生ノ呪2
・生霊
生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回るといわれているもの。
「なんでそんな恐ろしいものが俺に憑いてるのさーっ!!」
あっけからんと言ってのけた夕莉ちゃんと先輩に、俺は異議を唱えざるを得なかった。っていうか、そんな「ひっつき虫がひっついてるよ」ぐらいの軽いノリで「生霊がひっ憑いてるよ」とか言わないでほしい。俺にとっては今後の睡眠事情を左右する重大な問題なんだから!
「魂が外に出ることなんて、けっこうあるよ? 恐ろしいようなものじゃないから安心しなって〜」
「できるわけないでしょーが! つい昨夜に恐ろしい思いをしたんですけど!?」
「前にも言ったと思いますが、及川さんの魂は繊細な性質で、良くも悪くも周りに影響されやすいので…。金縛りにあったのは恐らく、他者の魂に憑かれているという状況が初めてだったので、身体が過剰に反応しただけだと思われます。一度体験してしまえばあとは慣れるだけなので、昨夜以上の実害は起こらないかと」
「余計に安心できないんだけど!? あとは慣れるだけってなに!? 慣れたくないんだけどそんなん!」
「うるせぇ、少しは落ち着け!」
何をそんな洒落にならないことを、と思って俺が叫ぶと、岩ちゃんが俺の頭を引っ叩いて来た。あんなことを言われた俺の身にもなってほしいと思ったが、確かに俺も動揺しきっていることは事実なので、とりあえず深呼吸して落ち着く。
「なんで及川がそんなモンに憑かれてるんだ? また誰かに恨まれてるとか、そんなんじゃねえだろうな」
「いえ、怨念や憎悪といった陰の気は感じません。恐らく、及川さんは慕われてるだけかと思います」
「…は? え? 慕われてるってなに?」
「つまり、この生霊を飛ばした人物が及川さんのことが好きで、その感情があまりにも強いために己の魂を分裂させてしまい、及川さんのもとへ来たということです」
…これが他人事だったり、金縛りとかそういう現象さえ起きていなければ、「さすが俺、イケメンすぎると辛いね〜!」とかそういう冗談を飛ばしたと思う。だが、実際に実害を被ったのだからそうも言ってられない。俺は藁にも縋る思いで夕莉ちゃんに迫った。
「な、なんとかできないのそれ!? 前やってくれたみたいに、相手に返したりとか!」
「今回の場合は呪いという訳ではありませんし、そもそも相手は及川さんに敵意を持っていないので無理です。恐らく、生霊を飛ばした自覚さえ無いと思います」
「じゃ、じゃあお祓いだけでもいいからやってよ! 夕莉ちゃんならできるでしょ!?」
「それは構いませんが先ほども申し上げた通り、相手に生霊を飛ばしてる自覚は無いと思われます。従って一度祓ったとしても、再び生霊が戻ってくる可能性が高いかと」
「何それ、完全に詰んでない!? 嫌だぁぁぁ、あんなおっかない奴に終始見下ろされてる一生とか!」
「水無瀬、先輩、何とかならねえか? 大会も近いし、こいつに余計なことを気にする時間はねえんだ」
昨晩見たモノを思い出して半泣きで頭を抱えていると、さすがに哀れだと思ったらしい岩ちゃんが、真面目そうな表情でオカ研の2人に聞いてくれた。さすが親友、阿吽の呼吸。今だったら岩ちゃんになら抱かれてもいいかも。嘘です、スミマセン。
「うーん、どうかな夕莉?」
「生霊を祓うには、生霊を飛ばしている相手との間にあるわだかまりを無くすことが、一番手っ取り早く再発も考えられにくい方法です。つまり、及川さんに憑いている生霊の正体を探し、彼女をきっぱり振って自分を諦めてもらう。これが一番の解決方法ではないかと」
「よし、それでいこう! 及川さん、女の子を傷つけずに振るのは天才的に上手いからね! 任せて!」
「自信満々に言うんじゃねえ。そりゃ手酷く振った相手がストーカーになるのを何回も経験してりゃ、上手くなるに決まってんだろ」
「で、誰なの、俺に憑いてる子って? っていうかどんな子なの?」
ようやく光明が見え始めてきた、と思って安心しながら夕莉ちゃんと先輩に聞くと、先輩が申し訳なさそうな表情で俺に向かって手を合わせてきた。え、なに、その不穏そうな仕草は。
「ごめんね、及川くん! ボク、完全に死んでたらハッキリ視えるんだけど、生霊とかの中途半端なヤツらだとあんまりよく視えなくてさ〜。及川くんに憑いてる子、ぼんやりとしか視えないんだよね。女の子だってことはわかるんだけどね〜」
「う、嘘ぉ!? じゃ、じゃあ夕莉ちゃんは!?」
「私は以前にも申し上げた通り、悪霊や怨霊といった悪い霊的なものしか視えないので、及川さんに憑いている生霊も視えません。申し訳ありませんが」
ちっとも申し訳なくなさそうな夕莉ちゃんの仏頂面に、せっかく見えた光明が完全に閉ざされた気がした。2人に限ったことじゃないけど、上げてから落とすのは本当にやめてほしい。っていうか、どうすんのそれ。完全に詰んだ。オワタ。
「まあ大丈夫だよ、生霊といえども霊なわけだし! 心配だったら清水さんとこの御神水浴びとけば、寝てる間くらいは生霊も及川くんから離れると思うよ」
「必要でしたら、明日また持ってきますが」
「そ、そうしてくれると嬉しい…。前に貰ったぶん全部、頭から被ってから寝るよ…」
「おいクソ川、この時期に風邪なんぞ引いたら承知しねえぞ」
「岩ちゃん、今ぐらいは優しくしてほしいんだけど! ホラ見て、俺の顔めっちゃ真っ青!」
「水無瀬も先輩も危ないもんじゃねえって言ってんだろ。いつまでもブルってるお前が悪い」
「他人事だと思って! 岩ちゃんなんか今日の練習でまっつんにドシャットされるがいいや!」
「あ゛ぁ!? ふざけんな、ブチ抜いてやるからよく見ておけ! そういうテメーは今日のサーブ練で、渡に完璧にレシーブされてろ!」
「はあああ? 残念、渡っちが俺のサーブをナイスレシーブするにはまだまだ早いです〜! むしろ上げられるようになってくれたら青城チームとしては御の字です〜!」
八つ当たり気味に岩ちゃんを煽ったら、岩ちゃんも俺を煽り返してきたので、俺も恐怖心を忘れることができた。ああ、こういう時は本当にバレーボール様様だ。なんせ、オバケよりも春高で負けることの方がよっぽど怖い。それより怖いのは怒った時のおかあちゃんくらいだからね。
その後も、俺にはこの手が有効だと気付いたのか、岩ちゃんは徹底的にバレー関係のことで俺を煽り倒してきてくれたので、俺も練習後まで背後に生霊がいるなんてことを忘れて練習ができた。再度そのことを思い出したのは放課後のことだ。
練習後、俺と岩ちゃんは家に帰る前に、よく放課後に寄ってる近くのラーメン屋に行くことにした。そりゃ家で晩御飯も勿論食べるが、2人とも何となくラーメンが食べたい気分だったんだから仕方がない。男子高校生からすれば、ラーメン一杯なんておやつみたいなものだからね。
「あーお腹空いた。今日の溝口クン、妙に張り切ってたもんなー」
「春高まであと1か月も無えんだ、気合も入るだろ」
「ま、気合だけであのウシワカヤローには勝てるなら、苦労しないんだけどね。あと1か月弱でみっちり対策練って、ウチの総力で負かしてやる。それに向けてまずは腹ごしらえと行きますか!」
倒すべき相手のムカつく仏頂面を思い浮かべていると、目的地のラーメン屋に辿り着いたので、ちょっと立て付けの悪い引き戸を勢いよく開けた。店内はこじんまりとした、どこにでもありそうな普通のラーメン屋って感じの内装だ。客はそれほどいなかったが、カウンター席の隅に、やけにラーメン屋の内装とそぐわない格好の客が1人座っていた。その人物は、俺と岩ちゃんにとっても馴染み深い人だった。
「おや、こんにちは。部活帰りですか」
「あれ、方丈さんじゃん」
「げっ…」
「『げっ』とは何ですか、一君。坊主に失礼な物言いをすると罰が当たりますよ」
いわゆる法衣姿、つまりお坊さんの格好をしてラーメンを食べていたのは、俺と岩ちゃんの住んでいる区域にある唯一の寺の住職さん、方丈さんだった。方丈さんというのは名前ではなく愛称みたいなものらしいが、親や近所の爺さん婆さんが『方丈さん』と呼んでるので、俺も自然と方丈さんと呼ぶようになった。
