家族水入らず


「お、お邪魔シマス」
「気にせず上がってください、なまえさん」

 目の前には、我が家とは対比にならないくらい大きな玄関と、途轍もなく長い廊下が続いていた。純和風の建物らしく、一歩踏み込んだだけで木の匂いやイグサの匂いが立ち込めているのがわかる。真顔で私が靴を脱ぐのを待っている焦凍くんを見つめ、私は思案した。な、なんでこうなった……?
 焦凍くんに会ったのは、前回寮に訪ねてからしばらくのことだった。焦凍くんは、補講を経て仮免に受かったらしい。というか私は君みたいな優秀な子が受かってなかった方がびっくりなぐらいだ。私ならともかく、君は強いじゃない……と思ったけど、どうやら試験中に他校の子と揉めたのだとか。そりゃ君も落ちるわ。
 そんな彼はいま、エンデヴァー事務所でインターン活動をしているらしく、私が仕事の関係でエンデヴァー事務所を訪ねたために彼と再会した。仕事も終わったのでさあ帰ろう、と思ったところ、焦凍くんが「うちに来てください」と誘ってくれたのだった。どうやら、お姉さんがご飯を食べに来てくださいと言っている、とのことで。

「あのクソ親父にこき使われてないですか」
「クッ……だ、大丈夫だよ!ミルコさんの活動の傍で集めた情報を、共有しているだけだから」
「ひどい扱いを受けてませんか」
「受けてないよ!?焦凍くんは私と轟さんのこと、なんだと思ってるの!?」
「なまえさんは女性、親父はクソ親父だと思います」
「……」

 私のこと女性って……女性ってなんだ、カテゴライズが大雑把すぎる。そして、なんだってこんな確執が深いんだ、轟家。最近薄々感じていたのだけど、焦凍君はそれを隠さなくなってきた。たぶん、私に気を許してくれてるのだと思う。なんだか嬉しいような、かなしいような。

「親父はNo.1として仕事はできる……と思います。でも人使いが荒い」
「……うん、」

 それは私もそう思う。
 エンデヴァーこと轟炎司さんは、それはもう仕事のできる人で、サイドキックだってたくさん抱えている。本人が仕事ができるために、部下にもそれは厳しく指導しているのだ。あの人はストイックなのである、だからこそオールマイトが引退した今、No.1ヒーローとなったわけだけど。自分に厳しく、他人にも厳しい。そんなエンデヴァーの要求する仕事は、なかなかに骨が折れる。
 しかし、しかしだよ?私はあのミルコさんのマネージャー。彼女より無茶を言うひとはあまりいないのだ。エンデヴァーからの仕事など、正直まだ楽だった。だって指示が的確だし。(ちなみにホークスは、自由すぎる性格故にミルコさんとどっこいどっこいである。なにより彼は早すぎる)

「何かあったら俺に言ってください」
「私、歳下の子に泣きつくような大人じゃないよ」
「歳上相手だったら泣きつくんですか」
「うーん!あげ足とりだ!」

 お恥ずかしながら、それはたまにある。焦凍くんの指摘に項垂れていると、廊下の奥から女性が顔を出した。

「……あっ、もういらしてたんですね!ごめんなさい、ご挨拶が遅れて……」
「いえいえ、えーと、焦凍くんのお姉さまの」
「冬美です、轟冬美といいます。いつも父と弟がお世話になってます!」

 走ってきてくれたのは、白い髪にところどころ散りばめた赤髪が素敵な、轟くんのお姉さん──轟冬美さんだった。お姉さんがいる、というのは、焦凍くんにもエンデヴァーから聞いていたことだったのだが、正直どちらにも似ていない。彼女はとても穏やかで人当たりの良さそうな女性であった。

「はじめまして、公星なまえです。ヒーロー名はアムステアといいます。こちらこそ、お父様にも弟御様にも大変お世話になっております」
「別に、なまえさんはなんも迷惑かけてないだろ」
「ええ、かけてるよぉ……いっぱい……」

 主にエンデヴァーに。ちなみに焦凍くんにかけてない、というのも、ないわけではない。わたしはなんせ戦闘力があまりにもないので、インターン中の焦凍くんに助けてもらったこともしばしばある。その度に「なまえさんは気にすんな」「人には得手不得手がある」といったフォローをいただくので、年上として情けない限りである。

「お父さんはまだ仕事?」
「今日は泊まりだって言ってた」
「そっか。だから公星さんのこと連れてきたのね」
「ああ。……夏兄は?」
「大学の子と出かけてるよ。もう少ししたら帰ってくるって言ってた」

 凄くきょうだいっぽい会話が繰り広げられている……!!私は一人っ子なので、実は焦凍くんにきょうだいが多いと聞いて、少し羨ましかったのだ。それをこうして間近で見れるとは思わなかった。しかし、なんだかまた闇の深そうな話を聞いてしまい、少しいたたまれない。家族って難しいですよね、とここにはいないエンデヴァーさんに少し同情した。

「あ、あの、冬美さん、今日は押し掛けちゃってすみません……これ、ご飯をいただく代わりにしては少ないですが、よければどうぞ」
「わーっありがとうございます!これ駅前に新しく出来たケーキ屋さんですよね?美味しそうだなって思ってたんです!」
「あっはい!そうなんですよ、ここ凄く美味しくて、既に私も大ファンなんです」
「夕飯の後に一緒に食べましょう!……そういえば、公星さん。わたし公星さんより歳下なので、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」
「えっ、いや、そんな……」
「それと、わたしもなまえさんってお呼びしてもいいですか?焦凍から話聞いてて……是非仲良くしたいなぁって」

 凄く素敵な笑顔で、眩しいぐらいの笑顔でそんなことをいってくれるなんて!!正直、私はルミちゃん以外にそんなに友達は多くない。嫌われてるとかそういうのではないと思うけど、ルミちゃんがずっと近くにいたこともあって、ルミちゃんより仲良しな友達っていうのは出来なかった。だから冬美さんの気持ちは嬉しくて、そして少しむず痒い。なんだか、どんな顔をしたらいいかわからなかった。

「……冬美ちゃん、って、呼んでも、いい、かな……」
「はい!ぜひ!」

 冬美ちゃんとお友達になった。





「じゃあなまえさん、お父さんにこき使われてるんじゃない?大丈夫ですか?」
「二人とも轟さんのことなんだと思ってるの……さっき焦凍くんにも話したけど、大丈夫だよ」
「ほらお父さん、厳しいひとだから……」
「夏兄も多分同じこと聞くと思う」

 ……闇が深い。
 二人と話していると、家庭でのエンデヴァー……轟炎司さんというのは、かなり失礼なことを言うと、あまり慕われた父親ではないようだった。そもそもみんなの出生や、ご両親の結婚自体が轟さんの身勝手の結果らしい。詳細は不明だけど、焦凍くんは「全部親父が悪い」みたいな、そんな口ぶりで話してくれた。特に焦凍くん、それからお母様に対しての仕打ちは許されたものではなく、その溝はまだまだ深いようである。楽しい食事の席だから、と二人は詳しく話すようなことはしなかったが、会話の端々を拾うだけでもなかなかにシヴィアな家庭環境である。というか、そんな話を私にしてよかったのだろうか。私のなにを買ってくれてるのか知らないけど、不思議な話だ。

「ただいま。誰か来てるの?」
「あっ夏雄!そうなの、お父さんのお仕事の……」
「……アイツの?」

 突如現れた白い髪の男の子が、じろりとこちらを見た。夏雄、ということは、彼が焦凍くんの言っていた夏兄というひとなのだろう。焦凍くんのお兄さんで冬美さんの弟、そして大学生。

「睨まないの!この人は公星なまえさん」
「にらんでなんか、って、この人が」
「今日は焦凍がお呼びしたんだよ」
「……はじめまして。焦凍の兄の轟夏雄です」
「あ、えと、はじめまして、公星なまえです。ヒーロー名は、」
「アムステアですよね。焦凍が話してくれたんで知ってます。睨んですみません、親父の知り合いって聞いたから、つい」

 私は焦凍くんが一番お父様をよく思っていないのだと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。多分この中では、夏雄くんが一番お父様に対して思うところがあるのだろう。きっとそれは私の知らないところの話も関係しているのだろうが、なにより彼は家族思いなのだろう。一番近くで誰かが傷付いてきたのを見てきたからこそ、一番父親を許せずにいるのだ。それはきっと、苦しいだろうな。

「夏雄はご飯いいんだっけ?」
「うん。外で食べてきたから」
「ケーキあるよ。なまえさんが買ってきてくれたの」
「……ありがとうございます」
「お、お邪魔したのはわたしだからね。むしろケーキなんかで申し訳ないです」
「いや、十分だと思う」
「焦凍くんは優しいねぇ……」
「そうか?」

