■ ■ ■


「ねえねえ、なまえちゃんはなんでヒーロー科にきたの?」

 俯いていた顔を上げると、波動ねじれさんはなんでもないような、至って不思議だと言いたげな表情で言った。曇りなき瞳が私をじいっと見つめている。
 放課後の教室には私と彼女以外誰もいない。今日は私たちが日直で、日誌を書くために居残っていた。全寮制になってからは学校が終わってもみんながいるけど、誰もいなくなった教室はやはり寂しいことに変わりはない。

「……ヒーローに憧れたから」
「誰が好きなの?オールマイト?エンデヴァー?ホークス……あっ、エッジショット?」
「オールマイト」
「そうなんだー!私はね、リューキュウ!知ってる?リューキュウ、すっごく強いし優しいんだよ!」
「そうなんだ」

 波動さんは子供が夢を語るみたいに言う。確か彼女はリューキュウの事務所にインターンに行っていたんだっけ。と思い出して、頭の中にメモをした。雄英生である彼女の、大切な情報だ。

「リューキュウはね、上手くできると褒めてくれるんだよ!」
「そう」
「前は頭撫でてくれたの!こんな風に!」

 波動さんが私の頭に手を伸ばしてきたが、私はそれを払い除けるでもなく甘んじて受け入れた。彼女の柔らかな手が私の髪の毛に触れる。犬を撫でるみたいにぐしゃぐしゃと撫でる彼女はいつもの無邪気な笑顔で笑っている。
 人に頭を撫でられたことがないから、撫でられている最中どんな顔をすればいいのかわからなかった。どんな反応が良いんだろう。どう返したら普通なんだろう。私の中で最も無邪気な仲間を思い出したが、彼女も波動さんと同じで少し変わってるから参考になりそうもない。なんの反応もしない私を、波動さんは怪訝そうに見た。頬がぷっくりと膨れている。

「嬉しくない?」
「……嬉しい、すっごく」
「えー?ほんとー?ほんとかなぁ?」
「嬉しい」

 私の言葉で波動さんはまた笑った。私の答えは間違っていなかったのだろうとわかって、ほっと一息つく。しかし一難去ってまた一難とでも言うかのように、波動さんは畳み掛けてきた。

「オールマイトの、どこがすき?」
「どこ……強いところ」
「うんうん!」
「強くて、かっこよくて、誰でも助けるところ」
「うんうん!!」

 ペラペラと口から言葉が吐き出される。

「みんなを助けるヒーローになりたいの」

 ペラペラ、ペラペラ。

「それで、みんなのことを助けるのが私の夢」

 ペラペラ、ペラペラ、ペラペラ。

「夢はオールマイトみたいなヒーロー、なんて」

 ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ。

「だからここに入ったんだ」

 ──ペラペラの紙みたいな薄っぺらな夢を語る、小さい頃に書いた原稿用紙一枚の夢。オールマイトみたいなヒーロー、みんなを助けるヒーローになりたい。声を高らかに読み上げたあの時の私はもういないし、あの原稿用紙だって燃えてなくなってしまった。
 気づいてしまったのだ。ヒーローは助けてくれない。オールマイトは私のことを助けてくれなかった。
 弔くんも、荼毘さんも、トゥワイスさんも、ヒミコちゃんも、コンプレスさんも、スピナーさんも。みんなヒーローに助けてもらえなかったのに、ヒーローはいま誰を助けてるんだろう──そう考えていると、波動さんは少し笑って「いっしょだね」と言った。机に置かれた私の手を握る。さっき私の頭を撫でていた手だ。誰かに手を握られたのも初めてだった。

「私も助けたいの」
「……誰を?」
「目の前の誰か、いっぱいの人!」
「目の前の……」

 波動さんはさらに力強く手を握って、その瞳が私を射殺す。もう眩しくて見ていられなくて、でも目を逸らしたらおかしいのだろうと思うと逸らせなかった。

「困ったことがあったら、言ってね」
「……」
「私が助けるから」

 あのね、波動さん。本当は。

「……ありがとう」

 ──私、あなたに助けて欲しいの。

「じゃあ、本当に困ったら頼るね」
「本当?本当だよ?」
「うん、本当」
「指切りする?しようよ!ね?」

 握った手を離されて彼女の差し出した小指を見た。針をどれだけ飲めば良いのだろうと、今から喉元の痛みを想像してしまう。針千本なんて、千本なんかじゃきっと足りない、飲み込めきれないほどの針が私の胃をチクチクと刺す。痛い、痛くて痛くてたまらない。まあでも、きっと彼女の瞳よりはマシなはずだと思って私は指を切った。もう後には戻れなかった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -