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※リゾットがロ/リコ/ン。カッコいいリゾットはいないし暗チはみんな酷い。





 なまえというかわいそうなガキがいる。イタリアンギャング・パッショーネの汚れ役、日陰者の中の日陰者、暗殺チームのリーダーであるリゾット・ネエロが拾ってきたガキだった。
 なまえの体はやせ細っていて、ロクな飯も食わせてもらえていないのか、腹だけポッコリ膨らんでいた。多少は裕福になったこのご時世に飯も食わせてもらえなかったのか、とかわいそうに思った俺は、試しにチョコレートをあげた。すると彼女はそれを急ぐかのように口に入れ、飲み込み、そしてすぐに吐き出した。胃が食べ物を受け付けなかったらしい。しょうがないから粥をつくって与えたが、それもすぐに吐き出してしまった。
 なまえはうまく口がきけない。まともな教育を受けてこなかったらしい、とは聞いていたが、口もきけないとは。親からの虐待のせいで、本を与えられることもなく、他の子供らと関わることもなかったのだろう。
 そこで俺は、ベイビィの教育に使う絵本をなまえに読ませてやった。字を読めないらしいから、わざわざ声に出して読んでやった。本の内容は、子供に母親に愛を伝える話だった。いつもご飯を作ってくれる母親、話を聞いてくれる母親、無償の愛を与えてくれる母親──そんな母親に、子供がありがとうを言う話だ。
 なまえは最初不思議そうにそれを聞いていたが、終盤には少しだけニコリと笑った。それがはじめて見せた笑顔だったと思う。

「お母さんは、こどもすき?」

 そう言った彼女に、俺はなんと返せばいいのかわからなかった。暗殺チームにいる人間なんてロクでもない人間だ。それこそ、虐待を受けたやつもいるんじゃあないか。でも俺らとなまえは圧倒的に違っていた、なまえは、暴力を振るう親を憎んでなどいなかった。
 痛いことをする母親、酷いことをする母親、親の義務と権利を放棄した母親。そんな女を母親と呼ばずに生きた俺たちと、怖がりながらもマードレと呼ぶ彼女。理解が及ばない、この子供と俺らは思考が違うらしい。
 リーダーがなぜこんなガキを拾ってきたのか、と言われたら、俺たちは迷いなく「リーダーの一目惚れだ」と言うだろう。有り体に言えば、28の男が20ほど下の子供に欲情している。ギアッチョなんかはそれに気づいた時、形容しがたい顔をした。きっとそれは嫌悪感なんだと思う。しかし人を殺す仕事をしている俺たちが、小児性愛に嫌悪を示すのもおかしな話かもしれない。だって、小児性愛には愛がある。俺たちの殺しには、愛どころか感情すらないのだから。
 ただ仕事で人を殺すのと子供を愛すのでは、後者の方がずっと人間らしい。

「なまえ寝るぞ」
「……うん、」
「どうした。何かあったか」
「あ、あのね、わたしもうちょっと……」

 もうちょっとメローネと本読みたい、と彼女が言うもんだから、俺は柄にもなくびくりと肩を震わせてしまった。しかしリゾットはこちらをちらりと見て、「メローネにも仕事があるからだめだ」と言った。彼女はそれを聞いて俺の方をちらりと見つめる。不安に駆られたそれは、捨てられた子猫や子犬に似ていた。

「あー、うん。今日はベイビィの教育をしないとな。本を読むのは明日でいいか?」
「……う、うん、お仕事、頑張ってね……」
「なまえ、」

 部屋に行くぞ、とリゾットが言う。肩を掴まれて、彼女は逃げられない。ああ、かわいそうに。なまえとリーダーが、ドアの向こうに消えていった。





 朝起きると、なまえはよたよたとアジト内を歩いていた。その近くにはリーダーはいない。あまりにも覚束ない足取りだったものだから、珍しくギアッチョはなまえに声をかけていた。
 ここにいる男たちは、あまりなまえに友好的ではない。むしろ邪険に思っているやつすらいる。それはなまえがなんの力も持たないことや、なにより、その悲惨な生き様を見ていられないことが原因だった。とどのつまり、同族嫌悪である。ギアッチョも例に漏れずなまえに冷たく当たる奴だった。
 ギアッチョがなまえに声をかけると、なまえは昨日の俺みたいにびくりと肩を震わせた。まあ朝からあんな風に怒鳴られたら当たり前だろう。