 ごちそうさまでした、と声をかけると、冬美ちゃんは明るくお粗末様でした!と言った。私より年下だというのに、作られたご飯一つ一つに手が混んでいて美味しかった。里芋の面取りは綺麗だし、唐揚げは下味がしっかり染みてて、豚汁に入っていた人参は飾り切りまでしてある。栄養バランスも良くて彩も綺麗だった。久しぶりにこんなちゃんとしたご飯食べたかも。すごくよくできた子だ。冬美ちゃんの作ったご飯を毎日食べられる焦凍くんが羨ましい……ああ、そういえばもう彼は寮生活だったのか、と思いだす。

「ケーキ食べましょう!なまえさんがかってきてくださったんだから、まずなまえさんが選んでください!」
「ええっ!皆さんに買ってきたものだから、私は別に……」
「だって4つありますし、一つ余っちゃうから」
「そ、それは、轟さ……お父様の、」
「いいんですよ、アイツどうせケーキなんて食わないから」
「な、夏雄くん……!?あ、じゃあ余ったやつで……」

 ケーキを4つ買ってきたのは、轟さん……エンデヴァーさんに家族について少し話を聞いていたからだ。娘一人と息子二人、そして自分の四人で静岡に住んでいた、と以前言っていた。今は焦凍くんが寮暮らしだから、三人なのだと。奥さんの話は全く出なかった。先程、冬美ちゃんと焦凍くんと話した時も、お母様の話は少ししか出なかった。母親が入院してるから冬美ちゃんが家事をしているという話ぐらいで、やはり二人もそれ以上話すことはしなかったから、聞くこともなかった。この家にとってお母様の話題は、デリケートの中でも最上級にデリケートな話なのだろう。

「お父さん、あんまり甘いの食べないんです、和菓子はたまに食べるところ見ますけどね。そもそも好きじゃないのもあるけど、体づくりのためにって。たぶん、焦凍がケーキ食べるのもよく思わないんじゃないかな」
「も、申し訳ございません……次は和菓子を買ってきます……」
「謝らないでいいです。なまえさんのおかげで、久しぶりにケーキが食べられる」
「しょ、焦凍くん……!」
「焦凍はケーキなにがいい?」
「あんま甘くないやつ」
「……」

 君も甘いもの嫌いなんじゃない。焦凍くんは、買ってきた中でも一番甘くないであろうチーズスフレケーキを選んでいた。冬美ちゃんはショートケーキ、夏雄くんは白桃のムースケーキを選んでいた。なんだか二人のカラーリングみたいでかわいい。そして、私に残ったのはフルーツタルトだった。フルーツがいっぱい乗っていて、艶やかなコーティングされている。中にはカスタードクリームが敷き詰められていて、土台のクッキーのサクサクとした食感と合わさって大変美味しい一品である。お気に入りのそれを目の前にして、少しテンションが上がってしまった。

「なまえさん、それ好きなんですか」
「え!なんでわかるの!?」
「やっぱり」

 クスッと笑う焦凍くん。君そういう顔もできるんだね。それに釣られて冬美ちゃんや夏雄くんも笑っていた、なんで!?

「なまえさん、わかりやすいんですね!」
「それ選ばなくてよかったです」
「うう……」

 クスクスと歳下の子に笑われてしまう。なんなんだ、歳上の威厳がない。恥ずかしくなって俯いていると、「じゃあなまえさん、いただきます!」と冬美ちゃんが言い、夏雄くんと焦凍くんもそれに倣って「いただきます」と言って食べ始めた。恥ずかしさをかき消すように、私もタルトを口に運んだ。……美味しい、やっぱり美味しい。笑われようが子供っぽいと思われようが、わたしはこのケーキが好きなんだ、美味しいから。そんなことを考えていると、そういえば、と冬美ちゃんが話し始めた。

「なまえさん、個性ってハムスターなんですっけ」
「ん、そうだけど……」
「頬袋とかあるんですか?」
「頬袋……あるけど、使ったことはほとんどないよ」
「なんで使わないんです?」
「使う必要がないから……?」

 そもそも、頬袋ってすみかに食べ物を運ぶためにあるんだよね。でもほら、人間はそんな生活じゃないから……機能としてあるけど、ほとんど使ってないんだ。そう言うと、冬美ちゃんだけでなく焦凍くんと夏雄くんまで「へぇ」と言った。ハムスターの個性と話すと、頬袋についてはよく聞かれるのだけど、なんかここまであっさり聞かれるのは初めてである。

「なまえさんはハムスターっぽいことはなんでもできるんだよな」
「ハムスターっぽいこと?」
「うん。頬袋もそうだし、ずっと走ってるとか……あと、耳がいいの。あ、でも目はちょっと悪いかも」
「ハムスターって目悪いんですか?」
「本物のハムスターは、弱視で色盲なの。だから私もちょっとだけ……やっぱり個性だからね」
「大変ですね」
「そうでもないんだよ?ハムスターの個性って言っても、私の家系はだいぶ人間に寄ってるっていうか……ハムスターと違って食べれないものないし、夜行性も生活習慣で克服しちゃったし」

 恥ずかしいから言わなかったが、本物のハムスターみたいに発情期もないし食糞もしない。前歯は少し伸びやすいけど、専用の歯ブラシがあるのでなんとかなっている。ちなみに走るのは好きだ、家には特注の回し車を置いてあるぐらい。

「冬眠とかしないんですか」
「冬眠……は、気を抜いたらしちゃうけど、着込んだり暖房つけたりして、なんとか耐えてるよ」
「じゃあ冬はあんまり好きじゃない?」
「うん」
「そっかぁ……私たちは個性柄、冬が好きなんです。逆ですね」

 この子たちはお母様が氷の個性なのだった。そうか、やっぱり個性に引っ張られるのかな。じゃあ轟さんは夏が好きなのかな。
 そういえば、焦凍くんはどうなんだろう。半燃半冷の彼は、夏も冬も過ごしやすいに違いない。というか、周りにいる人も一家に一人焦凍くんがいればすごく過ごしやすいのでは?
 冬眠しないようにと、我が家の冬の出費はとんでもないことになっている。暖房にストーブにカイロに衣服……それはもうとにかく、家計を圧迫している。生命維持に関わるからしょうがないのだけどなかなか厳しいのだ。焦凍くんがいれば、そんな出費もなく冬も乗り切れるのではないか、と馬鹿なことを考えていた。

「……焦凍くん、冬だけ私のお家に来てくれないかなぁ」
「え、」
「えっ?」
「そ、そそそ、それってどういう……?」
「あ、そっか、轟さんでもいいのか……でも轟さんは我が家には入れないな、身長お高いし……」
「よくわかんねぇけど、親父が行くぐらいなら俺が行く。親父はやめとけ」
「じょ、冗談だよ……」

 ほんの冗談のつもりだったのに、そんなガチトーンで返されるとは思わなかった。





「今日はありがとう、冬美ちゃん。ご飯とても美味しかった」
「私の方こそ!なまえさん、美味しそうに食べてくれるから、作った甲斐がありました!」

 そろそろお暇します、と言ったら、家族総出でお見送りをしてくれた。夏雄くんまで玄関に立っている。夏雄くんはお父様関連はかなり厳しい子だけど、冬美ちゃんや焦凍くんのように優しくて思いやりのある子だった。焦凍くんより社交性がある……というと焦凍くんに失礼かもしれないが、夏雄くんはそもそもが人好きの性格なのだろうと思う。
 焦凍くんはというと「送っていきます」と申し出てくれたのだけど、私はそれを丁重にお断りした。夜だから危ないのは彼も変わらない。ヒーロー志望の男の子で期待の雄英生、強個性の焦凍くんとはいえ、彼だって誰に狙われるか分からないのだ。むしろ"そう"であるから狙われるかもしれないというのを、彼は理解していない。それに10歳も年下の男の子に送ってもらうなんて、大人として情けないのだ。普通逆でしょう。弱いけど一応プロヒーローだよ、私。大人として、未来ある彼を守るのは当然であるのだから。

「焦凍くんも、夏雄くんもありがとうね。たくさんお話ししてくれて……こんな遅くまで、長居しちゃって」
「いえいえ、俺の方こそ楽しかったです。また親父のいない時に来てください」
「あはは……」
「なまえさん」
「ん?」
「また、来てください。寮にも、ここにも」
「うん!」

 手を振って門をくぐれば、彼らも同様に手を振ってくれた。
 少しずつ、焦凍くんと仲良くなっているという自覚がある。彼がなぜ私と仲良くしてくれるかなんてわからないけど、彼らが必要としてくれるなら──必ず、またここに来よう。


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