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※東堂夢というより高田ちゃん夢です。



 高田ちゃん──身長180センチ。人見知りかつネガティブな上、術師を始めて精神をすり減らしていた私の元に舞い降りた、私の天使。彼女を好きになって数ヶ月、個握・ライブは出来る限り参加して、お金の許す限りグッズを購入し、テレビ出演のリアタイと録画は欠かさず、SNSでは即座にリツイート・いいね・応援リプライをする。私は新規ファンとして清く正しくオタ活をしてきた。神アイドル高田ちゃんは、ファンのことを覚えてくれている。数回個握に参加した程度なのに、可愛らしくも美しい声で「なまえちゃん、また来てくれて嬉しい〜!」と言ってくれた。こんな私でも認知されているのだ。高田ちゃん専用アカウントを作り、人見知りながらファンとの交流も行い、情報交換も欠かさない。術師の仕事は辛いけど、このまま一生高田ちゃんに生活と人生を捧げ、オタクとして楽しんで生きていける──はずだった。そう、あの人の存在を知るまでは。

「……またいる!!」

 高田ちゃんのSNSのリプライ欄によくいる人──アカウント名、aoiさん。私と同じく、高田ちゃんを愛し高田ちゃんに全てを捧げた高田ちゃんファンの人。なぜか高田ちゃん界隈では有名で神扱い、トップオタ扱いされているらしく、迷惑行動をしているわけではないのに「この人はやばい」と言われているのだが、私は運良くこの人に会ったことがない。もしかしたら会場ですれ違ったことはあるかもしれないが、正直このaoiさんがどんな見た目をしているかなんてどうでもいい。それよりも、私はこの人のSNSでの態度の方が問題だった。
 後方彼氏面と言っても差し支えのないその文面が私は気に食わない。見た限り、現場全通、メディア出演はリアタイと録画両方必須、SNSも即チェックして私と似たような活動をしているようだが、いちいち投稿文が後方彼氏面のオタクのそれだった。別に彼氏でもないくせになんでこんな「俺は高田ちゃんの全てを知ってます」みたいな文章書けるんだ。そもそも後方彼氏面ってなに?
 こんなことを言っているが、最初は一応フォロワーだったのだ。名前を見て女オタなんて珍しいと思いフォローしたが、その人が男だと知り、かつ投稿内容の痛々しさに私は即にフォローを外した上でブロックした。高田ちゃん界隈では神の如く扱われているからブロックには勇気が必要だったが、しかし、私のように彼のことをあまりよく思ってない人もそれなりにいるらしいと最近になって知った。ファンが多ければアンチも多いということだろう。とはいえ、ブロックしても好奇心でつい彼のアカウントを見にいってしまう。そして見にいった先で高田ちゃんへのリプを見てしまって自爆する……というのがここ最近のルーティンだった。そして、本日も同じことをして自己嫌悪に浸りながらベッドの上で過ごしてしまっていた。

「なまえー、コンビニ行くけど……って、またスマホ見てる」
「野薔薇ちゃん……現代人がスマホ見るのは当たり前じゃない?」
「あんたの場合、どうせまたトゥイッターで嫌いな人見てるってわかんのよ」
「い、今は見てない!」
「嘘ついてんのバレバレよ」

 野薔薇ちゃんは私と同じく呪術高専の生徒だ。サバサバしていて、自分のことが大好き。しかし、自分を大好きでいるための努力も惜しまず、ガッツがあってかっこよくてかわいい、素敵な同級生。ウジウジして弱い私とは違い自信に満ち溢れ、堂々としている野薔薇ちゃんに憧れを抱いている。そんな彼女は「嫌いな人間わざわざ見るのやめなさいよね」と言いながら、私のベッドに座り込んできた。

「嫌いってわけじゃないんだけど……」
「嫌いでしょ。ブロックして、その人のアカウント飛んで嫌な顔して。嫌い以外のなんなのよ」
「でも、なんか……なんか、気になるじゃない?また後方彼氏面してるし、なんなんだこの人ーって。それで気になって見にいっちゃって、……いやまあ、苦手だし、気に食わないけど」
「現に嫌いって言ってるじゃない。それに、あんたの大嫌いなアンチってやつと同じ行動してるって気づいてる?」
「うぅ……」

 野薔薇ちゃんの言うことは至極正しかった。図星を突かれて何も言えなくなった私は、野薔薇ちゃんの背中に擦り寄る。すると彼女はそっと私の頭を撫でてきた。

「でもまあ、あんたが偉いのは本人に何も言わないってところよね」
「……でも、ブロックしちゃった」
「それは自衛でしょ。合わない人間からはそっと離れる、それでいいと思うわ。嫌がらせなんてアホがすることだもの」

