■ ■ ■


「い、虎杖くん、はじめまして」
「……はじめまして!」

 そう言ってパンダ先輩の後ろから出てきたのは、パンダ先輩よりちょびっとだけ身長が低く、俺より頭一個ぶんくらい高い女の人だった。女の人に対して失礼ながらも、あちこちがでかい、というのが彼女の第一印象だった。しかし俺を見下ろす瞳には少しの恐怖が宿っていて、どこかおどおどとした態度をしている。人と話すんの苦手なんかな。あまり近づかないように気をつけて、笑顔で「よろしくお願いしまーす!」と言うと、女の人はまたパンダ先輩の後ろに隠れてしまった。

「悪いな。なまえはあんまり人馴れしてないんだ」
「パンダ先輩はいいの?」
「俺たちはそれなりに関係が長いからな」
「なまえ先輩……は何年?交流会いなかったよね?」
「三年だ。あの時なまえは任務だったんだよ」

 パンダ先輩の言葉に、なまえ先輩は小さく頷く。なんだかその様子が素直な子供のようで、俺は思わず笑ってしまった。多分その時にはすでになまえ先輩に対して好意的に思っていて、興味を抱いていたんだと思う。
 なまえ先輩と仲良くなりたい、と思うようになるのに時間はかからなかった。しかし、あの人はなかなか心を開いてくれる様子がない。俺より一年長く付き合いのある真希先輩にも聞いたが「なまえはずっとああだからしょうがねぇよ」と舌打ちをされるだけだった。二年の先輩はみんな、一つ上の学年の中で唯一まともななまえ先輩に大層助けられたそうだが、なんでも目を見て話せるようになったのはここ最近のことだという。小さい頃から人見知りで、夜蛾学長に拾われてからはまともな大人と関わったことがないとパンダ先輩は言っていたから、しょうがないのかもしれないけど。

「……俺としては、もうちょい先輩と仲良くなりたいんだけどなー」
「なになにぃ?恋の悩みかな?」
「五条先生」
「もしかしてなまえのこと?うんうん、青春だねぇ。よし!僕に任せなよ!!」
「えー、やだよ。五条先生爛れた恋愛しかしてなさそうだもん」
「は?誰が言ってたのそんなこと」
「家入先生と真希先輩」
「敵は身内にいたかぁ」

 本当は伏黒も言ってたけど、それは秘密にしておこう。五条先生は割と伏黒に容赦がない。多分同じことを言っていても、あの三人の中なら伏黒が真っ先にイジられてしまうだろうな。そうすれば、伏黒は俺に文句を言ってくるだろうから。

「僕、それなりになまえの事知ってる自信あるけどな」
「でも、なまえ先輩は五条先生のこと避けてるじゃん」
「なんか怖がられてんだよね、なんでだろ」
「デリカシーないからじゃね?」
「小さい頃から面倒見てあげてるのにひっどーい」

 五条先生はソファーに座る俺の隣に腰掛けて、肩を組んでくる。ひそひそ話をするみたいに顔に耳を近づけて「悠仁はさぁ、なまえのどこが好きなのぉ?」と、ねっとりとした口調で言った。なんだろう。普段は別に五条先生の態度が嫌だとは思わないけど、こういう時はめんどくさい。恋愛相談をさせてくれるというより、これは単に面白がってるんだろうなと思う。俺としては、あんま人の恋路を邪魔してほしくないっつーか。というか、これは別に恋じゃない……と思う、多分。俺はジェニファー・ローレンスみたいな身長のあるかっこいい女性が好きだから、それと似たような意味でファンなのかもしれない。多分。

「なまえ先輩、目ぇ合わないけどさ」
「うんうん」
「合わせようとはしてくれてるんだよな」
「それで?」
「人と話すの苦手って言ってた割に、挨拶も向こうから先にしてくれたし」
「……へぇ」
「なんだろ、人馴れしてねーって割に関わる意思はあるんだなって。苦手なら苦手で避ければいいのに」
「……」
「ナナミンと同じで不器用だけど、この人はいい人だって思ったんだよね」

