■ ■ ■


 俺たちはままごとをしている。

「キルアちゃん〜〜〜っっ!!」
「うおっ!?」
「もうお仕事いやだよぉ……でね、あのねぇ……」
「……」
「そのぉ……」
「あーはいはい、いつものね」
「っ、うん!うんうん!」

 女は頷くとすぐに後ろから俺を抱きすくめた。俺よりも大きくて柔らかな身体が俺の全身を包む。最初は慣れない感触に胸が高まり背中がゾクゾクしたけど、今となってはただの肉塊だということに気づき、何とも思わなくなった。皮を剥がせばそこにあるのは肉と骨と臓物で、体の作りが違うだけで、女は俺や俺が殺してきた人間と同じだった。
 女は、何かあるたびに(主に仕事上のトラブルらしい、なんの仕事かは知らない)俺の前に突如現れ、「慰めろ、頭を撫でろ」と何かしらの要求をしてくる。その"要求"はアルカのおねだりよりも可愛らしいもので、ナニカの叶えられるお願いごととは比べ物にならないくらい軽く容易い。そう、俺にだって叶えられる程度の要求だ。

「キルアちゃんは小さいねぇ、柔らかくて細いねぇ」
「柔らかくねーだろ」
「まあ、たしかに同じ年頃の子と比べるとガチガチかも?」
「……あんたってなんでそういう言い方するかな」
「そういう?」
「別に」

 むしろお前の方が、と言おうとしたが俺は口を噤んだ。こいつからしたら俺は柔らかくて細いただの少年なのだ。この女は俺が暗殺者だということを知らない。俺の正体を聞くことはないということは、ただの12歳の子供を俺に求めているということだ。役といってもいい。

「お姉さん、キルアちゃんがいなかったら心ぺしゃんこになってたわぁ……」

 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる。この女が俺のことを知らないように、俺だってこの女のことをよく知らない。お互いに気づかないで──気づかないふりをして、俺たちは今の関係に収まっている。きっと言ってしまえば現実に戻ってしまう、なんて御伽噺みたいだ。そんな可愛らしいものでもないと思うけど。

「ねえ、あんたさ」
「ん?」
「あんたの仕事って……」
「んー?」

 後ろから俺を抱きしめる力が強くなる。力加減を知らない子供の抱きしめ方ではなく、今にもお前を殺せるんだぞと牽制するずるい大人の抱きしめ方だった。首に回された手に力を込められて、女の頭が俺の肩に乗せられる。体格差的にその体勢はきついだろう、と現実逃避をした。

「言えないコト」

 耳元に唇が触れる──しばらく忘れていたはずの背中の奥の方を走る悪寒が俺の体を襲った。

「……そ、れって」
「……なーんてね!単なる金融業よ、機密情報がおおいから、人にお仕事のこと言えないの!」

 キルアちゃんに教えれないなんてやになっちゃう、と女は言って、スマホを取り出した。そのまま「はいカマンベール♥」と俺とのツーショットを無断で撮る。この女はよく俺との写真を撮りたがる。どうしてかは知らない。知りたくもない。

「あっ、休憩終わっちゃう!」
「はぁ!?早く行けよ!」
「またねキルアちゃん!」

 女は怒涛の勢いで立ち上がり、俺に手を振って一目散に駆けていった。その後ろ姿は、やはりそこら辺にいる女と変わらない。
 女の言っていたことは本当だ。もう仕事が嫌だ、という言葉に嘘はない。だから──俺が家を出るときに「一緒にこいよ」と言えば、アイツはついて来てくれるかもしれない。機密情報なんて全部放って、二人で旅をして、行く先々で二人で写真を撮るのもいい。次は誰かのためじゃなくて、俺たちのために写真を撮って欲しかった。
 俺たちはままごとをしている。本当のことは知らないまま、知らないふりをしたまま、仲のいい姉弟のふりをしている。俺がアイツのことをどう思ってるかなんて、きっと一生言えやしない。アイツからしてみれば俺の感情だってままごとに違いなかった。





「ハーイイルミ、写真見た?」
──見たよ。キルの写真だけ撮ってこればいいって言っただろ。お前いつも近すぎるんだよ、キルと。
「お兄様こわぁい……」
──は?俺はお前の兄になったつもりはないけど。気持ち悪いからやめてくれる?
「はいはーい」
──引き続きよろしくね。キルは単純だから、俺が任務の時に逃げ出しそうだし。
「……」
──くれぐれもキルに変なことするなよ。じゃ。

 ツーツーと通話の切れた音を知らせるスマートフォンをベッドの上に投げる。そのままベッドに倒れ込んで、枕を胸に抱きしめた。柔らかい。それでも、あの少年の柔らかさと比べたら全然違うし、物足りない。同じ年頃の男の子よりは硬くて、でも大人よりずっとやわらかい──体も、心も。
 彼の兄のイルミは、私たちのことを認めていない。単なる仲良しごっこだと思い込んで、彼を自分のものだと勘違いして、馬鹿みたい。兄弟ごっこをしてるのは自分の方だって、早く気づいてくれればいいのに。そうしたら、私はキルアちゃんとずっと一緒にいられるはずだ。
 仕事のせいで空いた胸の穴を埋めるように、今日も彼の温かさを思い出して枕を抱いて眠った。所詮、これも私のままごとに違いないのだ。



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