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(※吸死ロナルドの話とほぼ展開が一緒。ロリ主)





 自分がこの場にいるのは奇跡なのだと、このガキは言った。本来自分は綺麗な街に住む存在で、こんな汚い街には始めて来た。庶民しかいないし川も森も汚い。眉目秀麗の者もたまにはいるけど、たまにしかいない。酔っ払いと偉そうな天人が街を跋扈して、青い空もビルと船で見えない。そんなどうしようもない街にいる理由など、本当ならばないのだ、と。
 じゃあなぜここにいるんだ。たしかに昔と比べれば汚い街になったと思う。子供の頃に過ごした武州は良かった。空も川も森もここと比べると綺麗だった。物は少なかったが、別に不便でもなかった。それが普通だったからである。土方の野郎には今と変わらずムカついていたけど、近藤さんがいた。何より、姉上もいた。街を守るとか世界を守るとか、そんなかったるいことを背負わなくて良くて、ただ食って寝て竹刀を振る毎日の方がずっと楽しかった──って、今はそんな思い出話をしたいのではない。
 隣に座るこいつの足を蹴る。去年まで俺一人で楽しんでいたこたつの中に、足が二本増えただけで不快感は五割増だ。

「じゃあ早く家に帰りやがれィ、そんなに愚痴愚痴言うなら出ていきなせィ」
「だから前も言ったけどなまえ家ないもん。しょうがないもん」
「しょうがなくねぇよ。ないなら作れって、前に近藤さんが言ってたぜ」
「作れるなら作ってる!」
「お前なんでもパワーあんだろ」
「なんでもパワーじゃない!あれは×☆+%7……」
「あー、はいはい。聞こえねェ聞こえねェ」

 そのうちヒートアップしてしまったのか、そいつはよくわからない言語で話し始めた。それは昔の言葉のようにも聞こえるし、どこかの天人の言葉のようにも聞こえる。ただ、理解しようと思うと頭が痛くなる。こいつの声は高くてキンキンと頭に響くのだ。
 めんどくさくなってそいつの剥いたみかんを横から奪えば、やっと俺にもわかる言語で「なにするの!」と言った。あー、みかんうめぇ。やっぱ白い筋が無い方がうめぇ。じゃあ缶詰を買え?あれはただの砂糖漬けだ。

「みかん、私のみかんを…!」
「早いもん勝ちでさァ」
「う、うう、許さない許さない、なまえのみかん…!」
「また剥けばいいじゃねェか」
「1☆♪☆☆2(…+%98//いなさるゆ!ih1teそch…!」
「だから何言ってんのかわかんねェんでィ」

 こいつはまだこの国が慣れないらしく、感情が昂るとよくわからない言葉を話し始めるのだ。正直やめて欲しい。お前の言葉なんてこの街の誰にもわからないのだから。
 こいつを拾ったのはいつだったか覚えてない。ただ気づいたら俺の目の前にいて、俺の部屋にいた。朝起きて真っ先に刀を持って叩っ斬ったが、こいつは気づいたら俺の隣にいた。
 トラウマだ、確実に。俺はこいつのことを馬鹿にしてこそいるが、その実こいつを恐れている。人ならざるものであるこいつを、俺の本能は斬れと言った。だが斬りかかることはできても、斬ることは出来なかった。つまり、こいつは俺より強いらしい。……なんてのは、誰にも言ったことがないけど。

「ほれ、みかん」
「わーい!」
「早く剥いて食いなせィ。今度は俺に食われねーようにしろよ」
「なまえねぇ、みかんすきなんだー」
「そーかィ」

 俺より強いとは言ったが、こいつは俺よりチョロい。多分、万事屋の旦那よりチョロい。
 こいつを斬れなかった日の朝、こいつは俺の朝食ひとつで機嫌を直した。あんなに「人間なんてきらい、大嫌い、殺してやる」とか言っていたのに、朝食を食べただけで「わたし人間だいすき保護対象!」とか抜かしやがった。調子のいいやつである。
 さっきまで顔を真っ赤にして怒っていたのに、今は機嫌が良さそうにみかんを剥いている。みかんを剥く手はかなり小さい。その手でなにができるかと言われれば、お手玉遊びやおはじき遊びが向いていると言えるだろう。こいつは子供の手をしている。手だけじゃ無い、体のどこを見ても子供のそれであった。

「総悟、今日見回りじゃないの?」
「あんなもん、土方に任せりゃいいんでさァ」
「そっかぁ」
「そうそう……おい、そこのリモコンとれ」
「はぁい」
「……じゃねぇだろォ!!」

 スパーン、と気持ちの良い音を立てて、障子が開く。隣に座っていたなまえはびっくりしたらしく、猫のごとく跳ね上がった。そのはずみでなまえの手にあったみかんが握り潰される。なまえは音を立てた人間の顔を見て、さっきのように顔を赤くして、目をつり上がらせた。

「土方ぁ!!ばか!!あほ!!なす!!11d53+^・fjjn☆2♪6dD!!」
「何言ってんのかぜんっぜんわかんねーよ……悪かったな」
「あーあ、土方さん。これはなまえの一張羅ですぜィ?あんたのせいでこんなにみかんの汁がベッタリで……そんな謝罪で足りんのかな〜、誠意見せてくださいよ、誠意ってやつ」
「オイ、俺のせいか?」
「えーん、えーん」
「なまえもこうして泣いてらァ。ほら、謝りなせェ。ちゃんとしやがれ土方」
「総悟テメェ……!」
「えーん」
「ほら土方さん、早く」
「……わりぃ、ほら、これで新しい服買って、」
「わー、土方さん太っ腹。さ、行きやしょう」

 土方の取り出した札を抜き取って、なまえの手を掴み立ち上がらせる。なまえとふたり、その部屋を出ていけば、後ろから「総悟ォ!なまえ!!」と叫び声がした。何か言い返してやるのもめんどくさくて無視をすると、なまえが土方に向かってベェっと舌を出していた。

「英才教育の甲斐があったねィ」
「エーサイ?」
「なんでもねーや。ほら、行くぜ」

 なまえは普通に歩いていたらただの子供にしか見えない。こうして手を繋いでいれば、どこにでもいる子供だ。まあまあ美少女の類で、下手したら不審者に目をつけられそうだとまで思う。
 その実、こいつは地球ではないどこかの星で神様として崇められていたらしい。変な力を持ってしまって、変な風に祀られた。そのせいで余計変な力を持ってしまい、性格も変になった。この江戸に来たのは、どうやらその星を間違えて滅ぼしてしまったからだと聞いている。悪い奴に唆されて寝ぼけて力を使ったせいで、大災害に見舞われたその星は、なまえが起きた時には更地になっていたのだと言う。
 隣を歩くなまえが「あっ」と言って俺の手を離した。その先には旦那が立っていて、駆け出したなまえに気づいたらしく俺らに向かって手を振っていた。

「旦那ぁ!」
「おうおう、どうしたよ」
「旦那!旦那!」
「おいなまえ、俺の名前呼んでみろ」
「……旦那?」
「坂田銀時な。アンダスタン?」
「ぎんとき」
「さんをつけろよ、銀時さんな」
「ぎんときすん」
「ちげぇよ」
「ぎんとさきん」
「だからちげーって」
「ごめんなさい」
「いや、いいけどよォ」

 ぴょんぴょんと旦那の近くで飛び回るなまえを見て、旦那は元気だなぁと言って頭を撫でる。なまえは強いヤツに懐くらしく、旦那には特に懐いていた。旦那も旦那で何かを感じ取っているらしく、鬱陶しく付き纏うなまえを無碍に扱うことはしなかった。本能ってのは凄ェや。
 旦那はなまえにせがまれ、素直に奴を抱き上げた。こんな目が死んだ男だというのに、どうしてガキどもは惹かれるのだろうか。俺にはよくわからなかった。

「おー、軽ィ。食べてんのか、ちゃんと」
「うーん、あんまり?」
「おいおい、警察組織はどうなってんだよ」
「旦那ァ、天下の真選組がネグレクトなんかねェですぜ。こいつにはいつも3食きっちり食べさせてまさァ。今日の昼なんて親子丼に味噌汁にサラダ、十分でしょ」
「そーかい、俺は三食卵かけご飯だよ」

 たまごかけ?となまえが聞くと、旦那は「親子丼の火通してねぇヤツ」と答える。だいぶ違うが、なまえはそれで満足したらしい。ふーん美味しそうね、と笑う奴の頭には何が思い浮かんでいるのだろう。

「旦那はこれからコレで?」
「ばーかにしてくれちゃってぇ。依頼だっつの」

 片手で何かを捻る動作をすれば、否定された。自分の言葉で目的を思い出したらしく、旦那はなまえを下ろす。なまえは大人しく俺の方へと戻ってきて、俺の手を掴んだ。わがままお嬢様なわりに、このガキは物分かりがいいのだ。

「旦那、仕事?なんの?」
「依頼には守秘義務が……あー、総一郎くんは警察だし、聞いとくべきか」
「旦那、総悟でさァ。先言っときやすがめんどくせぇのはナシですぜ」
「安心しろ、ただの人探しだ」
「人探しねェ……人相はどんな?」
「美人だとよ、天人だけど人間と変わらねェ見た目のな。ただ、それはもうびっくりするくらいの絶世の美女らしい」
「へェ、そりゃすげぇや。でもそんな女、なんでまた探されてるんで?」