「テメェよ〜…ふらふらしやがって、まっすぐ歩けよなァ〜!?」
「ぁ、その、ごめんなさい……」

 完全にチンピラの言いがかりみたいな声のかけ方だった。
 なまえは服の裾を握って下を向いて、完全に怯えている。その姿はかわいそうなガキだ。ギアッチョはそれが気に食わなくて、追い討ちをかけるように彼女の襟口を掴んで持ち上げた。子供の中でも軽量級であるなまえを持ち上げるのは簡単である。
しかし、ギアッチョはなまえの襟口──正確に言えば首元を見て、すぐに彼女を地面へとおろした。ギアッチョは気づいてしまったのだ、気づいてしまったらもう遅い。
 かわいそうな子供、かわいそうなガキ、かわいそうな女。ああ、かわいそうななまえ。
 ギアッチョはそのほかになにも言うことなく、ただ気持ち悪いものを見たとでも言いたげな顔をして部屋を出た。なまえはというと噛み跡やらなんやらがついた首元を抑えて、咳き込んでいた。
 ギアッチョから解放された彼女に俺は声をかける。それはギアッチョみたいな言いがかりでなく、なるべく優しく。怪我をした子供を慈しむように、不安げに彼女に声をかける。我ながら演技派だなと思った。

「どこか痛いのか?」
「うん……」
「どこが痛いんだ?場合によっちゃあ病気かもしれないぜ」

 優しい顔と声で残酷なことを言ってやる。子供は病気が恐ろしいものなのだ。やりすぎたかと思ったが、彼女は気にしてないようだった。

「あのね、メローネ……あしいたい」
「あし?あしって、どこだ?」
「ここ……あとお腹」

 彼女が抑えたのは、股関節のあたり。ああ、そりゃ歩き方もおかしくなるはずだ。そして腹。腹といっても下の方、下腹部を彼女は抑えていた。

「どう痛い?」
「うーん…?ちからはいらないの。お腹は…ずきずきする」
「ああ、股関節だな、軽く炎症を起こしてるのかも。腹は──」


 腹じゃなくて、胎──下腹部、女の象徴、子宮。心当たりはある、リーダーのせいだ。そういえば、このガキは月のモノはきているのだろうか。10ほどならば、きていてもおかしくはないだろう。そうしたら、この女は母親になれるなとぼんやりと考えていた。

「安静にしていたら治るぜ」
「あんせい?」
「激しい動きをしないで、じっとしてるってことだ」
「うん……」

 そう言うと、彼女はピタリとソファの上で動かなくなった。俺の言った"安静"を律儀に守っているようだ。しかし、よく見ると口をキュッと結んでいる。

「……ぷはっ」
「……アーーハハハハ!まさか、息もしてなかったのか?」
「ちがうの…?」
「安静ってのは、大人しくってことだ。まさか、息もしてないなんて、アッハッハ!」
「ふ、ふふふ、ふふ」

 思い切り笑っていると、なまえもつられて笑っていた。子供ってやつは、人が笑っているとよくわからないのに自分も笑ってしまう生き物らしい。これがギアッチョやプロシュートなら、笑うんじゃねぇ、と思い切り殴ってくるところだ。

「何笑ってんだ?テメーら」
「お、噂をすれば」
「噂?なんの」
「いやいや、こっちの話」

 俺たちの輪に入ってきたのはプロシュートだった。手には大量の袋やらショップバッグやらを抱えている。給料の少ない暗殺チームに所属しておきながら、そんなに買うなんてどうかしている。

「ほらなまえ、これ着ろ。その次はこれだ。靴はこれにはこの茶色のやつだ。こっちのワンピースなら……前買った黒い靴がいいか」
「だ、だめ、プロシュート、さん」
「ア゛?俺が買ってきたのが着れないのか?」
「わたし……そんな、かわいいの着れない…」
「おいなまえよォ、お前、今のままで似合うなんて思うなよ。服ってのは、それに見合うように人間が変わるんだ。似合うようになりたいなら、お前はとりあえず肉をつけろ」
「……め、メローネぇ……」

 こちらを見るなまえは、どうしたらいいのかわからないとでも言いたげな目をしている。助けてほしい、ともいうのかもしれないが。
 プロシュートはなまえに、様々なものを与えていた。服や靴、それにご飯や本。それはなまえが欲しいと言ったわけではないのだが、プロシュートはただ毎日そんなものばかりを買ってくる。自腹切ってるから気にすんな、とプロシュートは言う。自腹を切ってまで、なぜなまえに物を買い与えるのか。

「とりあえず着てみろ。いいな」
「うん、着る……」

 甲斐甲斐しく世話をするプロシュートに、俺は最初「この男は子供好きだったのか」と思った。しかし違っていた。プロシュートは単に、面白がっているにすぎないのだ。

「どうせ娼婦にでもなって、どこの誰だかわからない子種のガキでも産むさ」

 プロシュートは、そう言っていた。
 どこの誰だかわからない子種、まあきっと、リーダーのものになるに違いないと俺は思う。プロシュートもそう思っているはずだ。

「ど、どうかな……」

 服を着たなまえが入ってくる。上品なワンピースだが、痩せこけたなまえが着ているとアンバランスな感じがする。それこそプロシュートの言う通りだ、肉をつけろと言ってやりたい。

