■ ■ ■


 煉獄杏寿郎さんという人が好きだった。
 煉獄杏寿郎という人は、私の夫である。杏寿郎さんは炎の呼吸を扱う鬼殺の隊士で、その中でも特段に強いから「炎柱」と呼ばれていた。太陽のように眩しく、炎のように燃える情熱を持つお方。身体だけじゃなくて、心だって誰よりも強かった。
 杏寿郎さんは忙しい人だけど、たまの休みにはこうして私を外へと連れ出してくれる。普段はお父上……槇寿郎さまの世話で疲れているだろう、というお気遣いだった。二人並んで歩くと、私と貴方の体格の差がはっきりとわかってしまう。皆を守らんとするこの人の身体は、無力な私にとっては大きく感じられた。雨宿りにと寄った茶屋の下で、二人で並んで立つ。私はそれだけでたいそう幸せで、隣にある彼の温もりにひっそりと近づいた。

「杏寿郎さんがいれば、きっと雨だってすぐ止むでしょうね」

 私がそう言うと、彼は少しだけぽかんとした顔をして、そして吹き出して笑った。雲の隙間から光が差し込んで私たちを照らす──ほら、晴れ間はすぐそばにあった。





「杏寿郎さん、帰ってらしたのね。おかえりなさいませ」
「……あ、ただいま、戻りました」
「杏寿郎さん、今日はね、炭治郎くんたちが文をくださったのよ」

 それを聞いて、彼はにこりと笑った。疲れたような笑みは、任務の後のようだった。
 炭治郎くんというのは、杏寿郎さんの後輩の鬼殺隊士である。妙な耳飾りをしていて、額の火傷痕が特徴の男の子。私よりうんと年下なのに、すごくしっかりしている。長男だから、と言っていたけど、彼は根が真面目なのだろう。まめに私に文を送ってくれていて、そこには任務のことや妹である禰豆子ちゃん、それから同僚の善逸くん、伊之助くんのことが書かれていることが多い。文面から楽しげな空気と、彼らの仲の良さが伝わってくる。最近は寝込んでばかりだけど、炭治郎の文を読むと外で遊んだ時のような気持ちになった。

「今度、善逸くんと伊之助くん、禰豆子ちゃんと一緒にここへ来てくださるそうなの。楽しみだわ、いつきてくれるのかしら」

 私の言葉に彼は「それは良かった」と言って、私の肩に羽織をかける。そうして私の背中をそっと押した。手のひらの体温が、じんわりと着物越しに伝わってくる。

「……もう、寝ないと、」
「そんな、せっかく杏寿郎さんが帰ってきてくださったのに」
「体に障ると悪い、だからもう、」

 ──体に障ると悪いですから、だからもう、

「あなたが言うなら、そうするわ。おやすみなさい、杏寿郎さん」
「……おやすみ、なまえ」

 ──……おやすみなさい、なまえさん。

 彼に言われた通り、私は自室で布団に潜り込んだ。ひんやりとした空気が私を襲って、私は布団の中で小さく手を擦り合わせた。ああ、もうすぐ冬がやってくるのだ。杏寿郎さんの布団も冬のものにしなければならないな、と思った。
 ひんやりとした空気は、朝になると余計厳しさを増していた。今年は冬が来るのが早いわ、と思いながら、私は井戸に水を汲みに行く。冷たくなった手を擦り合わせながら歩いていると、その途中、見慣れた頭髪が目に入ってきた。

「杏寿郎さん、おはようございます」
「……」
「随分と早起きなのですね。本日は、任務の日だったのですか?」
「……」
「今すぐ朝食を作りますから、しばらく待っていてくださいね」
「……」
「昨日、甘露寺さんからさつまいもをいただいたんです。だからさつまいものお味噌汁にしましょう。杏寿郎さん、さつまいものお味噌汁好きでしょう?だから──」
「おい」