 俺がそこまで言うと、五条先生は俺から手を離して突然窓を開けて大きく息を吸い込み、外に向かって叫びました。

「青春ばんざーーーーーいっっ!!」
「え、なに?どしたん?先生、近所迷惑になるからやめよ?」
「悠仁は告白とかしないの?」
「こっ……はぁ!?だから、そういうんじゃないんだって!」
「でも仲良くはなりたいんでしょ?」

 五条先生の言葉に、俺は考え込んでから小さく頷く。五条先生は更にニヤリと笑うと「青春と恋はワンセットだよ、ビタミン炭酸マッチ、そしてシーブリーズの蓋交換」と言ってきた。五条先生の青春観はともかく、なまえ先輩と仲良くはなりたい。下心だと言われるかもしれないが、いつか目を見て話せるようになればいいなとは思うのだ。

「じゃあそんな悠仁くんにご褒美です!」

 五条先生はそう言って、俺に二枚の紙を差し出してきた。





「なまえ先輩、次どっち行く?」
「あ、……えっと……、こ、コーヒーカップとか」
「オッケー、じゃああっちだ」

 五条先生に手渡されたのは、とある小さな遊園地のチケットだった。結構古めで小さくはあるがそれなりにアトラクションは揃っているらしい。平日昼間だから人はほとんどいなくて、どこも並ばずにすぐに乗れる状態だった。
 別に、遊びに来たわけではない。五条先生曰く、ここは突如何かが出るようになったらしい。最近になり謎の事故が多発しているが原因不明で、全て整備不良として処理されているが、呪霊の仕業ではないかと"窓"から情報があったようだ。俺となまえ先輩はその呪霊の調査、危険性があるようなら緊急祓除を任されたというわけだった。ここまでは伊地知さんに連れてきてもらったし、今も門の外で待機してるらしい。五条先生に頼まれたとはいえ、なんかスッゲー可哀想だ。後でチュロスでも買っていってあげよ。
 任務ではあるが、俺も隣を並ぶなまえ先輩も私服だった。平日に制服姿だと怪しいだろう、と言われてたためにこの姿なのだが、俺は初めて見るなまえ先輩の私服姿に少しドギマギした。少し丈が短く体のラインが出るワンピースに、先の尖ったパンプス。おとなしいなまえ先輩が好きそうな服だとは思えないほど攻めた格好だったけど、よく似合っているし俺としては……結構好きだ。タイプだ。海外の女優みたいでカッコ良い。

「なまえ先輩、そういう服好きなんだ」
「あ、いや……う、うんと、」
「先輩センスいいね、似合う。いつもどこで服買ってるの?」
「……ぁ、いや、これは──」

 そこまで言うと、なまえ先輩は再び顔を俯かせてしまう。いつもの猫背がさらにひどくなったのを見て、聞かれたくなかったことなんかな、と思い話題を変える。あんまり遊園地に来たことがないと言う話をすれば、なまえ先輩も同意するように小さく頷いた。

「わ、私も、あんまり……来たことなくて」
「そーなん?」
「うん……小さい頃は、さと……五条先生が、連れていってくれたこともあったけど」

 でも小さい頃はこういうところが怖かった、と言う先輩の顔は、少しだけ嫌そうな顔をしていた。どうせ五条先生のことだから、無理やりジェットコースターとか、絶叫系マシンに乗らせたんだろうな。結構子供っぽいところがある人だから、小さい子供を連れ回する姿は容易に想像がついた。
 なんのアトラクションが好きだった?という俺の質問に、先輩は「メリーゴーランド」と言う。たしか、メリーゴーランドはコーヒーカップより奥にあったはずだ。

「じゃあ後で乗ろうよ、メリーゴーランド」
「え?でも……任務、」
「全部見て、危険なさそうなら!一回ぐらい、五条先生も許してくれるって」
「……うん」

 ちょっと嬉しそうに目を輝かせる彼女に、こんな顔もできるんだと驚く。俺と話す時はずっと緊張しているような顔だったのに、この短時間で少しずつその緊張も解れていっているようだった。よほどなまえ先輩はメリーゴーランドが好きなのかもしれない。さっさと見回りして、早く二人で乗れるといいな──という淡い期待は、すぐ打ち砕かれることになる。

「……うん、うん。じゃあよろしくね、伊地知さん」

 メリーゴーランドの手前にあるコーヒーカップの中に呪霊が乗り込んでいた。等級がめちゃくちゃ高いというわけでもないけど、いかんせん数が多すぎる。伊地知さんに連絡をすると「今すぐ上に連絡して、施設を閉園、封鎖します」とのことだった。上がどんな手を使ったのか知らないが、突如設備不備による閉園のアナウンスが流れ出す。そして、どんどんと空が夜に包まれていった。次の瞬間、目にも止まらぬスピードでなまえ先輩は呪霊に飛びかかった。俺もそれに続いて残りの呪霊を殴る。小さくて的が絞り辛くはあったが、射的の要領で次々と狙いを定めて倒していく。なまえ先輩が最後の一体を倒したのを確認したところで、小さな夜が瞬く間に明けて、昼間の明るさが戻ってきた。

「もう全部倒せた?」
「う、うん……」
「ありがとね、先輩!」

 なまえ先輩にも向き合って片手をあげれば、先輩は俺の手に小さく手を合わせてくれた。やっぱり、優しい人だ。
 帳が解かれて夜が明けたとはいえ人はおらず、電気が止まっていることもあって、あたりはどこかもの寂しげな空気が漂っている。先ほどまで動いていたはずのメリーゴーランドは止まっていて、俺は思わずなまえ先輩の顔を見上げた。先ほどまでキラキラと輝いていた目が少し細められ、寂しげになったのを俺は見逃さなかった。
 ──また来ようと言いたいのに、俺の口は動かない。先輩と仲良くなりたいとは思うけど、俺には先輩とどこかに出かける口実がない。今日だって、五条先生がいなければこんなところには来なかっただろう。この人の距離感を見るに、軽率に誘ってもいいんだろうか。でも誘わないと仲良くはなれないし、と俺の頭はフル回転する。俺の葛藤など知らないなまえ先輩が小さく俺の名前を呼んだ。

「あ、あのね……」
「ん?」
「この服、その、……私が選んだわけじゃ、なくって」

 まじか、と声をあげそうになって、俺は口元を押さえる。先ほどベタ褒めしたときの気まずそうな先輩を思い出して納得がいった。俺が褒めたから、先輩言い出し辛くなっちゃったんかな。それは申し訳ないことをした。
 太ももあたりにあるワンピースの裾を伸ばすように手で引っ張って、なまえ先輩は言う。これは五条先生がくれたもので、今日はこれを着ていかないとだめだ、これは遊園地のドレスコードだ、と五条先生に無理やり押し切られたのだと。ワンピースもパンプスも五条先生が海外から取り寄せたものらしい。……絶対ブランドものだ。自分で着るシャツも高いやつだし、そんな気がする。

「ほんとは、もっと……可愛い服とか、好きで」
「あ、そうなん?」
「でも、この身長、だから……」
「俺は……その人が着たい服着てんのが一番だと思う」

 俺がそう言うと、なまえ先輩の目は先程のようにきらめいて、小さい子供みたいにモジモジと手を擦り合わせる。そしてチラリと俺の目を見た──あ、初めて目があった。そう気づいて、俺はなまえ先輩から目が離せなくなる。

「じゃあ、つぎは、」
「うん」
「……可愛い服、着てくるね」

 その言葉に、食い気味に「じゃあ次はメリーゴーランド乗ろうよ、先輩」と言う。なまえ先輩が俺の言葉に笑顔で頷いたのを見て、俺は思う──先輩に対するこの感情はファンなんかじゃない。これはたぶん、いや絶対、恋だ。そう思うと、俺の感情はむくむくと大きくなっていく。俺の感情が体を飛び越えて、どこかに行ってしまいそうになって、いつか先輩すら追い抜いてしまう。
 先ほどまであんなに先輩との距離感を測りかねて悩んでいたのに、また俺は悩むことになった。一度自覚した気持ちは膨れ上がるばかりでどうにもこうにも抑え難い。俺より少し上にある先輩の顔を見ていられなくなって、俺は思わず先輩がいつもやるように俯く。心臓の音が妙にデカく感じて胸のあたりを手で押さえつける。そんな俺をなまえ先輩は少し屈んで覗き込んでいた。




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