もしもハム子ちゃんがWHMに同行したら1


※映画ネタ。ハム子はオセオンに同行するけど、ミルコさんはお留守番です。




「公星さんもオセオンに…!?」
「そうなの。オセオンはヒューマライズの本拠地だから索敵係は多い方がいいって」
「……なんで教えてくれなかったんだよ」
「ごめんね、守秘義務があったから。でも、私も焦凍くんたちが行くなんて知らなかったよ」
「俺らも急遽決まったんだ」

 まあオマケみたいなもんだ、と焦凍くんは言う。焦凍くんと彼のクラスメイトの緑谷くん、爆豪くんはエンデヴァー事務所でインターンを行っており、その一貫で今回のミッションに参加することとなったらしい。私がそれを知ったのはつい先日のことで、まさか学生まで参加させられているなんて思いもしなかった。まあ、実戦経験も積めるし世界のヒーローと繋がりを持つチャンスではあるが……世界規模のテロ団体を相手取るのだから、無傷で帰る事はできないだろう。心配だ。私からしてみれば、彼らはヒーロー志望といえど学生で、まだ庇護対象である。それを言ったら「俺たちだってヒーローの卵だ」ってきっと怒るだろうから(爆豪くんは特に怒りそうだ。なんとなく彼の性格はルミちゃんに似ているし)、心の中で留めておこう。
 ちなみに、オセオン行きを決定したのはエンデヴァーだ。焦凍くんを怒らせたくなかったからこれも言うのはやめておいた。

「テメェも行くんかネズミ」
「かっちゃん!?」
「おい爆豪、その呼び方やめろよ」
「いーのいーの、もう慣れちゃった」
「慣れちゃダメだろ」

 正直、ネズミなんて可愛い方のあだ名だ。ミルコファン兼アムステアアンチの私の呼称なんて"金魚の糞"や"腰巾着だ。ネズミはハムスターとほぼ同類だし、生物の域を飛び出してないから私的にセーフである。しかし焦凍くんはそうもいかないらしく、爆豪くんをひたすら睨んでいた。私の代わりに怒る必要なんてないのになぁ。
 焦凍くんはさっきから拗ねたり怒ったり忙しい。同級生と一緒だと、彼も感情表現豊かになるんだなと感動してしまう。クールな焦凍くんのことは好きだけど、やっぱり高校生は高校生らしくはしゃいでいるのが一番だ。

「ごめんなさい、かっちゃんが失礼なことを……」
「おい何でテメェが謝っとんだ!テメェ何様のつもりだクソデク!」
「でもかっちゃん、流石にプロ相手にその呼び方は良くないよ……!遠慮とか、謙虚さとか尊敬とか……こう、ないの!?」
「ア゛?俺よか弱ェやつに遠慮も謙虚も尊敬もクソもねぇだろ」

 うわぁ、はっきり言われた。いやその通りだからショックではないんだけど、隣の焦凍くんがかなり不機嫌だからやめて欲しい。
 最近気がついたのだけど、焦凍くんは私に対して割と……過保護なのだ。上手く言えないけど。自惚れでなく、私は割と焦凍くんに気に入られていたりする。さっきから爆豪くんが"ネズミ"と呼ぶたびに右側がどんどん寒くなっていって、思わず冬眠しかけてしまったぐらいだ。知り合いを貶されたからってそこまで怒らなくてもいいのにとは思うが、焦凍くんはクールに見えてその実熱い男なのだ。優しい、とも言う。
 緑谷くんは爆豪くんの言葉にさらに怯えてしまう。顔面を真っ青にして、私に「すみません本当にすみませんかっちゃんが失礼なことを!」一息で言ったのち思い切り頭を下げた。

「本当に気にしてないから、気にしないでね」
「心が広い……!」
「それに、爆豪くん見てるとルミちゃん思い出すから。全然気にならないのよね」
「ルミちゃん、ですか?えっと……」
「ミルコだ」
「え?」
「この人ミルコの幼馴染なんだよ」
「……あ、あーっ!そう言えば!」

 緑谷くんは焦凍くんの言葉に一瞬固まったようだが、何かを思い出したのか納得していた。私とミルコさんが幼馴染だということは別に隠していない。しかし割とマニアックなネタというか、知る人ぞ知るみたいな話だというのに、なぜ緑谷くんは知っているのだろう。ヒーロー好きの奴だと焦凍くんからは紹介されていたが、もしかして彼、ヒーロー好きを超えてヒーローオタクなんじゃないだろうか。ほら、さっきからすごい勢いでノート取ってるし……。
 
「ルミちゃん、ああえっと、ミルコさんの方が酷いあだ名つけることもあるから」
「酷いあだ名」
「ミルコさんはね、喧嘩した時に咄嗟に出たのが"齧歯類"だったよ」
「それは確かに酷い……」