 彼の二つの目が、頭上から私を見下ろす。彼の目は獅子のようだ。金色に光る二つのそれは、いつもより鈍く光っているような気がした。

「……朝飯はいらん」
「え、でも……」
「いらない」

 私は思わず彼に手を伸ばした。もしかして、悪い夢でも見たんじゃないかしら。しかし彼は私の手を軽く振り払って、自室へと閉じこもってしまった。ぴしゃりと襖が閉じられる。それは私に対する拒絶を意味していた。

「朝餉を、作らなきゃ」

 いらないと言われても、私は作らなければならない。だって私は、杏寿郎さんの妻だもの。女は家を守るものだから、彼がいらないと言ってもご飯は作らなければならない。それが、妻の勤めだから。
 最近はずっと寝込んでいたけれど、厨に立つと身体は自然と効率よく動いてしまう。身体の重怠さなどすぐに忘れ、あっという間に朝食は出来上がっていった。ああ、お茶碗を用意しないと。槇寿郎さま、杏寿郎さん、千寿郎くん、私。四つの茶碗を取り出して、そこにそっと白米をよそった。杏寿郎さんはよく食べるから、誰よりも大盛りにしなければならない。

「うん、美味しいわ」

 さつまいものお味噌汁も上手くいった。昨日甘露寺さんが持ってきてくださったお芋は、ホクホクとしていて甘くてすごく美味しいものだった。甘露寺さんは「なまえさん、お大事になさってね。無理はしないようにね」と言って、笑顔でこのお芋を渡してくださった。どうやら、私が最近寝込んでいたことを彼女も知っているらしい。甘露寺さんは、杏寿郎さんの元継子である。強くて朗らかで明るい彼女のことは、彼女がこの家で修行していた頃から私も大好きだった。また近々、彼女をこの家に招かなければ。あの時のように一緒にご飯を作れるといいなぁと思って、私はお味噌汁をお碗へ注いだ。
 煉獄家の朝食はいつもは静かである。杏寿郎さんは「うまい!うまい!」と言いながら食べてくださるけど、任務でいないことも多いから、その声が聞こえないことの方が多かった。槇寿郎さまは私たちとご飯を食べようとはしない。だから、だいたいは私が槇寿郎さまの部屋の前にご飯を置いていく。大酒飲みの槇寿郎さまはあまりご飯を食べようとしない。昔は今の自分と同じくらい食べていたのだ、と杏寿郎さんはおっしゃっていたが、今の様子を見るとあまり信じられなかった。
 だから朝食は、私と千寿郎くんの二人で食べるのがいつものことだった。お互い食べている時はほとんど話さない。たまに千寿郎くんがご飯の感想を言ってくれるぐらいだった。

「なまえさん、あまり無理はしないでと言ったのに。朝餉も、しばらくは僕が作りますから」
「いいのですよ、千寿郎くん」
「でも、」
「……ああ、そうだわ。あとで杏寿郎さんの部屋に、ご飯を置いてこないと」
「なまえさん、」
「今日はいらないって言われてしまったけど、せっかく作ったんですもの。それに、何か任務で嫌なことがあったのかもしれないわ」

 千寿郎くんは小さく「そう、ですね」と言った。それから彼は何を言うでもなく、黙々とご飯を食べ進めた。しばらくしてから「ご馳走様でした、美味しかったです」と笑顔で言ってくれた。

「あの、なまえさん」
「どうしたの?」
「今日は、冨岡さんが来てくださるそうです」
「……冨岡さんが?」

 最近、柱の皆さまがこの家を訪れることが多くなった気がする。特に胡蝶さんはよく来てくださる。蝶屋敷の主である彼女は医学や薬学に精通しており、私が寝込んでいると知ってから忙しい中でよく顔を出してくださった。先日の甘露寺さんも同様だ。それから、音柱の宇髄さんに至っては三人の奥様と一緒にきてくださった。宇髄さんの奥方である雛鶴さん、まきをさん、須磨さんは元くのいちだと言う。三人も奥様がいることに最初は驚いたけれど、とても良い人たちであった。それに、宇髄さんは誰を贔屓にするでもなく、三人を平等によく愛しているのだとか。彼女は初対面の私に大層優しくしてくださった。辛いことがあったらなんでも言ってください、同じ柱の嫁として助け合いましょ、私たちはなまえさんの味方です、……なんて、とても嬉しい言葉もかけてくださって少し体調が良くなった気がする。
 同じ柱だから仲良くする、というものではないと杏寿郎さんからは聞いていた。だというのに最近は本当にどうしたのだろう。今日こうしてやってきた冨岡さんも、蝶屋敷で一度か二度お声がけした程度でよく話したことはないというのに。