小さい頃、近所の公園がボール遊び禁止になったあおりを受けて、バレーの練習場所が無くなった俺と岩ちゃんが駆け込んだのがこの人のお寺だった。それ以来、体育館が使えない時には方丈さんのお寺の境内で練習させてもらったりして、小さい頃からお世話になってる人なのだ。
「おぉ、2人ともいらっしゃい! ご注文は?」
「えっと、醤油ラーメン2つで! これから夕飯だから大盛じゃなくていいです〜」
「あ、ご主人。替え玉ください、あとチャーシュー乗せてもらえます?」
「坊主のくせにチャーシュー食っていいのかよ」
「どんな高尚な坊主だろうと、無人島に遭難してる時に鶏を見つけたら、何の迷いも無く食べると思いますよ」
そしてこの人、とんでもない生臭坊主だったりする。法衣姿で原チャリ乗ってるし、平気な顔でハミチキ食べてたりするし。それから性格が悪い。俺と岩ちゃんが境内でバレーするのを許可してくれた時、「その代わり、お父さんとお母さんに『お寺にお布施入れてあげようよ』って言ってくださいね」とか言ったり、岩ちゃんが俺に「お前がそんなクソめんどくせえ性格になったのは、明らかに方丈さんのせい」と言ってくるぐらいには性格は悪い。そして俺もそれを否定できないのが痛い。
「ま、久々に顔合わせたんですし。方丈さん、未来の檀家にラーメン奢ってくれてもよくないですか〜?」
「ははは、うちの離檀料は高いですよ。それより徹君、私にそれ以上近づくのはやめてもらえますか」
「んなっ、汗くさいって言いたいんですかー? 練習頑張った好青年に対してそういう言い方しますー?」
「汗くさいのもありますが、君の後ろに憑いているソレが心底気色悪いので」
方丈さんが顔色一つ変えずに言い放った言葉に、俺は改めて昨晩の光景を思い出した。そうだ、練習とか練習とか練習とかで忘れてた。俺いま、生霊に憑かれてるんだった!
「っていうか、方丈さんも視える人だったの!?」
「ぼんやりとですがね。修行はしておくものですねぇ」
「じゃあ及川に憑いてる奴がどういう奴か、方丈さんわかりますか?」
「言ったでしょう、ぼんやりとしか視えないと。女性であることぐらいしかわかりませんよ」
「結局こいつの正体わかんないんじゃん! っていうかせっかくいい感じに頭から抜けてたのに! 方丈さんの馬鹿!」
「それより君たち、もうそれに気付いてたんですか? 既に知っているような口ぶりですが」
不思議そうに首をかしげる方丈さんに、俺が昨晩のこと、それから昼に夕莉ちゃんと先輩に言われたことを説明する。俺の説明を聞き終わった方丈さんは、「それは大変ですねえ」とちっとも同情していないような目で俺を見て、そして意地悪い笑みを浮かべた。
「しかし、生霊に憑りつかれるとは運のない。葬儀の時はお経を読みに行ってさしあげますからね」
「ちょ、ちょっと洒落にならないこと言わないでくれます!? まるで人が死ぬみたいなことを…」
「おや、日本で一番有名な生霊、六条御息所のことを知らないんですか? 愛する男を独占したいと願うあまり、生霊となって男の妻を呪い殺したという、有名な女性がいるぐらいです。生霊といえど油断できないと思いますがねぇ」
とんでもなく恐ろしいことを言い出した方丈さんに、自分の顔面がどんどん引き攣っていくのが自分でわかった。ちょうどそこへ「へいおまち!」と注文したラーメンが来たが、とても手を付けようと思える精神状況じゃなかった。え、なにそれ、俺が呪い殺されるって言うの、冗談でもそういうのやめてほしいんですけど。
「だ、だだだだ大丈夫でしょ! だって夕莉ちゃんが『悪いものではない』って言ってたし…!」
「徹君にとってはそうでも、近くにいる一君はどうでしょうねぇ。むしろ、六条御息所の話に準ずれば、呪いを受けるのは徹君に一番近しいであろう一君だと思いますよ。君に嫉妬してる女の子も多いでしょうからねぇ」
「なっ…! 俺に矛先を向けるのやめてくれねえっスか!?」
「めっそうもない、私は純粋に心配してるだけですよ。ああ嫌だ嫌だ、自分より若い人が自分より先に死ぬのって嫌ですねぇ…」
「からかってるでしょアンタ! それでも坊主かっつーの!」
