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 宮森あおいが武蔵野アニメーションに入社し7年が経つ。タイマス事変から燻っていたムサニではあったが、今年は「空中強襲揚陸艦SIVA」を見事上映させ、大ヒットまでは行かずとも再評価されたのではないかと思う。野亀武蔵原作「第三飛行少女隊」の新たなる続編「真・第三飛行少女隊」の放送も始まり、SIVAでラインプロデューサーとして頭角を表した宮森は、真・三女でもプロデューサーを務めることになり、忙しくも充実した日々を送っていた。

「……やっぱりもう少し人手が欲しいなぁ」
「まだ無理だよ、みゃーもり」
「ですよねぇ」

 タイマス事変により下請けに逆戻りし、低迷してきたムサニに人が来るはずもない。「仕事も増えてきたし、求人募集したらどうか」と社長に打診したが、「してるけど来ないんだよ」と怒られてしまったばかりだった。そんな噂の社長──ナベ長は、本日も会社にはいない。

「またアレですか?」
「今日は違うよ。休暇だって」
「えっ、珍しいですね」
「だよね。いつも雀荘にいるし」

 矢野の言葉に宮森が苦笑いを浮かべた。
 ムサニ2代目社長の渡辺隼が会社にいることはほとんどない。いつも外で誰かしらと麻雀に勤しんでいる。そう言うと聞こえは悪いが、彼の外での働きによりムサニはいつも仕事を得てきたのだということは、社内にいる全員が知っていることだった。低迷し下請けになっても彼が仕事をとってきたおかげで、ムサニは今の今まで存在していたと言っても過言ではない。
 そんな渡辺が休暇を取ると言う。矢野が言うには麻雀ですらなく、本当にただの休みだと。会社にいるのが嫌いだと言う渡辺ではあるが、仕事が嫌いというわけではないはずなのに珍しい。宮森は失礼ながら、そんなことを考えた。

「渡辺さん、お休みの日も麻雀やってるんですかねー」
「え?みゃーもり知らないっけ?」
「え?」
「ナベ長、休みの日は家族サービスデーなんだよ」
「え?」
「結婚10年目、ナベP改めナベ長は相変わらず奥さんのこと大好きってわけだよ。私たちには隠してるつもりだけど、バレバレ……って、もしかして、みゃーもり本当に知らなかったの?」

 宮森あおい、ムサニ7年目──人生で1番の衝撃に、彼女の叫び声がムサニにこだました。





「これが隼くんの作った新しいアニメ?すご〜い!」
「……別に、俺が作ったわけじゃないよ」
「そうだね、隼くん"たち"が作ったアニメだね、えへへ……」

 そう言って微笑むなまえに渡辺は小さくため息をついた。別に呆れてるわけではない、ただ、相変わらずだなと思ってのため息だった。
 渡辺隼の妻──渡辺なまえは彼の学生時代の後輩だ。本当にたまたま、雀荘近くのとある飲み屋でばったり会ったのをきっかけに付き合いを始め、紆余曲折あったものの結婚まで漕ぎ着けた。なまえはアニメに全く詳しくなく、未だに渡辺がどんな仕事をしているのか知らない。5年前、はからずも社長となった彼に「じゃあ私、社長夫人ってわけだね!」と笑顔で言ってのけた彼女ではあるが、それまでなまえは渡辺本人がアニメの作画に参加していると勘違いしていた。仕事をとってきているという点では渡辺もアニメ作りの一員ではあるが、彼は全く絵が描けないのである。なまえが暇つぶしに描く落書きの方が上手いと分かったのは、結婚5年目のことだった。

「なまえこの原作読んだ?」
「え?ぜんぜん」
「話、わかるか?これ一応3期なんだけど」
「え?ぜんぜん」

 「真・第三飛行少女隊」は三女の3期目の作品である。正式には1期の流れを汲んだ話となっているため、原作ファン、そして原作者やムサニにとっては"真の2期"としての扱いだった。1期すら覚えてないであろうなまえにとって、3期の話などわかるわけもない。……ちなみに、例の2期「第三飛行少女隊めでゅーさ」は渡辺の判断で彼女に見せていない。ムサニの仕事ではなかったし、アニメ慣れしていないなまえに、意味もなく胸が揺れて、意味もなく女子の服が脱げるようなお色気系アニメなど見せられるわけがなかった。
 なまえは話もわからないだろうに、面白がって「すごいすごい」とはしゃぎながらテレビにかじりついている。深夜帯にやっているからとわざわざ録画したのに、CMすら飛ばさないときて、渡辺は少し居心地が悪かった。隣に座る彼女を横目に、渡辺はぐったりとソファーに沈み込む。

「隼くんのアニメ面白いねぇ」
「だから俺のじゃないって」
「俺たちの、だもんね」
「……まあ」

 渡辺は小っ恥ずかしいことを平然と言ってのけるなまえのこういうところが好きだった。素直で純粋で、社会の闇なんて無縁とでも言いたげな彼女の笑顔に、渡辺はどれだけ救われてきたことだろう。
 渡辺はアニメ作りの仕事が嫌いではなかったが、忖度ばかりの現実があまり好きではなかった。麻雀も嫌いではなかったが、こんな仕事の取り方があるのだと初めて知った時は少し失望した。アニメ作りは情熱だけではなんともできないのだと知ってしまったのである。でもそれよりも失望したのは──それに慣れ切ってしまった自分に対して。7年前、宮森の真っ当で情熱的な仕事っぷりに少し引け目を感じたことは誰にも秘密にしていたが、なまえにだけはバレていたらしい。そんな彼を見て、なまえは笑顔でこう言った──でも、隼くんがいなかったらムサニはアニメ作れてないんだよね!と。
 何にも知らないくせにそんな小っ恥ずかしいことを言われて、でも言われたことは事実で。渡辺はその日久しぶりに、改めてムサニに入った時のことや、アニメ業界を志望した時のこと、その情熱を思い出したのだった。

「久しぶりの休みなのに、どこにも行かなくてよかったのか?」
「いいよ、隼くんとアニメ観れるの楽しいから。あ、でも隼くんはどっか行きたかった?」
「いや、どっちでも」

 なまえと一緒にいれるならいいんだけど。そう思いつつも、渡辺は自分の言葉を口には出せない。たぶん、なまえなら言えることだろう。しかし口にしない代わりに、渡辺は横に倒れ込みぽすりとなまえの膝に頭を乗せる。放送の時に見ているから、渡辺本人はこの三女を見る必要は全くなかった。だからというわけではないが目を瞑っていると、なまえは優しく彼の頭を撫でた。

「しゅーんくんっ」
「なに?」
「隼くんたちの作ったアニメ、面白いねぇ」
「……」
「私、アニメ全然知らないけど……隼くんたちの、ムサニのアニメは大好きなの」

 渡辺はなまえに見せていないアニメがいくつかあり、「三女めでゅーさ」をはじめ、「ぷるんぷるん天国」などがいい例だ。しかし、渡辺は知らない。なまえは、"渡辺隼"の名前を見るためにそれら全てを隠れてこっそり見ていたということを。
 渡辺が社長になってから、渡辺の名前はアニメクレジットから姿を変えた。制作進行の横にも、デスクの横にも、ラインプロデューサーの横にも、もはや彼の名前は見当たらない。社長となったから当然とはいえ、なまえはそれが少し寂しかったりする。しかし、渡辺社長が支え、動かす"武蔵野アニメーション"の文字を見るだけでなまえは十分嬉しかった。

「アニメを動かすのは、アニメーターさんの仕事でしょ。じゃあ、ムサニを動かすのは隼くんの仕事だもんね」

 またも小っ恥ずかしいことを言うなまえに、渡辺は口を曲げる。本当、なんで捻くれ者の俺なんかと結婚したのかわからないほどに純心な彼女に、動かされたのは自分の方だ。渡辺はそう思いながら、寝返りを打って彼女の腹に顔を埋めた。

「だから私、ムサニのアニメが大好きだよ。隼くんが動かしてるムサニの作るアニメが好き」
「……じゃあ、俺を動かすのはなまえの役目だ」
「え?」
「なまえはずっとそうしてればいいってこと」

 なまえが好きだと言ってくれるなら、嫌な現実も別に許せた。接待して、忖度して、アニメ作りはこんなものだと思いながら、でも自分の働きが誰かの役に立っている。それはムサニの社員や、アニメを見る誰か──なまえのような人間のためであると良いと思う。
 なまえは渡辺の言葉の真意を理解できなかったが、彼が目を閉じて寝入ってしまったということはすぐにわかった。リモコンでテレビの音量を少し小さくして、渡辺の頭を撫でながらなまえも瞳を閉じる。主人公・ありあが語る次回予告を聞きながら、微睡の中、互いに2人だけの時間を享受していた。



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