「どうぞ、粗茶ですが」
「俺に気を遣わなくても良い」

 お客様なのだからそうも言っていられない。千寿郎くんからの話に聞いていたが、この冨岡さんという方は、あまり人と会話するのが得意な方ではないらしかった。口が利けないわけではないけれど、人と関わるのはそこまで得意ではないのだろう。失礼だが、かなりぶっきらぼうな物言いだ。前に蝶屋敷で、胡蝶さんが冨岡さんの顔を見て少しだけ笑顔が凍りついていたのを思い出した。

「本日は、どうなさったのですか?冨岡さん」
「……」
「杏寿郎さんは朝から出ていていらっしゃらないんですが、」
「……」
「もし杏寿郎さんに会うのであれば、日を改めてからの方がよろしいかと。いつ帰ってくるのか私もわかりませんので」
「来ない」
「……はい?」

 冨岡さんは私の顔を真っ直ぐ見て、「煉獄は帰って来ない」と淡々と呟いた。

「貴方ももう分かっているのだろう」
「……えっと、冨岡さん?」
「煉獄は帰って来ない、二度と、この家の敷居を跨ぐことはない」

 冨岡さんの、冬の川のような冷たい視線が、私に突き刺さる。言葉も同じように冷ややかで、私は思わず身震いをした。

「元炎柱、煉獄槇寿郎殿に聞いた」
「槇寿郎さまに……?」
「ああ。それから、胡蝶や宇髄、甘露寺からも」
「……あ、の……冨岡さんは、なにを」
「はじめはどういうことだと思ったが。炭治郎が文でしきりに、煉獄の家へ行って欲しいと頼む理由がわかった」

 彼の口から語られる人たちは、最近我が家へと来た方たちばかりだった。
 前に話した時、冨岡さんはここまで饒舌ではなかったと思う。しかし今の彼はどうだろう。静かに押し進むかのように口が動く彼を、私はじっと見つめていた。

「──煉獄杏寿郎は死んだ」
「……は、」
「亭主の親兄弟に迷惑をかけるな、現実を見ろ、煉獄杏寿郎は死んだ」
「……」
「無限列車にて下弦の壱、上弦の参と相見え、そして死んだ。現実を理解しろ、逃避をするな」

 彼の言葉が、滝のように私に打ち付ける。

「貴方の見ているものは、ただの都合のいい夢だ」

 ぴしゃりと。冷たい水を頭から被ったようだった。全身がひやりとして、胃の奥から何かが込み上げた。ガラガラと、私の中の何かが、音を立てて崩れ落ちる。足元がぐらりと揺れた気がした。

──落ち着いて聞いてください、なまえさん。

 ああ、これは、あの日のこと。千寿郎くんが知らない赤毛の少年とやってきて、私に言った。

 ──兄上が、先日の任務で、鬼と交戦したらしく、それで……。

 千寿郎くんの大きな目がきらりと光って、濡れているのだと分かった。その言葉を聞いて、私の世界が大きく歪んで。

 ──兄上は、命を落としました。

 そう、煉獄杏寿郎は、あの日亡くなった。
 冨岡さんは、俯いた私に何を言うでもなくじっと私のことを見つめていた。冷たい視線だと思っていたが、この人は不器用なだけなのだろう。私から目線を外さず、他の人間が言えないことを率直に言った。もしかしたら、この人も同じように誰か大切な人を喪ったのかもしれないと思った。