半笑いでラーメンのスープを飲んでる方丈さんに、仏の心を持つ俺ですらさすがに怒った。本当に性格悪いな、この生臭坊主! 本気で離檀してやろうか! そんなことを思いながら方丈さんを睨んでいると、俺たちをからかって遊ぶのに満足したのか、袖の中からがま口財布を出して支払いをしながら珍しく助言をしてくれた。
「冗談はさておき、もし生霊の正体を知りたいのなら、仙台駅に行くといいですよ」
「仙台駅?」
「駅前とかで時々、笠をかぶって鉢を持っている僧侶を見かけることがありませんか? あれは托鉢僧といってれっきとした修行中の僧侶です。特に仙台駅のステンドグラス前で見かける托鉢僧は、とても霊感が強いことで有名なんですよ。今度の土曜日の10時頃でしたら、確実に会えると思いますよ」
「土曜日…って、そういえばその日は練習お昼からじゃん! それなら仙台駅行ってからでも練習に間に合う!」
「ではそういうわけで、せいぜい頑張ってくださいね。ご主人、ごちそうさまでした」
現時点で一番役に立つ情報を残し、方丈さんはラーメン屋から出ていった。岩ちゃんは不審そうな表情を浮かべていたが(岩ちゃんは昔から人の話を信じやすいから、方丈さんに口から出まかせを言われたことも多い)、一応あの人もお坊さんだから今回の情報は信憑性があるだろう。
「よしっ、岩ちゃん! 次の土曜日になったら、仙台駅に行くよ!」
「なんで俺も行かなきゃならねえんだよ、1人で行けボゲ」
「酷い、冷たい! そんなこと言うんだったら夕莉ちゃんに来てもらうからね! 岩ちゃん抜きでワイワイ楽しんじゃうけどいいの!?」
「勝手にしろ、その後に練習だがな。それよりさっさと食え、伸びるぞ」
いつの間にラーメンを半分くらい食べ終わっていた岩ちゃんが、俺のラーメンの器を指す。やけに冷たい岩ちゃんに異論を唱えたくなったが、さすがにラーメンは美味しいうちに食べたいので、俺は言われた通りにさっさと食べることにする。「いただきます」と手を合わせたその時、俺はあることに気が付いた。
「あっ、方丈さんにラーメン奢ってもらってない!」
そして日は経ち、土曜日。岩ちゃんは薄情にも本当に来てくれなかったので、俺は夕莉ちゃんを誘って一緒に仙台駅へとやってきた。
「あのさ、夕莉ちゃん…。女の子にこういうことを言うのは失礼だってことはわかってるんだけどさ…」
「なんでしょうか」
「本当に普段はそのファッションなんだね…。意外といえば意外なんだけど…」
俺は思わず苦笑いを浮かべながら、いつもの制服姿とは違う私服姿の夕莉ちゃんを見る。昼から練習のある俺はジャージ姿だったワケだが、夕莉ちゃんはいつだったか見た覚えのある、黒ずくめのパンクファッションだった。いわゆるバンギャみたいな恰好なワケだが、不思議とあの日本人形のような髪型とマッチしていて似合っている。だが、もうちょっと別の格好はなかったのだろうかとも思う。
「私はよくわかりませんが、先輩が私にはこういう服がよく似合うと見繕ってくれたので」
「えっ、その恰好って先輩チョイスなの!? じゃあ夕莉ちゃんの趣味ってことではないんだね」
「ですが黒はやはり落ち着きます。隠れられる感じがするので」
「あ、そうなんだ…」
隠れるどころかとてつもなく目立っている夕莉ちゃんに、やっぱり変な子だなとも思いつつ、相変わらず面白い子だなと思った。そんなことを話してるうちに、方丈さんの話によると霊感のあるお坊さんが現れるという、駅内のステンドグラス前にやってくる。待ち合わせ場所としてよく使われる場所ということもあって人がちらほらといたが、お坊さんの格好をした人はいない。
「及川さんの言っていた托鉢僧はいませんね。どうしますか、少し待ちま…」
「………ちょっと待って、夕莉ちゃん」
「?」
「なんで、白鳥沢の奴がここにいるワケ…?」
お坊さんはいなかった。だが、今この時期に見たくはなかった格好の奴がいた。
そこにいたのは、俺ら青城が倒さなければならない敵として真っ先に思いつく相手、白鳥沢のバレー部の選手の姿だった。見たことがない顔なので、恐らくベンチ外の選手なんだろうと思う。誰かを待っているかのように、真っ直ぐな姿勢で立って、行きかう人々に視線を向けている。
