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(※宗像草太ほぼ出ません)



 宗像くんこと、宗像草太くんが私よりも二つ年下だと言うことを知ったのは、それから一ヶ月後のことだった。教育学部だという彼は、教員試験のための勉強が忙しい割にかなりシフトに入っているらしい。というのも新型感染症によるパンデミックのせいでほとんどの授業がオンデマンドになっているからこそ入れる、とのことだった。私はそんなにコンビニに行く方ではないけれど、いつもあのコンビニには宗像くんがいて、その度に宗像くんの名前が書いてあるレシートが増えていく。働かないと食っていけないから、とも言っていたけど、そんな無理なスケジュールでは体を壊してしまうんじゃないだろうかと思った。
 しかし彼は、私が思っている以上に丈夫だった。まあ確かに、顔は女性らしさも感じられる男性な顔立ちだけど、体つきはそこらの成人男性よりずっと鍛えられているから、彼の丈夫さにも納得がいく。
 宗像くんは、私が四年生になっても、大学を卒業し社会人となってもこのコンビニで働いていた。私は卒業を機に駅近の少し広い間取りの部屋に引っ越しをしたが、ここから歩いて十分ほどの場所なので一番近いコンビニを無視してここに来ている。来てしまう。わざわざここまで来てしまうのは宗像くんがいるからだ、なんてのはとっくの昔にわかっていた。自身の恋心に気づかないほど、私は鈍感ではないのだから。
 それでも私は、宗像くんとの距離をずっと詰められずにいる。私たちはずっと店員と客、それかアパートの隣人という関係性のままだ。ああ、でももう引っ越してしまったのだから、"隣人"でもなくなってしまったのか……ともかく、私たちは知人以上でも以下でもない。ただそれだけの関係を三、四年続けている。
 それもこれも、全部わたしが臆病なせいだ。私はいつも受け身で、アプローチなんてかけた試しがない。恋心をかわいいままで温めて、引くことも進むこともしないで、綺麗な思い出のままで大事に大事に取っておく──今になって思い出すのは、あのとき私を振った元彼の言葉だ。浮気をさせたお前が悪い。そんな子供っぽいところが嫌い。私が誰とも距離を縮めようとしないものだから、あの人は離れていってしまったのだろう。
 しかし宗像くんの場合は、彼の性格のせいで縮めるわけにもいかずにいる。宗像くんは誰にでも優しいのに、誰も自分の懐に入れようとしない。彼にとっては人は皆等しく、助ける対象に入るらしい。あの日、私を家に送って行ってくれたのだって、好意ではなく厚意だった。自分に無頓着で勘定に入れないなんて、ヒーローみたいな生き方。普通に生きていたらそんな風にはならないのに、どうして──そんな私の疑問に、宗像くんの友人らしい芹澤くんは肉を焼きながら笑って頷いた。

「あいつは家業があるとか言ってたから。多分、草太の性格はそれのせいっすね」
「ふぅん。家業、ね」
「なにやってんのかは教えてくれない。でも、全国飛び回ってるらしーです。……あ、その肉もらっていいすか?」
「はいどうぞ」
「やった、あざーす」

 芹澤くんとはまだあのアパートに住んでいる頃に、彼を起こしに来たという芹澤くんとばったり鉢合ったのがきっかけで知り合った。宗像くんは寝起きが悪いらしく、一限が必修の日はこうして芹澤くんが起こしに来ているらしい。……どっちかというと芹澤くんの方が起こされるタイプの見た目だ、と思ったのは彼には内緒だ。
 芹澤くんはよく人のことを見ているようで、私の恋心にすぐに気づいて、しかも協力してくれると言ってくれた。「あいつは今までも家業優先で自分を大事にしないから……あなたなら草太を大切にしてくれるだろうし、俺は応援したい」だなんて、ただの友達にしては熱いセリフを今でも覚えている。
 今日焼肉に来たのは、二人の"教採一次試験お疲れ様、兼二次試験頑張ってね"会のためであった。しかし、宗像くんが急遽シフトが変更になったために来れなくなってしまい、予定が流れるところだった。そこで芹澤くんが「それなら"相談会"ってことで」と言い出し、二人で焼肉を囲むことになったのだった。社会人になってからの相談会は初めてである。