「……わかっていますとも、でも、」
「……」
「でもどうしようもないではありませんか、冨岡さん」

 杏寿郎さんのことを思い出した。それから、あの日やってきた少年、炭治郎くんのことを。炭治郎くんは、あの人の最期に立ち会ったそうだ。俺たちを守ってくれて、俺は何もできませんでした。彼はそう言っていた。そして私に、あの人の最期の言葉を教えてくれた──なまえ、君は生きるんだ。俺のことを忘れてもいい。煉獄の家を捨ててもいい。誰か良い人を見つけて、鬼のいない世界で幸せに生きて欲しい。
 そんな彼の残酷な言葉に、私は絶望してしまったのだと思う。思うというのは、この感情を正しく捉えられないからだ。悲しいと思えば、悲しいのだと思う。しかし言葉で表せれるような感情ではなかった。苦しくて、どうしようもなかった。

「私は、あの方を愛しております」
「……」
「あの人が隣に居ないのは、耐えられません」

 もう限界だった。鬼狩りをやる以上、覚悟はできている。杏寿郎さんはそう言っていたけど、私にはその覚悟はなかったのだ。貴方を喪うことを、私は受け入れることなんてできなかった。

「でも死ぬのも許されなかった、生きろと、君は生きろと言われてしまって──」

 煉獄杏寿郎という人が好きだった。
 太陽のように眩しくて、ひなたの匂いがして。大きな背中には、炎のように燃える情熱を持っている。熱い掌で刀と、多くのものを握り締めている。そんな貴方がすきだった──でもきっと、私は貴方のことを忘れてしまう。二十で亡くなった貴方。私の知らないところで亡くなって、私の知らない何処かへ行ってしまった。
 あの日、私は冷たい掌で骨壺を抱いた。大きな背中は、こんなに小さな壺に収まってしまう。私はこの人の葬儀で、初めて人の燃える匂いを嗅いだ。貴方が燃える匂いだった。燃え尽きれば、太陽はいつか地平に沈む。夜が来たら真っ暗闇で、私たちは太陽の眩しさを忘れてしまう。そんな風に、私は貴方を忘れてしまう。あんなに忘れまいと思っていたのに、貴方の輪郭すらぼやけてしまって、私はもう思い出せそうになかった。

 ──なまえさん……あの、大丈夫ですか?

 煉獄家の方が、貴方とよく似た顔をしていたのは、きっと神様の贈り物だ。あの人たちの顔を見ると、私は貴方を忘れないでいられる。ぼやけた輪郭が、少しずつ明確になっていく気がした──それらはすべて、貴方ではないのに。

「冨岡さん、あの人がいない世界は、どうしようもなく私の地獄なのです」




 冨岡さんはあれから、手土産だと言う芋羊羹を置いて帰って行った。「無礼を許して欲しい」という言葉を、最後に一つ残して。

「冨岡さん、帰ってしまわれたのですか?」
「……千寿郎くん」

 彼の手には、昼食と思われるものがあった。私が作るよりうんと美味しそうなそれは、まだ湯気を立てている。私と冨岡さんに対して作ったものだろうというのはすぐに分かった。

「千寿郎くん、一緒に食べましょう」
「え、ええ……」

 朝食と同じように、二人で向き合って昼食を食べる。体の小さな千寿郎くんだけど、男の子だから彼もよく食べるなぁと思いながら、私は白米を口に運んだ。それから、朝に作ったお味噌汁をすする。さつまいもの甘さが口いっぱいに広がって染み渡る。あの人が、好きだと言った味だ。

「っ、なまえさん!どこか痛いのですか……!?」

 千寿郎くんは箸を止めると、私のそばに駆け寄り背中を摩った。さつまいもを噛みしめる。ぽたりぽたりと、滴が味噌汁に入りそうになって、私は目元を袖で拭った。それから、私は千寿郎くんを抱きしめた。あの人より小さな身体だった。それでも、体温が高いのは変わらない。それは、この子があの人の"兄弟"だからであった。

「なまえさん」
「ごめんなさい、千寿郎くん。私、貴方に迷惑をかけてばかりで」
「いえ、迷惑だなんて、そんな……」
「まだ小さな貴方に、気を遣わせてしまった。ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」