 旦那は続けて「知らね。まあでも、」と言った。

「超能力持ちで、星一つ潰して逃げちまったんだとよ」

 鋭い目をした旦那が俺たちを見る。俺は思わずその手を強く握りしめた。





 ──星海坊主っつーえいりあんばすたーがその女を探している。
 旦那はそう言っていた。なんでも、チャイナの親父だとか、宇宙最強の掃除屋だとかを自称しているハゲなのだとか。
 旦那はそれだけ言って、ふらりとどこかに行ってしまった。つーか人探しって、どこ探しに行くつもりなんだ。結局依頼金持ってパチンコに行ったんじゃ無いかと俺は考えているが、その真相は不明である。
 俺は帰路を歩きながら、なまえに目を向ける。旦那と別れてからというものの、こいつは一言も喋ることはなく、大人しい子供に成り果ててしまっていた。その陰気臭さに思わずため息をつく。なんでィ、俺の調子狂わせるな。

「なぁ、なまえ」
「んー?」
「あれ、オメェのことだろィ」
「……」
「星一個潰したってやつ。美人はともかく、他の条件は当てはまってらァ」

 なまえはまだ子供だ。喋り方もよく分からず、自分の機嫌の取り方もわからない。知っている言葉を意味もわからないまま繰り返して、周りに配慮せずはっきり物を言う。嘘だって平気でつくが、怒られればそれなりに反省する。だから寝ぼけて星を滅ぼすのもしょうがない。こいつの精神はまだ、発達途中なのだ。
 だが、世界はそうとも言えない。俺は"こいつ"を知っているからしでかした事をしょうがないと言えるけど、星を一つ潰した大犯罪者に変わりはない。大問題だ。宇宙の脅威と言っても過言では無いこいつを、俺は飼っている。

「……追い出す?」
「あ?」
「総悟、なまえのこと追い出す?」

 なまえはきゅうっと俺の手を握って言った。しおらしく項垂れるこいつは、本当にどこからどう見ても子供だ。間違いねぇ。俺は握られた手を振り払って、なまえの頭に手を乗せる。

「地球でそれなりのことしたら追い出してやらァ。そもそも俺はお前を真選組に置くの、まだ許してないんでね」
「……」
「ただ、近藤さんはお前を追い出すなって言うんでさァ。あの人はお人好しすぎていけねーや、お前がガキだからって甘すぎる」
「近藤が?」
「ま、せいぜい追い出されねぇように気をつけろ」
「……うん」

 もしこいつが地球を滅ぼすつもりなら、俺はこいつを殺すだろう。何がなんでも宇宙へと追い出してやる。件のえいりあんばすたーにこいつを差し出してやる。金を払ってでも退治させてやる。
 それでも俺がこいつにそうしないのは、今のこいつがそんなことをするやつでは無いからにすぎなかった。

「……総悟ぉ、お団子食べたい」
「さっきの土方の金で食いやすか」
「うん」

 菓子が好きで、食べるのが好きで、遊ぶのが好きで、人が好きで。そんなこいつが、地球を滅ぼすつもりなど今のところない。こんな街、とかなんとか言っているが、こんな街でも気に入っていることを俺は知っている。

「それに、お前がいると土方への嫌がらせが捗るんでィ」

 子供は飲み込みが早い。なまえも例に漏れず、俺の言うことをすぐに聞いた。土方はクソ、抹殺対象、頭マヨネーズ、俺より下。教えたらすぐにそれを信じた、だめだ、チョロすぎる。
 そんなチョロいやつだから、近藤さんはこいつを真選組に置いているのだ。間違っても、高杉をはじめとした過激派攘夷浪士や、宇宙海賊春雨といった犯罪者に染まらないように。

「……そういやオメェ、なんで真選組を選んだ」
「え?えーと?」
「朝言ってただろ、こんな街って」
「うん」

 ──私の住んでたとこね、綺麗だった。自然がいっぱいで、真選組よりおうちは広かったし、いつも綺麗な人が私の世話してくれてたよ。と、こいつは言った。神様扱いされてたんだからそりゃそうかと納得したが、しかしそれならば江戸に住む理由もあるまい。ココより綺麗なとこなんて、地球にも外の星にも山ほどあるだろう。

「江戸は汚いよね。水も空気も」
「オウ」
「真選組も汚い」
「男所帯だからねィ」
「でも、総悟の顔は綺麗。美人?ってやつだと思った」
「……」
「あと、いちばん強そうだったから。だから真選組がいいなって思ったの」
「……あっそ」

 どこで覚えたんだよ、そんな言葉。
 おばちゃん、団子四つな。そう言いながらこいつと並んで座った。するとなまえは先ほどの調子を取り戻したらしく、おちゃらけたように「あ、でもあの人も綺麗だなーって思ってたの」と電柱を指さす。そこにはあの指名手配犯、桂小太郎の写真が貼ってあった。この顔にピンときたら。真選組が発行した人相書だから、真選組の名前が隅に書かれている。

「探したけど見つからなくて、この名前辿ってきたの。そうしたら総悟がいたんだぁ」

 ……やっぱこいつ、追い出してやろうかな。



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