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(※名字は肺ヶ峰で固定です)



「切島と肺ヶ峰って、仲良いよなー」

 昼時、ランチラッシュの食堂にて。上鳴の発言に、当の本人である切島は少しばかり動揺した──飲み込んだはずのカツ丼が喉に突っかかって、思わず咳き込んでしまうくらいには。
 上鳴の言う肺ヶ峰というのは、切島らの所属する1-Aのクラスメイトのことだ。肺ヶ峰なまえ──小柄で無口、上鳴曰く小動物系。クラスでは口田や障子も無口な方ではあるが、彼女の場合は喋らないのではなく"喋れない"。なまえは個性が《肺活量》であり、なんでも話し声のボリューム調整が難しいのだと自己紹介の時に説明された。しかも彼女自身の不器用さが祟って、途轍もない大きな声か、ねずみの足音ほどの小さな声しかなまえには出せない。身体と個性が合わない事は稀にあるらしいが、なまえも似たようなものだという。

「そうか?」
「そーそー、よく喋ってんじゃん」
「なまえの話、おもしれーんだよな」
「そなの?」

 こそこそ話しか出来ずとも、切島はクラス内の誰よりも彼女と会話を交わしている。彼女と話す場合は、彼女の口元に耳を近づけることになる。上鳴は切島がそうしているのを何回も見ている。席が近いわけではないが、なまえと切島は自他共に認める"仲良し"だった。なまえは声が小さいだけで、別に話し下手とか引っ込み思案だとかいうわけではない。むしろ面白いことが好きで、お笑いやゲームが好き。見た目は明らかにお嬢さんという言葉が似合うのに、男子のような趣味をしている。だから、ザ・漢の切島と趣味が合うのだろうと、上鳴は考えていた。
 無口で喋れない、だが話好き。難儀な性格をしている。いっそ話嫌いだったら良かったのだが、個性の反動で彼女はそうなってしまった。だってしょうがないのだ。小さな頃から誰とも喋れないものだから、喋ることに対して興味や憧れを持つのはおかしくない。
 なまえが話してくれたことを切島は上鳴に説明する。父親が個性で知らない人の"かつら"を飛ばした話とか、友人の個性が暴発して一時的に男になった話だとか、日常のたわいもない話だ。しかし、切島のテンションに対して上鳴は至って平常であった。

「それ本当に面白いん?」
「おもしれーんだって!あいつ、話し上手なんだよ」
「ふぅん……って、噂をすれば。おーい、肺ヶ峰!」

 そんな彼女の話をしていると、上鳴は一人歩くなまえを見つけた。手にはオムライスの乗ったプレートを持っていて、近くには誰もいない。席を探しているらしくキョロキョロとしている。なまえは上鳴の声に振り向くと、彼らの姿を見てぱあっと顔を明るくさせた。

「席探してんだろ?俺らのとこ来いよ!」
「……!」
「よしよし、じゃあ俺の隣な!」  

 上鳴の言葉になまえは頷いて、素直に席に座った。切島の目の前、上鳴の隣の席である──正直なところ、切島はそれが少し気に食わなかった。彼女の隣じゃないと、いつもみたいに彼女の声が聞き取れない。上鳴はあまりなまえと隣り合っていることは少なく、なまえの隣にいるのはいつも自分だったのに……って、これじゃあまるで嫉妬してるみてぇだ。と思って、切島は頭を軽く振る。その動作に、なまえは小さく首を傾げた。

「肺ヶ峰はデミグラスオムライスかー」
「……」
「色が俺みたいだよね……?って、え、えーっと、そういや俺ここのオムライス食べたことないんだよな〜!」
「……」
「お、おう!じゃあ一口もらうわ!」

 なまえはいい奴だ、と切島は思っている。優しくて気遣いができる。ヒーローとして当然の素養ではあると思うが、それでもなかなかできることではない。なにより、男女分け隔てなく接するのが彼女の美点だった。でもそれが裏目に出ることもあって、男子にも女子と変わらないように接してくるから、距離感がおかしいこともよくある。よく言えば男女分け隔てなく。悪く言えば、分別がない。そして今回はそれが悪い方向へと向かった。
 なまえは自身が使っていたスプーンでオムライスを掬って、そのまま上鳴の口の前に持っていく。上鳴は戸惑った顔をして、ちらりと切島の方を見てから、差し出されたオムライスに口をつけようとしている。
 切島は、心がどろっとした何かに襲われるのを感じた。

「……っなまえ!」

 ──やってしまった、と切島が思った時には、口の中にはすでにデミグラスオムライスの味が広がっていて、自分の手の中に彼女の手が握られていた。上鳴に差し出されたスプーンを、彼女の手ごと引き寄せて自身の口に入れてしまったのだと気付くのに、切島は数秒かかった。なまえはもちろん、上鳴も、そしてなぜか切島本人も、ぽかんとした顔をしている。

「あっ……いや、その、美味そうだったから、はは、は、」

 パッと彼女の手を離すと、切島は自分の顔が熱くなるのが分かった。きっと、髪の毛にも負けないくらいに真っ赤になっていることだろう。体が燃え上がるように熱い。爆豪と戦っていた時より、ずっと熱くて暑くてたまらない。なまえの手の柔らかさを思い出して、切島は手汗がとまらなかった。
 なまえはそれを見て立ち上がり、対面に座っていた切島の横に座った。そしていつも通り、切島の耳元へと口を近づけて言った。

――きりしまくん、お腹空いてるならもっとあげる。

 そんな言葉を聞いて、小さく笑う彼女を見て、切島は机にうなだれる。ドキドキしていたのは自分だけだったのかとがっかりして、そんな切島を見て上鳴は小さな声で「ドンマイ」と声をかけたのだった。



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