 悲しいのは、この子だって変わらないのに。おかしくなってしまった私のせいで、この子はもっと大変な思いをしたに違いない。彼のことを抱きしめると、千寿郎くんは小さな手を背中に回して抱きしめ返してくれた。

「……姉上……僕は、僕、」
「千寿郎くん、ごめんなさい……駄目な義姉でごめんなさい、」
「っ、なまえさんは駄目なんかじゃないです……なまえさんは僕にとって、最高の姉上ですから……!」

 二人で身を寄せ合う。悲しいことに変わりはない。あの人の死を乗り越えられるだなんて思えないけれど、それでも、こうやって生きていくしかないのだとようやく理解した。





 その日、久しぶりに夢を見た。貴方の夢だった。軒下で貴方と二人、月を見る夢だ。隣に立つ彼は私の記憶の中の杏寿郎さんとは違ってまったくぼやけていなかったから、私は少し驚いてしまった。夢の貴方の輪郭ははっきりとしている。

「なまえ」

 そうだ、杏寿郎さんはこんな声だった。いつもなら溌剌とした話し方をするのに、私の名前を呼ぶときだけ、杏寿郎さんは少しだけ大人しくなる。

「俺は君と出会えて幸せだったと思っている」
「私もです、杏寿郎さん」
「……だが、俺は鬼狩りだ。長く生きることはできないだろう。明日死んでもおかしくない」

 知っています。貴方はもう死んでしまったのだから。そう言いたかったのに、言ってしまえばこの夢が掻き消えてしまうことを知っているから、口に出せなかった。

「俺はなまえに、幸せに生きて欲しい」
「……」
「だから……もし俺が死んだら、この家を出ても良い。そして、別の人間と所帯を持てば良い」

 眉を少しだけ下げて言った。そんな顔をしても、まったく説得力なんてないのに。そんな、泣きそうな顔をしないで欲しい。今私が彼に触れたら、彼はまた消えてしまうのだろうか。

「いつまでも煉獄の家に縛られることはない。千寿郎は悲しむだろうが……なにも、二度と会えなくなるわけではないのだから」

 それでも、貴方と私はもう二度と会うことはできない。できないのだ。

「君が幸せに生きられるなら、俺はそれでも良い」

 その言葉を聞いて、私は思わず立ち上がる。そして彼の身体を抱きしめた──ああ、これがこの人の体温だ。夢の中の貴方は、変わらずに温かくて、優しかった。彼の狼狽る声が耳に入る。でも私は構わず、貴方のことを抱きしめた。だってこれが最後だとわかっている。もうあなたの夢を見るのは、お終いにすると決めたのだ。

「私はこの家を出ることはしません」
「しかし、」
「貴方の過ごした家だもの。家を守るのは、妻の仕事です」
「……そう、だな」

 杏寿郎さんが私を抱きしめ返す。昼間のように、涙が止まらなかった。最後だ、最期なのだ。私は彼のことを、忘れてしまうでしょう。いつか貴方の顔も声も忘れてしまうのでしょう。それは自然の摂理で、しょうがないことだ。

「杏寿郎さん」
「……」
「愛しております。ずっと、ずっと」
「……」
「私は、貴方だけを、これからも……これからもずっと、愛しています」

 でもいくら忘れてしまっても、この気持ちだけは忘れない。煉獄杏寿郎という人が好きだったことだけは忘れずに、私は死んでいく。きっとこれで良い。
 すっと、胸に抱きとめたものが消えていくのがわかる。それを手放さないように、私は必死で抱きしめた。胸の奥から熱いものが込み上げて、目から溢れて止まらない。

「なまえ、俺も──」

 パチリと目を覚ました。寝室の冷たさは相変わらずで、秋だと思っていたがすっかり冬へと変わっているらしい。布団を畳むのも、着替えるのも、なんとなく億劫だなと感じてしまう。それでも障子の奥が明るいのがわかって、立ち上がって扉を横へ引いた。隙間から、光が差し込んでくる。

「……槇寿郎さまを起こさなくちゃね」

 目元の滴を拭って、私はその光を見上げる。外はすっかり寒いのに、その日差しは少しだけ、私の身体を温めてくれている気がした。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -