ハム子ちゃんボツ2
●若気の至り
いつもみたいに焦凍くんに会うために雄英に遊びに行った日の昼下がり。なぜか焦凍くんはおらず、病院に行ってしまっているとクラスの女の子たちから教えられた。どうやら私が日付を間違えていたらしく、しょうがないから今日は帰ろうとしたところで、寮に残っていた子たちに「轟が帰ってくるまでここにいなよ」と引き止められた。まあ特に用事もないし……とお言葉に甘えたことが運の尽きだったかもしれない。
雄英生1-Aのみんなは、ヒーロー志望というだけあっていい子たちの集まりだ。優しくて気さく。こんな弱いプロヒーローでも慕ってくれる(爆豪くんは別である)のだけど、ひとつだけ言えることがあるとしたらノリが私と違いすぎるということだった。華の高校生だもん、それはもうノリノリに決まってる。その中でも女の子だと芦戸さんや葉隠さん、男の子だと上鳴くんや切島くんは特にクラスの盛り上げ役といったところだろう。
そんなわけで、本日の私はそんな子たちのおもちゃになっていた。
「似合う!」
「似合わない!!」
芦戸さんに"着て"欲しいものがある、と言われて差し出されたのは雄英の制服だった。……いや、ちょっとまって?私、26なんだけど。今度の誕生日で27になるんですけど。制服なんて若い子の特権だし、この歳で着たらただのコスプレだ。
いい歳した女の制服姿をそんなに見たいの?そんな言葉を押さえ込んで「なんで私が?」と聞けば、「面白いから!」という答えをいただいた。答えになってないよ、芦戸さん。拉致られる形で私は芦戸さんの部屋に連れて行かれ、みんなにお披露目しよう!と言うかわいい小悪魔の言葉に嫌とは言えず、共同スペースにて雄英の制服姿で私は立っていた。
「いやいや、ほんとに似合う!」
「なまえさんホントに26?」
「よく言われるのよね、それ……」
童顔なんだね、と言われ続けて26年。童顔というより、発達しなかったの方が正しいのだ。身長も……残念ながら胸も、何もかも成長せずにこの歳まできてしまっている。ルミちゃんは身長も伸びてスタイルだっていいから、彼女と並ぶと貧相な身体が余計に際立ってしまって恥ずかしい。それに最近の子達って発育がいいし……と、八百万さんらを見て思ったり、思わなかったり。
「まー、そのおかげで轟と並んでも犯罪感ないから良くね?」
「君そんなこと思ってたの?」
上鳴くんはたまにデリカシーがないという事を覚えておこう。てへ、なんてしても可愛くないからね。
しばらくそのままでいてね!という言葉通り、私はその姿で共同スペースに居座っていた。というより、着てきた服を奪われてしまったために着替えることができずにいる。事を知らない子達が共同スペースに入ってきて私の姿を見るたびに「なんだあれ」という視線をいただいてしまう、居た堪れない。
「コスプレ感ないです!」
「ケロ、同級生みたいだわ」
麗日さんと梅雨ちゃんの慰めに涙が出る。いや、コスプレ感ないのもそれはそれで問題なのでは?26だよ、私。
まあでも、住めば都ではないけれど。着ているうちに慣れてきてしまっていた。私の高校はリボンだったし、ネクタイの制服っていうのもかっこよくていいかもしれない。それに、あの誰もが憧れる雄英の制服だ。実は、私も過去に雄英を受けたことがあるけど、筆記は受かって実技試験で落ちている。そのまま普通科か経営科にでも行けばよかったのに、私はルミちゃんと同じ地元のヒーロー科に入学してしまったのである。(ちなみに、ルミちゃんは筆記で雄英に落ちている)
擬似雄英生体験みたいな事をするのも悪くないかもしれない。そんな気持ちで座って八百万さんの出してくれた紅茶をいただいていると、「なまえさん」といういつもの声が聞こえて私は立ち上がった。
「焦凍くん、おかえり!」
「……」
「焦凍くん?」
「なまえさん、その格好……」
その格好。彼に指さされたのは、私の着ている雄英の制服で──って。
「これはっ……違うの焦凍くん!」
「……俺のいない間に何やってんだ?」
「違うの本当に!その、私は嫌って言ったんだけど、無理矢理……!」
「浮気現場みてぇ」
「修羅場だ修羅場」
まずい、やばい、彼にだけは見られたくなかったのに見られてしまった。恥ずかしさで死んでしまう。だからさっさと脱ぎたかったのに。思わず駆け出してしまいそうになったが、焦凍くんに腕を掴まれて引き止められた。その勢いで思わず後ろに倒れ込みそうになったが、焦凍くんに受け止められてことなきを得た。
「なまえさん、」
「っ、やめて!聞きたくない!」
「頼む、聞いてくれ」
焦凍くんが私の両肩を掴んで、私は彼と目を合わせることとなった。彼の真っ直ぐな目が私を射抜く。その瞳から伝わる真剣さに、私は目を逸らすことができなかった。
「すげぇ似合ってる」
「っ……!」
その言葉に私は思わず顔に熱が集まるのがわかった。周りがひゃあ!とか、やるな轟!とか囃し立てるのが聞こえる。言葉とシチュエーションだけで見れば、彼の綺麗な顔も相まって少女漫画さながらの光景だろう。きっと彼のファンは皆羨ましがるに違いない。……違いないのだけど、よく考えて欲しい。
「──全然うれしくない!!!」
26で制服が似合ってるなんて、嬉しいわけがなかった。
◆ あらすじ、制服は学生の特権です。
「で、なんで私は焦凍くんと外に放られたの?」
「なんか制服デートしてこいって。芦戸と上鳴が」
「やっぱりその二人なんだ……」
「制服デートってなにするんだ」
「制服着てお出かけするんじゃないかなぁ」
多分。と控えめに付け加えると、焦凍くんは納得してくれたようだった。色々考え込んでいると、焦凍くんが私の顔を覗き込む。その顔には笑みが少しだけ浮かべられている。……こういう時の焦凍くんの笑顔はちょっとだけ心臓に悪い。
「じゃあ、いつものでいいってことだな」
「……」
ほら、すぐそういうこと言うじゃない。雄英寮の窓の奥から向けられる視線が痛い。顔や動作はイケメンそのものなのに、焦凍くんはまったくもってその気がないから怖いのよね。そろそろ自分の顔の良さに自覚的になった方がいいと思うのだけど。まあ気取らないからこそ、焦凍くんのかっこよさは発揮される……という点では、一生気が付かない方がいいのかもしれない。
「よし、じゃあどっか行こっか」
格好つけて言ったまではよかったが、よく考えたら焦凍くんは外出届を出していなった。いつもなら必ず外出届を事前に出してお出かけするのだが、今回は私が突然来たから出していなくて当然だった。雄英が全寮制になった背景を考えればしょうがないのだが、遊び盛りの年頃に外出も満足にできない彼らのことを考えると、プロヒーローとしてはあまりにも情けない話である。早く敵連合を捕らえて彼らを自由にしてあげたい……まあ、雄英ヒーロー科な時点で忙しくてなかなか遊べないだろうけど。
というわけで、雄英敷地内をぶらぶらと散歩することになった。焦凍くんでもまだ行ったことのない場所が多くあるらしく、校内案内をしてもらうつもりが二人で探検する形となった──なったのだが。
「こっちが家庭科室。調理実習とかやるんだが……ヒーロー科は他の科より少ないらしくて、まだ俺らはやったことないな」
見られてる。
「あとあれが音楽室。俺らは音楽やってないから、使ったことない。ああ、近代ヒーロー美術史はやってる」
めっちゃ見られてる。
「次三階行くか……って、なまえさん」
「んっ!?ああ、うん、三階ね!」
……すごく見られてる!!雄英の女の子たちがジロジロと私のことを見ている。私というか、隣に立つ焦凍くんのことを見ている。そのついでに隣を歩くよくわからない女を見ているのだろう。視線に敏感なせいで、刺さって仕方がないし居心地が悪くてしょうがなかった。
私は視線に敏感だ。誰かに見られてると思うと逃げ出したくなって、居ても立っても居られなくて……とにかく落ち着かない。きっとハムスターの本能が原因なのだろうとは思う。克服すべきだとは思うのだけど、こればかりは個性柄だから治しようがない。悪意のこもった視線ではないようだけど(興味というのが正しいのだろうか。有名人の隣にいたら誰でも気になるのは当然か)、あまりいいものではない。嫉妬心も少し混じっている気がする。
焦凍くんは視線に気づいていないのか、気にしていない様子だった。それとも、気づいているけど気にしていないのか。
「……やっぱり裏庭行こう」
「え?でも……」
「なまえさん、ソワソワしてるから」
三階にはサポート科の教室があるのだと、少しだけ弾んだ声で彼は言っていた。興味があったのだろう。焦凍くんにしては分かりやすいその態度を思い出して、私は彼の腕を掴んだ。なんで大人相手に気を遣ってるんだ、この子は。
「いいの、行きましょう」
「無理することねぇぞ」
「無理じゃないよ」
焦凍くんはいつだって、私のことを気にしてる。それは自惚れなんかじゃない。彼の優しさの恩恵を常に受けている私がいうのだから間違いなかった。その優しさに心安らぐと同時に、大人相手に気遣いをする彼には胸が痛むばかりだった。15、6歳なんて、まだまだ我儘を言うべき年齢なのだ。
「じゃあ、行くか」
なんかオチが見当たらなかったなと、あまりにも焦凍くんが甘々なので途中で没にしました。