方を見ていた。長い付き合いの中でも見たことのない様子の方丈さんに、俺は思わず言葉が詰まる。
「えっ? 方丈さん、夕莉ちゃんのこと知ってるんですか?」
「夕莉ちゃん? 前に徹君が言っていたオカ研の子ですか?」
「そうですよ、水無瀬夕莉ちゃんって子です。あれ、苗字は言ってませんでしたっけ?」
「ええ、あの時は『夕莉ちゃん』という名前しか聞いていません。…1つお聞きしますが、その子は清水神社に関係していますか?」
「…そうっすけど。方丈さん、水無瀬がどうかしたんですか」
岩ちゃんが怪訝そうに眉を寄せ、方丈さんに問いかける。だが、方丈さんはいつも通りの胡散臭い笑顔に戻って、「よっこらせ」と呟きながら席を立った。
「なに、知り合いのお孫さんだったというだけですよ」
「……」
「そろそろお店の開店時刻ですので、失礼しますね。…ああ、その子とは是非仲良くしていた方がよろしいですよ。君たちとその子の出会いも、きっと御仏のお導きでしょうから」
方丈さんは俺たちに小さく一礼して、ギャラリー席から去っていった。その去り際、選手たちの掛け声にかき消されかけた方丈さんの呟きを、俺は確かに聞いた。
「そうですか、次代のコウナギは夕莉というのですね」
「やあやあ、及川くん! 夕莉の分までと思って応援に来たよ〜」
「いや、もう試合終わったんですけど」
「あれま。それは残念!」
数時間後、オカ研の先輩がやってきたのは、初戦の試合が終わって帰り支度をしている時になってだった。私服姿ではあったが、身体のラインがわかりにくいオーバーサイズの白いシャツに黒いパンツという格好だったので、やはり性別不祥のままだ。
試合の結果はストレート勝ち、俺も岩ちゃんも頗る調子が良かったワケだが、俺の頭の中には1つの疑問があった。方丈さんが呟いた、『コウナギ』という言葉。あれはどういう意味なのか、先輩ならその答えを知っていそうな気がした。
「先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「はいはい? ボクに答えられることなら答えるよ〜」
「『コウナギ』って、どういう意味か知ってます?」
俺の質問に、先輩は一瞬驚いたような顔をした。俺の直感はどうやら間違っていなかったようで、先輩はその意味を知っているようだった。しかし、意地が悪いのか答えたくないのか、ふざけたように首をかしげて俺に背中を向けてくる。
「コウナギね〜。知ってるような知らないような〜?」
「そういうフリいらないですから! ダメなクイズ番組みたいな焦らしやめてください!」
「ハハハ、ごめんごめん。でも、そんな難しい意味じゃないよ。君が持ってるスマホで調べれば、ちゃんと意味が出てくるからさ。ボクが教えてもいいんだけど、上手く説明できないかもしれないから」
先輩がそう言って初めて、俺はインターネットの存在を思い出した。そうだ、普通にネットで調べればいいんだ。何でそのことを思いつかなかったのかと不思議に思いつつも、でも俺は何か引っかかるものがあった。
(ネットで調べたとして、方丈さんが言った言葉の意味は、その通りのものなのか…? 俺はそうとは思えない気がするんだよな…)
「あ、及川さん!」
そこへ俺の思考を中断させるかのように、ボールの片づけをしていたはずの渡っちが困ったような顔をしてやってきた。俺はそれまで考えていたことを一旦置いて、良い先輩の顔をして渡っちに振り返る。
「渡っち、なんかあった?」
「はい、実は青城のボールが一個足りなくて…」
「ありゃ、どっかの学校のボールケースに混じっちゃったかな?」
「いえ、ボールは見つけたんですけど、サブアリーナの天井に挟まってたんです。今、1年で何とか取ろうとしてるんですけど、全然取れなくて…」
「天井? おかしいな、サブアリーナで天井までボールが届くような練習、してないはずなんだけど…」
「あぁ、それ取らない方がいいよ! そのままにしておけば、害はないはずだから!」
困ってる渡っちと不思議がる俺に向かって、先輩がよくわからないことを言ってきた。俺と渡っちの2人で「は?」と首をかしげていると、先輩はニコニコと笑いながらとんでもないことを言ってくる。
「あそこにいる子供の霊、ボール遊びが本当に好きでね! ボールを取られると怒って憑りついてくるから、そのままにしておいた方がいいよ!」
俺だけでなく、渡っちやその場にいた他の部員たちの顔色が、一斉に青ざめていった。その時、俺はいつだったかまっつんから聞いた、っていうか無理やり聞かされた怪談話のことを思い出した。そして、それまで考えていたことなど完全に忘れて、心の底から叫んだ。
「あれ実話だったのかよーーーーーっ!!」
生ノ呪・終
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