 野薔薇ちゃんは地元にいた頃、大好きだった人が嫌がらせされて引っ越していってしまったことがあるらしい。きっと、その時のことを思い出しているのだろう。彼女の表情は少し強張っていた。

「好きなものを好きなだけじゃいけないの?なまえはそのアイドルが好き、それでいいじゃない」
「そーだけど……」

 私のこれは多分、劣等感だ。ファン歴も現場参加率もaoiさんの方がずっと上。私はまだ高田ちゃんのファン歴数ヶ月で、現場参加率は……そんなに良くない。術師を始めてお給金を貰えるようになったからそれなりに参加できているけど、やっぱり毎月金欠だし、術師は忙しいし。今度の個握もギリいけるかわからない。だから、私なんかよりずっと高田ちゃんに会えているaoiさんに私は嫉妬している。羨ましい。
 そして何より、あれだけ気に食わないと思っている文章だけど、高田ちゃんに対する愛は本物だし、たまにハッと気付かされることもある。それに野薔薇ちゃん同様──堂々としている。高田ちゃんの揺らぎない愛、そして高田ちゃんを愛するために生きる自分。後方彼氏面をするだけの自信が彼にはあるのだ。そんなところも、羨ましい。

「自分よりあの子のこと知ってるんだーって思うと、羨ましいの」
「なんだ、嫉妬してたのねー」
「うん……嫉妬なんて醜いのにね」
「でもそうやってちゃんと向き合えるのも偉いわよ」
「……うん」
「で、コンビニ行くけど、どうする?」
「私も行く、高田ちゃんがCMやってるお菓子買わなきゃ」

 野薔薇ちゃんは立ち上がると「あんたも立派にオタクしてるわよ」と言って私の頭にぺちりと手を置いた。





 今日は高田ちゃんの個握の日である。交流会に向けた授業(という名の自主練)が入っているから抜け出して現場に行くこともできず落ち込んでいると、「いつもに増してウジウジすんな」と真希先輩にパシられてしまった。ついでに野薔薇ちゃんと伏黒くんもパシりに使われ三人仲良く自販機に行ったところで、その人たちは現れた。男女二人組、京都高の生徒。真希先輩に良く似た女性が先日亡くなった虎杖くんのことを悪く言うものだから、私たちの空気はピリつく。しかしそれを破るかのように、体の大きな先輩が好みの女性像を聞いてきた。……私たちは何を聞かされているのだろう。

「京都高3年、東堂葵」

 自販機の前に突如現れた京都高の人はそう言って、私の同級生である伏黒くんに女性のタイプを尋ねる。なんでも性癖にはその人の全てが反映されるらしい──質問主である東堂先輩はお尻と身長の高い女性が好きらしく、私はその質問と彼の答えに高田ちゃんを思い出していた。別にこの人は高田ちゃんファンというわけではないかもしれないけど。
 好きなタイプを尋ねられた伏黒くんは黙り込んでいる。私なら迷わず高田ちゃんと答えるけど、彼はなんと答えるのだろう。あまりそういう話が好きそうではないから答えられないのかな、と思っていると、伏黒くんは毅然とした態度で「その人に揺るがない人間性があればそれ以上は何も求めません」と言った。この答えに京都高の禪院真依先輩や野薔薇ちゃんは満足していたが、どうやら東堂さんはそうもいかなかかったらしい。東堂先輩の雰囲気が一瞬にして冷たくなり、伏黒くんは彼に吹っ飛ばされた。

「伏黒!!」
「伏黒くんっ!」
「あーあ、伏黒君かわいそっ」

 彼に駆け寄ろうとしたが、隣に並ぶ野薔薇ちゃんが真依先輩に抱きつかれてしまい私は思わず動きを止めた。野薔薇ちゃんの暴言に真依先輩は怒りをあらわにし、彼女に銃口を突きつける。止める間もなく発砲音が数回して、野薔薇ちゃんは地面に倒れ込んだ。

「野薔薇ちゃん!!」
「あなたは何もしないし何も言わないのね。賢明な判断だわ」
「の、野薔薇ちゃんに何するんですか……!」
「声が震えてるわよ?いかにも弱いですって感じでかわいい……ああ、何もできないし何も言えないの間違いよね。ごめんなさい」

 彼女の言葉と向けられた銃口に息が詰まる。何も言えないし、何もできない。その人の言う通り、私はいつだってそんな人間だった。術師としても人としても私は何もできない。いつもウジウジして、自己嫌悪して、遠くで見てるだけ。しかしなんとか状況打破しないと、野薔薇ちゃんが危ない──そう思って一歩踏み出したところで、彼女の拳銃が弾かれた。

