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(※夢主が幼女。えみごかもしれない謎軸)



 あの英雄王ギルガメッシュが、この世の可愛らしさを全て詰め込んだかのような幼い女の子にベタ惚れしていると気づいたのは、つい先日のことである。
 セイバーと共に商店街に赴いた日の、陽が落ちかけた夕暮れのことだった。いつものように夕飯の買い物をして、それからセイバーが気に入ったという大判焼きを買い共に食べていると、セイバーが奇妙そうな顔をして花屋の方を見ていた。
 俺もつられてそちらを見る。金ピカ──その日は黒のレザージャケットを着ていたが、金色の頭は変わらない──獣のような鋭い赤い目の男が、花屋の前に立っている。珍しいこともあるものだと思いつつ、セイバーとかち合ったら面倒くさいことになると思いその場を離れようとしたが、セイバーはどうにも立ち去ろうとしない。こちらもまた珍しい。
 よくよく見ると、その男は俺らの方の方とは反対側に小さな女の子を引き連れているのに気づいてしまった。
 ……可愛らしい女の子だ。背は男の腰ほどしかない。肩より上で切り揃えられた髪の毛は細く、子供特有の柔らかそうな毛をしている。着ている服は襟付きのワンピースで、子供服にしては高価そうだった。服に疎い俺でもわかる。そんな女の子は、英雄王の左手をしっかりと握って、屈託のない笑顔を浮かべている。
 英雄王はというと、その小さな手を軽く握り返している。そして少女の手には、彼の手と薔薇の花束があった。赤と黄色のコントラストは遠くから見ても綺麗だとわかる。

「……シロウ、あれは、」
「ギルガメッシュ、だな」
「いえ、そちらではなく」

 あの子供は、とセイバーは言う。それは質問ではなく、どこか確信めいたものであった。
 セイバーはそう言うだけ言って黙りこむ、おそらく女の子を見ているらしい。俺もセイバーに倣ってじっと女の子をを見ていると、女の子がこちらを向いた──大きくてくりっとした瞳と目が合う。

「あっ、セイバーさん!」

 それは容姿と同じく、可愛らしい声だった。子供らしく少し高い、よく通る声だ。そして彼女は確かに「セイバー」と発して、こちら……セイバーの方を見ている。英雄王もこちらに気づいたのか、俺たち、これもまた正しくはセイバーの方を向いた。

「セイバーではないか」
「英雄王、なぜ貴方がここに……いえ、そちらの少女は……」
「セイバーさん、こんにちは!お久しぶりです!」
「はい、こんにちは……そうではなく、貴方がなぜこの男と一緒に……!」

どうやら、全員俺のことは見えていないらしい。





「では貴方は教会に住んでいて、アーチャー……ギルガメッシュと共に生活をしているということですか」
「うん!前に話したお兄さんはね、ギルちゃんのことなの」
「そうだったのですね、世間は狭い」

 俺もそう思うが、それを言い出すことはできなかった。なぜなら、俺は相変わらず空気だったからである。
 つまり、こういうことだ──セイバーが一人で商店街に赴いた帰り、公園で一人で座っていたのがこのなまえ という少女だった。元気がない様子だったために、それを心配したセイバーが声をかけたのがきっかけで出会ったのだという。セイバーが少女の話を聞いたところ「同居しているお兄さんと喧嘩してしまった」とのことであった。つまりその"同居しているお兄さん"こそが英雄王──ギルガメッシュのことであったというわけだ。

「では仲直りはできたのですね。それは良かった」
「うん!セイバーさんのおかげです。ありがとう、セイバーさん!」
「いえ、私は話を聞いただけですから。貴方自身の力によるものです」
「ううん。それでもセイバーさんがいなかったら、きっとわたし、お家に帰らなかったもん」

 先程から話を聞いている限り、この女の子は随分と大人びているように見えた。物わかりが良いというか、落ち着いているというか。見た目はおよそ小学校低学年ほどであるのに、言動はそうとは感じさせないものがある。

「お兄さん、お兄さんはなんていうお名前なんですか?」
「お、俺か?俺は──」
「なまえもう良いであろう。帰るぞ」

 今まで口を閉ざしていた英雄王が俺の言葉を遮る。その顔は冷たい。殺意すら篭っている。気に食わない、という彼の心の声はダダ漏れだった。

「ギルちゃん!人のお話遮ったらダメなんだから」
「む、いやしかし……」
「それに、お名前を聞くのは礼儀なのよ」
「……」

 お、おお…あの英雄王が言い負けている。そんなことを俺が言ったら「雑種如きが口答えするな」とかなんとか言うだろうに、男は少女に反論すらしなかった。少女の言葉に心動かされているのかもしれない。
 ギルガメッシュは少しだけ少女の後ろ側に身体を引いた。どうやら、俺に発言権が与えられたようだ。少女と目線を合わせようとして屈む。……近くで見れば見るほど可愛らしい顔をしている。なるほど、この英雄王が気にいるのもわからなくはない。

「俺は衛宮士郎。衛宮でも、士郎でも好きなように呼んでくれ」
「うーん……じゃあ、士郎お兄さん!」
「うん。俺はなんて呼べばいい?」
「わたしも、なんでも!」
「じゃあなまえで」

 よろしく、と握手をしようと思って手を差し出した。なまえも俺と同様に手を差し出すが、その小さな手は別の手によって阻まれてしまった。

「戯け、いつ我がそこまで許した」

 うわ、モンペ怖い。思わず差し出した手を引っ込めてしまうぐらいには怖い。先ほど発言した時よりも何倍も怖い。なまじ顔の造形が整っているせいで、怖さが増している気がする。
 親の仇かとでも言うかのようにとこちらを睨むギルガメッシュ、そして俺はまさしく蛇に睨まれたカエルの気分だ。それは明らかに俺に向けて放った言葉であった。
 どうやら、発言権は与えられても触れるのは許されていなかったらしい。なまえは先程と同様に「ギルちゃん!」と言ったが、それでもギルガメッシュはその手を離そうとしない。
 男は小さくため息をつくと、俺と同じように屈んで少女に目線を合わせる。先ほどまで俺を睨んでいた目は、もうみる影もない。それどころか、その目はひどく優しい。

「……なまえ、今日は餃子を作ると言っていただろう。疾く帰るぞ」
「そんなに急がなくても、餃子は逃げないもん」
「遅くなれば綺礼が煩い。あの男、夕餉の時間には厳しいぞ」
「そうだけど……」
「それに、我も夜更けに食べるのは許さん。食事は9時までだとずっと言っているだろう」

 ダイエットしている女子かなにか?……と、ここまで聞いて、なんだか違和感を感じた。この男は普段と明らかに態度が違う。俺に冷たいのはいつものことであったが、明らかに不機嫌……というか、いつものテンションより幾分か低いみたいな。落ち着いていると言った方が正しいか。普段のこいつはもっとお喋りだ、饒舌だと思っていたのだけど。うーん。

「餃子は時間がかかる」
「……じゃあ帰ろ」

 少女はもう少しここにいたい、という顔をして、しかしそれ以上駄々をこねることはなかった。でもその不満そうな顔がどうにも子供っぽくて、先ほどの「大人っぽい」という印象はとっくに覆されてしまった。少し前まではギルガメッシュが宥められていたというのに、いまや立場が逆転している。この我儘王は王なだけあって、意外と人を宥めるのがうまいのかも知れない。普段は自分が何かと人を振り回すものだから、振り回されるのにもなれているのかも。なんて。
 奴は繋いでいた手を離して、そしてなまえを抱きかかえた。その行動には躊躇いなどなにもなくて、普段からよくそうしているのがうかがえる。なまえもなまえで、それを嫌がることなく自然と受け入れていた。細っこい腕を男の首に回して、笑顔で俺たちの方を向く。

「じゃあ士郎お兄さん、セイバーさん、ばいばい!」
「ああ、またな」
「さようなら、なまえ」

 英雄王は何も言わない──少女だけが手を振って、二人仲良く帰宅して行った。
 結局、あの少女とは特にこれといった会話をすることなく別れてしまった。あそこまで「良い子」が似合う子供も久しぶりだったので、ぜひ話をしたかったところだが……英雄王ガードは易しくない、ということだろう。今度はぜひ、彼女一人の時に出会えないかと思ってしまう。

「……シロウ」
「どうした、セイバー」

 セイバーが神妙な顔をしている。のだけど、どこか嬉しそうにも見える。実際、声は少し弾んでいるようだ。

「あの男……英雄王が今日はなんだか大人しかったのですが、シロウはどう思いましたか」
「どう思いましたかって……」

 ちょうど俺もそう思っていたところだった。大人しい。口数が少ない。機嫌が悪そう。セイバーがいるのに口説いていない。要素はいくつもあるかも知れないが、とにかく、普段の英雄王・ギルガメッシュらしくないと感じていた。

「……あ、」

 そうだ。普段と違うところがあったじゃないか。あの少女がいたから──とか。
 それをセイバーに言うと、セイバーは少しだけ考えるそぶりを見せてから、「なまえがストッパーになる、というのですか。シロウは」と言った。それに対してどうだろうな、とだけ言うと、セイバーはこれ以上なにもあの二人に関しては言わなかった。
 セイバーの言いたかったことはわかる。「子供の前で人を口説くようなことを、あの男はしないのでしょう」と言いたかったに違いない。小さな子供の前では、さすがの英雄王でも惚れた腫れたの話はしないのだろうと、セイバーは思っているのだ。
 だけどきっと違う。あの暴君は分別のある大人ではない。単にあの王は、あの「良い子」な少女を大切にしたいのだと、俺は思った。そして、きっと俺に興味を持つことを面白くないと思っている。有り体に言えば、俺に嫉妬していた。そしてあの二人はいわゆる相思相愛で、あの少女がセイバーに嫉妬しないように他の女の子に声をかけなかっただけで──と、ここまで考えて、じゃあそもそもセイバーに求婚しなければいいじゃないか。と思ったのだけど。

 ちなみにこの話を遠坂に話したところ、ふーん、あの金ピカがねぇ、とだけ彼女は言った。

「正直、遠坂はどう思う」
「あのねぇ……どうもなにも、見てもないのに判断できるわけないじゃない」
「そうだけどさ」
「まあでも、士郎がそう感じたのならそうなんじゃない?そのなまえ って子が大事だから、その子の前ではセイバーに声かけなかったってことで」
「いやまあ、それは俺の主観っていうか……」

 想像を通り越して妄想にしか過ぎない。でも明らかにあの時のギルガメッシュは、あの少女を何よりも優先していたのだ。セイバーに求婚しなかった理由がそう見えてしまうのもしょうがない。

「はぁ、なんでひとの色恋沙汰には敏感なのかな……」
「ん?なにがさ」

 遠坂は「やってらんない!」と言って、お茶請けのどら焼きをかじる。俺もそれに倣ってどら焼きをかじった、甘い、甘すぎる。
 それはちょっとだけ、あの可愛らしい少女と我儘王を思い出させた。



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