「この前も北海道まで行ってたらしい」
「ああ、あのキャラメルそういうことだったのね」
「あ、もらいましたー?あのキャラメル」
「うん、あのキャラメル」

 たまたまコンビニに行った時に、何も言わずに彼は一つの箱を渡してきた。……ジンギスカンキャラメルと書かれたそれは、罰ゲームで食べるような味をしていた。つまり、あまり美味しいとは言えなかったのである。

「あいつたまにずれてんだよな」

 そのずれてるのが好きなんだけど、なんて副音声が聞こえたので、私は同意だと言うように頷く。芹澤くんはそれを見て歯を見せて笑った。

「……で、まだ草太とは進展ないの?」
「と、突然ね……」
「最近はどっか行った?そもそも、なんか話しました?」
「特にこれといったことは」
「ほんと奥手だなぁ」

 あまりにも図星だったので、居た堪れなくなって横を向く。しかし芹澤くんはこの話題を始めると、止まることを知らない。彼は私以上に私の恋路が気になっているらしい。気になっているのは私ではなく、宗像くんの方だと思うけど。

「隣に住んでた時、草太の部屋の方向いて寝れなかったんですっけ」
「なっ…!!そ、それは忘れてって、言ったのに!!」
「で、たまーに物音聞いてドキドキしてたんですっけー?」
「わ、わー!わ!!忘れて!!」
「あはは、すげー慌てよう」

 眼鏡の奥の目が笑っている。明らかに面白がって、揶揄う目的でしかない。彼は教員志望らしく面倒見が良いところもあるが、その実そこらへんの男の子らしく人を揶揄う時に生き生きとし始める。彼の悪いくせだ。私がむくれているのに気づいたのか、芹澤くんは「すんません」と悪びれることなく謝る。

「そういえば草太、今度また旅に出るみたいで」
「えっまた?教採の二次試験近いんじゃないの?」
「そうなんですけど……でもあいつ、何言っても聞かないし」
「……そう。今度はどこに?」
「どこだったかな。確か九州の方だって」
「それは……心配だね」

 私がそう言うと、芹澤くんはホルモンを焼きながら「それ本人に言えばいいのに」と呆れたように言った。

「試験頑張れってのも、心配だってのも、本人に直接言えばいいのに」
「……」
「ほんと、奥手で──」

 ああ、やめてほしい。

「臆病だ」

 その言葉は私に刺さる。

「まあ、恋愛なんて当人のペースがあるんで何も言えねぇけど。でも、あんたのはいつも進めないように、進まないようにしてるだけでしょ。見ててもどかしいです」
「……うん」
「何が怖いか知らないけど、一歩踏み出す勇気も時には大事ですよ。って、全部受け売りですけど」
「うん、うん……」
「大丈夫、草太は鈍いけど優しいやつだし。人の好意も受け取れるやつだから」

 なんてね、と笑う彼がなんとなく憎らしくて、恥ずかしくて、ホルモンから立ち上る煙に思い切り息を吹きかけると、芹澤くんは思い切り咳き込んだ。ざまーみろ。
 知ってる。宗像くんはずっと優しい、優しかった。泣いていた客を家まで送り届けて、隣人だからと交流を持ちかけても否定しないで。今だって旅のお土産をくれることもあるし、もう隣人でもないのに家まで送ってくれることもある。自分の分の優しさすら人に振りまく彼のことだ。芹澤くんの言う通り、私が「好き」だと言ったらきっと否定しないで受け取ってくれる。でも、彼の厚意に漬け込むなんて卑怯だとも感じる。

「芹澤くん、そのお肉ちょうだい」
「えー……まあいっか、どうぞ」
「やった、ありがとう」

 少し焦げたホルモンを口に放り込んで噛み締める。美味しいくせにいつまでも噛みきれないから、私はそんなにホルモンが好きじゃない。好きじゃないけど、美味しくはあった。しかし美味しかったけど、でもきっと、宗像くんがいたらもっと美味しく感じたのかも知れない。芹澤くんには絶対言えないような失礼な事をホルモンと一緒に飲み込んだ。消化不良でどうにかなりそうだ。



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