「丈は悪かねぇな。あとは肉づきだな」
「う、うん」
「なまえ、今日は何食べたんだ」
「えっと、ミルク……あと、コルネット」
「朝飯じゃねえか。スパゲッティとか、あとは肉を食えよ、肉を」
「でも、あの、ご飯食べるとね、オエってなるの」
「そりゃ今まで食べてねぇからだ。無理矢理にでも慣らしていけば食べれるようになる」

 プロシュートはなまえの面倒をよく見る方だった。物や飯は与えるし、物言いはぶっきらぼうだが話しかけているからまだましだろう。
 このチームで、なまえを歓迎している者はほとんどいない。ギアッチョはあからさまに子供が嫌いだという態度をとるし、イルーゾォやソルベ、ジェラートなんかはまるでいないかのような反応をする。ホルマジオがチョコレートを前あげているのを見たが……街の浮浪者に、たまたま「ああ、かわいそうだな」と気が向いてパンをやるような感覚だったのだろう。ペッシはというと、以前はよく話しかけていたのだけど、プロシュートにあいつに深入りするなよ、と言われてから関わるのをやめたらしい。
 しかし、なまえはそんな風に邪険にされているのにもかかわらず、何も気にしていないようであった。

「わ、わかった、ご飯食べる」
「おう、そうしろ」

 なまえの頭をガシガシとプロシュートが撫でると、なまえは照れたように小さく笑った。
 邪険にされるのを気にしていないのは、それが当たり前だからだ。そして、今は少しでもこうやって関心を向けられているからだ。その関心は、きっと真っ直ぐな愛情ではない──面白半分とかからかい半分とか、憐れみのようなものが混ざった関心なのだが、彼女にとっては無関心よりはずっといい物なのだろう。

「……なまえ、どうした、その服」

 リーダーがのっそりと部屋に入ってきた。普段は無表情のリーダーだが、なまえの服を見て珍しく驚いたような顔をしていた。まあ、わかりづらくはあったけど。なまえはそんなリーダーを見て、体をぴくりと震わせた。

「あ、あの……プロシュートさん、買ってくれた……」
「プロシュート、本当か」
「まあな。似合わないだろ」
「ああ、すごく似合わないな」
「う、うう……」

 その言葉を聞いて、なまえは縮こまって俺の後ろに隠れた。似合わない、がどういう意味かもわかってないかもしれないが、「ない」っていう否定の言葉を聞いて、いい言葉ではないということは理解したらしい。そんななまえを見て、リーダーは少しだけ笑った。笑うのも珍しいことだ。しかし、なまえはリーダーの顔を見るとさらに怯えた顔をする。それを見てリーダーは、俺の後ろに隠れたなまえを無理やり抱きあげた。抱き抱えられたなまえは嫌がるそぶりも見せず、ぬいぐるみのようにじっとしている。でも目は怯えた小動物のようだった。それを満足げに眺めて、リーダーはなにも言わず部屋を出て行ってしまった。
 俺とプロシュートは、そんなリーダーをみてやれやれと肩を竦める。

「夜にあれだけやりゃ、なまえも怖がるに決すまってンだろうになァ」
「ン?プロシュートも気付いてたのか」
「声聞こえるだろうが」
「ああ……プロシュートは、リーダーと部屋隣だったか。俺のとこは聞こえないよ」
「羨ましい限りだな」
「部屋、交換するかい?」
「それも面倒だ」

 夜にずっと、なまえが悲鳴をあげてるんだ。痛い、苦しいって。さすが暗殺チームのリーダーなだけはある、拷問の腕はピカイチだな。なんて笑えない冗談を言いながら、冗談を言うみたいにプロシュートは笑った。
 なまえがリーダーを恐れているのは、母親と同じことをしていると思っているからだろう。痛いことをしてくるリーダーが、なまえにとっては恐ろしい。そこには俺らと違って愛があるというのに、その愛になまえは全く気付いていない。
 ……ああ、リーダーもかわいそうだったんだなぁ。愛に気付いてもらえないなんて、愛し方をわからないなんて、そんなのまるで獣みたいだ。愛を知らない子供と、愛し方がわからない男。まるで三流映画みたいなキャッチコピーだ。それでも、出会ってしまったのだからしょうがない。お互い、いつか正しい愛を知る時が来るのかもしれないけど、いつになるのやら。

「まァ、いつか分かり合えたらいいな」
「ああ、なまえもいつか分かるだろ」
「……母親になった時に?」
「ハハ、言えてる!」

 なんて、少しも思っていなかった。



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