「うちのパシリに何してんだよ、真依」

 私たちを庇うように現れた真希先輩が彼女に対峙する。姉妹であるはずの二人はお互い何か思うところがあるらしく、あまり雰囲気がいいとは言えない。私はその空気に耐えかねて野薔薇ちゃんの元にしゃがみ込むと、彼女はゆらりと立ち上がり真依先輩にゆっくりと近づく。そして真依先輩の気が逸れたところで、彼女を後ろから締め上げた。数発撃たれたとは信じ難い彼女の動きに驚きを隠せなかったが、命に別状がなさそうで安心してため息をつく。しかし、かすり傷ひとつない東堂先輩が戻ってきたのを見て、私はそのため息を飲み込んだ。伏黒くんはどうなったのだろう。先程の東堂先輩の動きを見る限り、無事では済んでいないのだろう。野薔薇ちゃんの驚きはもっともで、真希先輩が「大丈夫だ」と言ってもあまり安心はできなかった。
 「私はこれからなんですけど」とこちらへの対抗心を見せる真依さんに対して、東堂先輩は大事な用があるからと静止の声をかける。そしてポケットから数枚の紙を取り出し、彼は叫んだ。

「高田ちゃんの個握がな!!」

 その一言に、私は一瞬静止する──高田ちゃんの個握。たかだちゃんのこあく。あの高田ちゃんの、個別握手会。私が行けない握手会、高田ちゃんと会える東堂先輩、東堂葵先輩……まさかこの人が、あの──!
 全員が思考停止したみたいにポカンとした顔を浮かべる中、私だけが思考をぐるぐると巡らせて、冷や汗を垂らしていた。

「乗り換えミスってもし会場に辿り着けなかったら、俺は何しでかすかわからんぞ。ついてこい、真依」
「もうっ勝手な人!!……アンタ達、交流会はこんなもんじゃ済まないわよ」

 その場を立ち去る二人を見て野薔薇ちゃんが怒鳴り出す。しかし彼女の声を掻き消すように、私は叫んでしまった。

「貴方、aoiさんですか!?」

 立ち去ろうとしていたお二人が立ち止まり、私の方を見る。ちなみに私の隣に立つ野薔薇ちゃんも真希先輩も私のことを凝視していた。

「俺は東堂葵だ。それがどうした」
「じゃなくて……!!トゥイッターの!!えー、おー、あい、でaoiさんですか!?」
「いかにも俺はaoiだが……まさかオマエ、高田ちゃんのファンか?」
「っ、そ、そうですけど!!」

 私がそう言うと、東堂先輩──aoiさんが大股で私に近寄り、私の目の前に立ちすくむ。今までになかった雰囲気に私は思わず身構えると、彼は思い切り、私の体が潰れるんじゃないかと思うくらいの力で私の肩を掴み、言った。

「高田ちゃんの身長(プロフィール)は?」
「180p」
「高田ちゃんの必殺技は?」
「高たんビーム」
「高田ちゃんのどこが好きだ」
「全部……でも強いていうなら、彼女の容姿、笑顔、性格、言動、好みの食べ物、全て、」
「──マイシスター」
「……はい?」
「どうやら、俺たちは生き別れの兄妹らしい……」

 ツウ、と涙を流し、東堂先輩は言う。後ろの方で野薔薇ちゃんが「は?どういうことよなまえ」と叫んでいたが、私の方が聞きたかった。

「俺にはわかる。京都と東京に引き離されこそすれど……俺たちは今日、ここで出会う運命だったのだ」
「いや、」
「高田ちゃんが巡り合わせてくれたと言っても過言ではない。そうか、高田ちゃんこそが神であり運命と言ったところか……」
「いや、あの、違くて」
「とはいえ、俺は高田ちゃんの未来の夫たる者……高田ちゃんを神と崇めるのだけが夫ではない。隣に立ち並び、彼女を支えるのが夫の務め。ならば俺は、全力でその務めを果たすまで。そしてマイシスターは高田ちゃんの義妹として全力で高田ちゃんを支え──」
「違いますけど!?」

 ──違う、何もかも違う!!まずそもそも私はあなたの妹ではないし、私とあなたが出会うのは運命ではなかったし、あなたは高田ちゃんの夫ではないし、私は高田ちゃんの義妹ではない。そして、高田ちゃんは神じゃない。高田ちゃんはアイドルだ。私のアイドル、私の天使。つまりあなたの神じゃない!そして私は、あなたの事が苦手です!!
 私は一気に捲し立てるようにそう伝える。その瞬間東堂先輩は膝から崩れ落ち、解放された私も地面へと手をついた。初めてこんなはっきりものを言えたかもしれない。そう思うと少し嬉しくて顔が緩む。しかしあたりが静まり返っている事に気づき、肩で息をしながら思わず顔を上げる。野薔薇ちゃん、真希先輩、そして先ほど私に嫌味を言ってきた真依先輩ですら心配そうな、憐れんだ表情を浮かべて私たちを見つめていた。




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