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※夢主が幼女



 我ながら甘い男だと思う。吸血鬼ハンターを名乗っていながら、俺は我が家に吸血鬼を住まわせることを許している。真祖にして無敵の高等吸血鬼──実際は、デコピンや小学生の蹴り程度で死んで砂になってしまうクソザコ吸血鬼・ドラルク。奴を住まわせてしまったことが、全ての始まりだった。俺は吸血鬼とコンビを組むハンターとしてさらに名を上げ、その噂を聞いた世にも奇妙な吸血鬼どもが俺の事務所には集まってくる。そしてその集まってきた中に、"奴"は居た。

「ロナルどーーん!!」
「うおっ!?」

 言葉とともに腹に与えられた衝撃に思わず声を上げる。ソファーで眠りこけていた俺の腹に思い切り飛び乗ってきておいて、当の本人はアイスの木の棒を咥えたままケラケラと笑っていた。整った顔を綻ばせ、嬉しそうに俺の胸元に擦り寄る。俺が反応を示したことが嬉しかったのではない、俺が変な声を出したことを嘲笑っている。こいつの性格は、少し生活を共にした俺にだって分かりきってしまうくらい単純明快だった。

「お前っアイスの棒咥えたまま飛び込んでくんな!危ねぇ!」
「ぐぅたらしてるなら遊んでよ、ロナルドぉ」
「ぐっ……別にぐーたらしてねぇよ!」
「どこが?」

 図星をつかれ思わず黙ると、そいつはペチペチと俺の腹を叩く。遊んでと催促する彼女を落ち着かせるために、頭を撫でる。叩かれている間、焦燥感に駆られていることをこいつはきっと気づいているに違いない。証拠に、ニヤニヤと俺を小馬鹿にしたような笑みには変わりなかった。

「ドラルクに遊んでもらえよ」
「やーよ。あいつ弱いもん」
「お前が強すぎるんだろ、それは」

 つーか俺だってお前に比べたら弱いだろ、と言うと、人間はゼージャクだものねと憐れみの目を向けられた。
 この女の子は名も無き吸血鬼だ。いや、名前はあるのだが教えてくれない。「真名を握られることは命を握られるのと同じだから」と言って少しのヒントもくれなかった。もともとハンガリーに住居を構えていて、現地で活動する吸血鬼退治人に襲われ、力を失い日本へと逃亡してきた……というのが彼女の言い分であったがどうやら嘘らしい。彼女がドラルク城よろしく、自分の家を観光地にしていたり、観光客にファンサービスとして姿を見せるような穏健派吸血鬼だと知ったのはドラルクがそう言っていたからだった。なぜ嘘をついたのかと聞けば「その方が住まわせてくれると思ったから」だと言う。かなり強かでずる賢い少女だった。
 コイツは強い。ルーマニアに本拠地を構えていたドラルクですら噂を耳にするくらいと言えばわかるだろうか。クソザコ吸血鬼ドラルクと違い、この少女は本物だった。真祖にして無敵──千年に一度の美少女は、千年の時を超える吸血鬼である。

「ドラルクってばなんであんなに弱いの?おじーちゃんは強いのに」
「御真祖様に全部吸い取られたんだろ」
「でもお父さんはあんなに弱くないよ」
「お父さんにも吸い取られたんだろ」
「ふうん、残りカスなのね」
「そゆこと」
「聞こえてるからな君たち!!」

 叫ぶドラルクにコイツが「あら、いたの」と心ない言葉をかけると、ドラルクはとうとう灰になってしまった。こいつは身体能力の高さ以上にメンタルが強い。そのためか思ったことをズバズバ言って、よくドラルクを殺しまくっていた。まあドラルクが弱すぎるのも原因だけど。

「お前死にすぎ。こいつを見習えよ、ぜんっぜん死なねぇじゃねぇか」
「あのねぇ!彼女は特別って前言ったよね私!」
「あーはいはい。俺もうコイツとコンビ組んだ方がいいんじゃねぇか。なっ」
「な〜?」
「なにぃ!!その幼女は料理も掃除もしないんだぞ!!君の生活水準を上げてやっているのはこの私だということを忘れたのかね!?」
「頼んでねぇ」
「君も君だ!誰が高いアイスを食べさせてやってると思ってるんだ!?」
「ロナルドのお金でしょ?それ」

 「ぐっ……もういい!こんな家出て行ってやる!」と、ジョンを連れてドラルクは出て行った。エコバックを掴んでいったあたり、どうせすぐ帰ってくるに違いない。あいつはなんやかんや言いつつ住む場所がないため、家出したところで俺の家に帰ってくるしかないのだ。
 自分の立場を理解していないドラ公を放置し、俺はソファーに寝転がったまま本を読む。フクマさんが参考までにと持ってきた同業者のエッセイは、いわば俺の商売敵でもあった。読む気もなくパラパラと流し見をしていると、そいつは俺の手を掴んでページを止める。吸血鬼特有の赤眼が本に向けられているが、俺同様文章を読んでいるとは思えなかった。

「……ねー、ロナルドぉ」
「どうした」
「ロナルドはさぁ…」

 うー、あー、と言い淀む。こいつは見た目以上に中身が幼いのか、上手く言葉を紡げないことがままあった。いつものことだと遮ることなく話し出すのを待てば、俺のジャケットを握りしめて口を開いた。

「ロナルドは、」
「おう」
「ロナルドは……私のこと殺さないの?」

 こいつは言い淀む癖があるのに、一度話し出すと止まらないやつでもあった。

「今だって、私がちょっとでも動けば、ロナルド殺しちゃうかもしれないんだよ。血を全部吸い取って、カラカラにしちゃうかも」
「おう」
「ドラルクだってすぐ殺せる。ドラルクのおじいちゃんは難しいかもだけど……頑張ればいけなくないし。退治人組合も吸対も敵じゃないし。新横浜どころか日本全部カイメツできるもん」
「そうだな」
「ロナルドはなんで私のこと殺さないのかなーって」
「そりゃあ──」

 こいつは力を無くしてるとはいえ本来特A~S級の吸血鬼で、吸対も退治人組合も危険視してることに違いはない。それでも俺はこいつを殺さないだろう。こいつが力を──真名を"取り戻さない"限り、こいつはC級の枠を超えることはないのだ、殺すまでもない。それに。

「なんかやらかしたら殺す。でもいまのお前は誰も殺さないだろ」
「……わかんないじゃん」
「つーか日本壊滅させたらアイス食えなくなるぞ」

 手に持っていた木の棒を取り上げる。こいつがガジガジと一心不乱に噛んでいたせいか、すでに跡形もないぐらいボロボロだったが、構うことなくゴミ箱へ投げた。ドラルクがいたら「卑しいからやめたまえ!」とか言うんだろう。俺も小さい頃は同じことをしたものだから、こいつに強くは言えない。

「アイス食べれないのは困るねぇ」
「だろ」

 こいつは何故か日本のアイスを気に入っている。うちに住み始めてすぐの頃、「日本のキギョードリョクすごーい!」と無邪気にはしゃぐ姿は、そこらのガキとなんら変わりなかった。

「じゃー、わかった」
「なにが」
「私もみんなのこと殺さないでいてあげる」
「おう。そうしろ」

 頭をぽんとひと撫ですれば、何も言わずに胸に擦り寄ってくる。やはりただの子供だ。きっと俺は、尖った犬歯に見て見ぬ振りをしてこれからもこいつと過ごすのだろう。「アイスもう一個食べていい?」という問いに頷くように、俺はこいつを甘やかし続けるに違いない。
 つくづく俺は、甘い男だった。



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