 あの時は確か、"重歯目"って返したのだった。ルミちゃんはあまり勉強は得意ではないから、重歯目が何かわからなかったらしい。兎形目……つまり、ウサギ目ってことなんだけども。もはや分類で呼び始めたら終わりである。人間相手に「猿」って呼ぶようなものだから、動物系個性の中じゃ割と蔑称なのだ。
 ……というか、緑谷くんは爆豪くんに"クソデク"やら"クソナード"なんて呼ばれ方をされていたけど、それは酷いあだ名に入らないのだろうか。緑谷くんの方は"かっちゃん"なんて可愛らしい呼び方をしているのに……と、ここまで考えてピンときた。隣にいる焦凍くんの裾を引っ張って、小さな声で喋りかける。焦凍くんは「どうかしたか」と、少しだけ屈んで耳を傾けてくれた。

「もしかしてあの二人って、幼馴染かなんか?」
「らしい。幼稚園から一緒だって、緑谷が言ってた」
「わ、やっぱり」
「よく気づいたな」
「距離感がね」

 あのどうにも遠慮のない感じが、互いに互いのことを知ってますよという雰囲気を醸し出している。しかし爆豪くんは緑谷くんを目の敵にしていて、緑谷くんが話すたびに威嚇している。それに対して、緑谷くんは爆豪くんを少し恐れている節があるというか。恐怖とまではいかないのだろうけど、ビビってるみたいなところがある。だというのにそれに慣れてしまっていて、不憫さが拭いきれない。しかしインターン中の彼らは、焦凍くんを含めて良きライバルにも見える。不思議な関係性……を通り越して、もはや奇妙さすら感じた。違和感ともいうのか。

「……訳あり?」
「まあな。多分、なまえさんとミルコみてぇな真っ当な幼馴染ではないと思う」
「いや、私らも真っ当ってわけじゃないけど……」

 ルミちゃんに巻き込まれて、連れ去られてる時点で真っ当ではない。私たちは気づいたら一緒にいたってだけなのだ。
 焦凍くんは「爆豪はああだけど、緑谷は爆豪のこと憧れてるんだと」と小さい声で言った。

「まあでも、最近はだいぶ真っ当になってきたんじゃないのか」
「そっかぁ」

 訳ありだった、というのが正しいのかな。きっと少しずつ向き合えるようになってきたんだと思う。約15年のわだかまりが一瞬で消えるわけではないのだろうけど、少しずつ解けていっているのだろう。
 ……言い争う二人を見て、なんだかすごくルミちゃんに会いたくなった。

「幼馴染っていいなぁ」





 なーんて思ってたのがつい先程のことなのだが、ごめん、前言撤回したい。

「だからごめんって!言ってるじゃない!!わがまま言わないで!!」
「だから先に伝えろっつってんだろうが!!」
「メール見なかったルミちゃんの責任でしょう!?」

 ルミちゃんから電話があって出ると「お前いまどこだよ」とのことだった。オセオンに行くことはルミちゃんにもメールで伝えていたはずなのに、はてと思いもう一度伝えると「聞いてない」の一点張り。メールは確かに送ったと言っても聞いてくれない。挙げ句の果てに「今から迎えに行く、どこだ?」と聞かれ……流石の私も堪忍袋の緒が切れた。ルミちゃん相手となると心が狭くなっている気がする。こうなってはキリがない。
 ちなみにもう片方の幼馴染ズ──爆豪くんと緑谷くんの喧嘩(爆豪くんが一方的にイライラしているだけかもしれない)もヒートアップしていた。やっぱり幼馴染だからいいってわけでもないらしい。

「もう切りますからね!今からミッションなんで!!」

 ルミちゃんはなにか抗議していたみたいだが、私はそれすら聞かずに電話をぶちぎった。ミッションといえどただの買い出しなのだが、まあ間違ってはいない。ふう、とため息をついてスマホをポケットにしまうと、焦凍くんがそんな私を見てクスリと笑った。

「また喧嘩してんだな」
「ごめんね、お見苦しいものを見せちゃって……」
「いやいい、慣れてきた」
「慣れるものじゃないよ」

 あれよりかは大丈夫だ、と焦凍くんが指差す先にはイライラした爆豪くんが立っている。触れれば即爆発してしまいそうな雰囲気はいつもより二割増しという感じだ。もしかして買い出しが嫌なのかしら。

「爆豪くん、買い出し嫌なら帰ってもいいからね?」
「ア゛!?買い出しぐらいヨユーで行ったるわ!」
「そう?ならよろしくお願いします」

 爆豪くんは口は悪いし態度も大きいけど、悪い子ではないというのはすぐわかった。ヒーロー志望らしく人助けはするし、彼の勝気な性格はひとえにプライドから来るものだろう。例の体育祭といい、きっと自分の中で確かなビジョンがあるのだと思う。やっぱりミルコさんに似ているところがあり、そしてエンデヴァーにも少し似ている気もする。どちらにせよ、彼はヒーローの器だということだ。

「なまえさん、野菜どれ選べばいいんだ」
「新鮮なやつでお願いね」
「新鮮……これか?」
「え、うーん……」
「テメェどこに目ェつけとんだ!どう見ても葉ァ萎れてんだろうが!!」

 爆豪くんは焦凍くんの持っていた野菜を棚に戻すと、そのままツヤツヤの新鮮そのもの!みたいな野菜を選んで私に押し付ける。焦凍くんはよくわからないという顔をしていた。

「わっ、ありがとう爆豪くん」
「アンタも半分野郎の手綱くらい握っとけ!コイツにフラッッフラされっと鬱陶しーんだよ!!」

 確かに、さっきから焦凍くんは物珍しさからかキョロキョロと周りを見渡している。お手伝いをしてくれようとしているのはわかるのだが、気づいたらどこかに行ってしまいそうで少しだけ怖い。爆豪くんのいうように手綱、とまではいかないけど、手を引いていた方が良いのではないだろうか。まるで初めて買い物についてきた子供のようだった。実際、焦凍くんのバックボーンを考えれば、買い物に慣れていないのはしょうがないのかもしれない。
 爆豪くんはというと、誰かとの買い物に慣れているみたいだった。私からメモを強奪するや否や全て選んで持ってきて、荷物はほとんど持ってくれていた。もしかして、日頃からお母様かお姉様のお手伝いでもしていたのだろうか。
 まあどちらにせよこのまま焦凍くんが野菜を選び続けたら、爆豪くんの怒りが限界突破することに違いないだろうな。そう思い、私は一つ行動を起こすことにした。これは焦凍くんのためでもあり、爆豪くんのためでもある。

「……焦凍くん。緑谷くんと一緒にパンとソーセージ買ってきてくれない?」
「種類は?」
「このメモに書いてあるから。個数もね」
「わかった。……行こう、緑谷」
「うん!」

 焦凍くんは緑谷くんと話しながら、楽しげにパン屋へと向かう。それを眺めていると爆豪くんが「変な気回しやがる」と呟いた。

「ん……私、雄英の子達と一緒にいる焦凍くん見るの、好きなのよね」
「ア?」
「だからその、君の言う"変な気遣い"しちゃうのかなぁって」

 私と焦凍くんは友達だ。とはいえやはり同い年の、苦楽や釜の飯を同じくする友達には敵わないなと思う。詳しく聞いたわけではないが、緑谷くんに体育祭で助けられたこと、その後ともに強大な敵に立ち向かったこと──それらによって、彼らは友情を築き上げた。
 今まで訓練漬けだったからロクに友達もできなかったんだ、と語っていた焦凍くんのことを思うと、私はなるべく緑谷くんをはじめとした雄英のクラスメイトと一緒に過ごして欲しいと思ってしまう。同級生といる時の焦凍くんは、今まで得ることのできなかった青春を謳歌しているようで、私は友人としてそれが嬉しかった。

「本当は爆豪くんも焦凍くんと一緒にいて欲しいんだけど、……君たち、あんまりソリが合わないんでしょ」
「チッ、テメーはいろいろ察しすぎだ」

 いやいや、君がわかりやすいだけでしょうが。そう思ったが言ったが怒られるだろうことは目に見えてわかっていたので、言わなかった。
 そのあとも爆豪くんはびっくりするぐらいスマートに、先ほどのようにキレるわけでもなく買い物に付き合ってくれた。意外と大人しい、というわけではなく、単に賢くて素直な人なのだろう。はしゃぐ必要がないときは黙っているし、怒る時は怒るってだけなのだ。……そしてその怒りが、だいたい緑谷くんと焦凍くんに向いてるってだけの話で。

「ダーーーーッ!!!なんでメモ見て間違えとんだ!!」
「悪ィ、種類がいっぱいあってよくわからなかった」
「電話なりメールなりでネズミに確認すりゃいいだろうが!テメェの勘で持ってくんなカス!!」
「かっちゃん、僕もちゃんと見なかったのが悪いから……」
「テメェもだデク!そもそもテメェが任された意味考えろ!!コイツ一人にしたらやらかすからってテメェを当ててんのになんで別行動キメてんだア゛ァ!?」
「……そうだったのか、なまえさん」

 ごめん、実はそうです。なんて言えるはずもなく、私はそっと目を逸らす。その間にも爆豪くんは二人にキレ散らかし、ホテルに着くまで喧嘩は続いた。緑谷くんは焦凍くんの「これだけあるなら分担した方が効率がいい」という言葉にまんまとハマってしまったというわけだ。うん、間違っちゃいない……間違っちゃいないけど、焦凍くんは買い物初心者だし付き添い必須だったんだよ。緑谷くんも焦凍くんも頭の冴える人だから効率化を図ってくれたのだろうけど、今回に限っては効率とか考えず、買い物を楽しんで欲しかったなぁ……。
 結局、私と爆豪くんで買い直すことになったのは言うまでもない。



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