「知っている方ですか?」
「いや、あそこにいる奴は知らないけどね…。その親玉のヤツはよ〜く知ってるよ…!」
「及川か」
そして、背後から聞こえてきた声に、俺は完全に頭の中がスゥーッと冷えていくような感覚を覚えた。ヤツの声で振り返るのすら、何だか思い通りになってるみたいでムカつく話だけど、なるべく平静を装って振り返る。
そこにいたのは白鳥沢バレー部のレギュラーメンバー、そして俺が世界で一番キライでぶっ倒したいと思っている相手、ウシワカヤローこと牛島若利だった。相変わらずのムカつく仏頂面で俺を見下ろしてくる。俺は隣に夕莉ちゃんがいることも忘れて、牛島の野郎に向き直った。
「これはこれはウシワカちゃん、こんなところで会うなんて珍しいじゃん」
「その呼び方はやめろ。俺たちはこれから練習試合だ、お前こそ何故ここにいる」
「俺は個人的な用事。それより、俺なんて気にしてないでさっさと行ったら? あそこで待ってるの、おたくの後輩でしょ?」
ステンドグラス前で待っていた白鳥沢の1年生らしき奴を指差すと、そっちも牛島たちに気付いたらしく駆け寄ってきた。俺はさっさと夕莉ちゃんと一緒にその場を去ろうとしたのだが、後ろから白鳥沢のムカつくミドルブロッカーの天童の声が聞こえてくる。
「アレッ? 及川クン自ら、ウチの偵察に来たのかと思ったけど、違うんだ〜? なんだったら全然ウェルカムだよ?」
「天童」
「いいじゃん、若利君〜。見られたぐらいで俺達が勝つことに変わりないのは事実だし?」
如何にもな挑発だ、そんなのに乗せられるほど俺も馬鹿じゃない。ただ、ムカつくことはムカつく。あとなんか一言、あのムカつく声色で言われたらキレるかも。そんなことを思ったその時、隣にいた夕莉ちゃんが俺の腕を掴んできた。驚いた俺が夕莉ちゃんに視線を向けると、夕莉ちゃんはいつも通りの無表情で俺を見上げてきた。
「気が乱れています。後ろに憑いているものに影響を与えかねませんよ」
夕莉ちゃんなりに「落ち着け」と言いたかったのかもしれない。少なくとも、夕莉ちゃんの能面っぷりを見ていたら、俺も元の落ち着きを取り戻した。そのうえで、俺は牛島たちに振り返って、そしてあいつらに向かってニヤッと笑ってやった。
「笑ってられるのも今のうちだ。今度こそ、ボッコボコにしてやるから覚悟しとけよ」
いつまでも王座に君臨していられると思うな、勝つのは青葉城西(ウチ)だ。負け犬の遠吠えと取られようがどうでもいい、俺は俺のチームが勝つことを信じる。今までに積み上げてきた努力を信じる。俺は夕莉ちゃんの手を引いて、その場から去ろうと牛島たちに背を向けた。その時、牛島が後ろから俺に問いかけてきた。
「及川、そこにいるのは新しい彼女か」
思わず吹き出しそうになった。お前、今このタイミングに何を言うのかと思ったら、それかよ。俺だけでなく白鳥沢の他の奴らも口開けて驚いてるぞ。とはいえ、俺と夕莉ちゃんの仲はまだそこまで行っていない。夕莉ちゃんに申し訳ないし、あと俺に彼女がいるとかそういう話が広がったら困るし、俺は夕莉ちゃんの頭にポンと手を置いて否定した。
「残念、違いまーす。この子は俺の最強の味方だよ」
夕莉ちゃんが不思議そうな表情で俺を見上げてくる。まあ間違ったことは言ってないからね。そして今度こそその場から去ろうとしたその時、牛島はまた俺に声をかけてきた。
「違う、そちらの方じゃない。さっきからずっとお前の背中に抱き付いている、三つ編みの方だ」
「はあああああああああああああああ!? なに!? 視えんの!? っていうか抱き付いてんの!? っていうか何なのお前えええええええええ!?」
「少し落ち着け、及川」
「落ち着いてください、及川さん」
せっかくかっこよく決めたのに、とか思ってる暇もなく、俺はウシワカヤローに掴みかからざるを得なかった。
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