己の欲する所を人に施せ


 時刻は10時の少し前。休日ということもあって、駅前はいつもより人が多く感じる。待ち合わせポイントの時計塔には、わたし以外にもちらほらと人がいた。隣の女の子のもとには彼氏と思しき男の子がやってきて、そのまま仲良く手を繋いで歩いていく。
 ……ああいうのを見ると、少しだけいいなぁと思う。ヒーローという職業なのもあって、今まで恋愛というものをまともにしたことがない。学生時代は少し付き合ってみたこともあったけど、ヒーロー志望だったこともあり、結局はお互い「恋人はいらない」という結論に至って別れた。
 プロヒーローになってからも、いいなぁと思う人はいたけど、「お付き合い」に至らないように公私を完全に分けるまでしていたぐらいである。ルミちゃんには度々、「お前は早く結婚しろ」と言われるのだけど、わたしは完全にそのつもりはない。
 そんなふうに物思いにふけっていると、今日行動を共にする"彼"の足音が近づいてくるのが聞こえた。

「すみません、少し遅れて」
「大丈夫だよ。わたしが少し早く来すぎただけだし。それに、待ち合わせ時間には全然間に合ってるから」
「でも、なまえさんを待たせただろ」
「……んん、」

 なんだろう、無自覚人誑し……なんとなく、ちょっぴり天然さんだということはわかっていたけど、それでもまだ彼の発言にはびっくりすることも多い。無自覚にイケメン発言をすることもあるし、住む世界が違うなぁと思うようなことを言う時もある。
 今回は前者だったわけで、顔の良さも相まって、10歳も下の男の子に思わずキュンときてしまった。これは庇護欲にも近いものであって、断じて恋愛的なものではない。断じて。

「なまえさん、今日はよろしくお願いします」
「ううん、こちらこそよろしくね!焦凍くん!」

 というわけで本日は、焦凍くんとお出かけをしたいと思います。
 焦凍くんから電話が来たのは、ミルコさんにこき使われた1日の終わりのことである。いつもならメール派の彼が電話をしてくるなんて不思議で、思わず何かあったのではないかと思ってルミちゃんとの食事を中断して電話に出たのだった。
 しかし私が思っていた以上に焦凍くんは冷静で、何事もなさそうに「週末予定空いてませんか。買い物に付き合ってほしいです」と言ったのだった。
 週末はたまたまオフだった。いつもなら家でひとり回し車を回すのだけど、焦凍くんの頼みならば断れるはずもない。なにより、何をしたいか言ってから誘う彼の姿勢が、個人的に凄く気に入ったのだ。ルミちゃんなんか「お前今空いてるよな?」とわたしを連れ出して、意味もわからず走らされ、目的地についてようやく何がしたかったかわかる……という破天荒ぶりなのだ。そりゃ焦凍くんに好感を持つに決まってる。

「で、冬美ちゃんのお誕生日プレゼントだよね?」
「はい。去年までは受験もあって、むやみな外出は親父に許されてなかったんで。プレゼントなんて買えなかった」
「う、うん」

 相変わらず轟さん……エンデヴァーの家族愛はねじ曲がっているようであった。

「就職して大変なのに、いつも親父の面倒見てるから……今年はせめて、なにか姉さんのすきなものをあげれたらいいと思って」
「そっか」

 轟家の事情は、ぼんやりとしか知らない。焦凍くんが小さい頃きょうだいと距離を置くようにしつけられていたと知ったのは、つい最近焦凍くんが教えてくれた。そして、訓練で苦しむ焦凍くんになにもしてあげれなかった、と冬美ちゃんが言っていたのを思い出した。だから教職に就いたのだということも。
 彼らはお互い負い目を感じていて、大きくなってもまだきょうだいに対して距離感を測っている。それでも冬美ちゃんも夏雄くんも、焦凍くんのことが大好きだし、焦凍くんも二人のことを大切に思っているのだ。……みんな優しい子たちだ。

「冬美ちゃんはなにがすきなの?」
「ドラマにハマってるらしい。夏兄が言ってた」
「ドラマかぁ」
「なまえさんは見ますか、ドラマ」
「うーん……気になるのはあるけど、出動要請入ったらーって考えると、ドラマって見れなくて。途中で見るのやめるのって辛いし」
「へぇ」
「だから結局、普段はニュースばっかりかな」

 ドラマなんて学生時代に見た以来だ。現代はヒーローがエンタメを担っているってこともあって、芸能活動一本で活動している人はあまり知らない。
 駅前の商業施設は、さすがは休日といった賑わいだった。お互い冬美ちゃんに対するリサーチが足りないこともあって、とりあえず無難なものを送ろうということにしたのだけど、その無難なものが難しい。

「なまえさんはもらったら嬉しいものとかありますか」
「もらったら……うーん、わざわざ私にプレゼントをしてくれるっていう、その事実とか気持ちが嬉しいから、物に対するこだわりはあんまりかなぁ」
「強いて言うなら、なんですか」
「強いて言うなら!?……ひ、ひまわりの種?」
「……ふ、」
「あっ今ちょっと笑ったでしょ!」
「すいません、つい」

 焦凍くんの存在を知ったのは雄英体育祭が初めてだった。あの時確か、仕事終わりにルミちゃんと一緒に見ていた。誰かを指名するつもりかと思っていたのだけど、ルミちゃんにそんな気はなかった。単なる暇つぶしだったらしい。
 その時の焦凍くんは、もっと怖い表情をする男の子だった気がする。それが父・エンデヴァーとの不和からくるというのを、わたしは彼と知り合って、会話してようやく理解した。
 久しぶりにあった焦凍くんは、随分と普通の男の子になったと思った。もちろんヒーロー志望としての実力と気持ちはあるのだけど、なんというか、柔らかい表情をするようになったなと思う。だから焦凍くんが笑ってくれるのは、わたしとしてはちょっぴり嬉しかったり。

「まあ冬美ちゃんにひまわりの種なんかあげれないし……もっと無難なものを探さないとね」
「ああ」
「女性ってなると、お花とかスキンケアグッズとか。最近だとちょっとお高めの入浴剤も人気あるよ」
「俺にはわかんねぇ世界だな」

 焦凍くんは、気まずそうにそういった。まあたしかに、女の子にプレゼントをあげ慣れてるって感じはしない。焦凍くんはかっこいいけど、孤高な感じがするのだ。男の子に使うのは正しくないかもしれないけど、高嶺の花みたいな。プレゼントをあげるより、むしろもらうことの方が慣れていそうだ。

「……焦凍くんから見て、冬美ちゃんはどんな人?」
「え?」
「焦凍くんが抱いてる、冬美ちゃんの印象を教えてほしいな」
「優しい。でもたまにそそっかしいっつーか。正直、ドジだなってところもある」
「うん」
「それから、家族に憧れてるんだと思う。俺なんかにも気を遣ってくれてる。親父のことも、お母さんのことも俺は任せっぱなしで……」
「そっか」
「家のことも、仕事も疲れてるはずなのに、姉さんはそれを見せようとしない」
「そう」
「せめて、少しでも休める時間ができたら──あ、」
「あ?」
「……なまえさん。その、お高めの入浴剤ってやつは、どんなやつですか」

 答えは出たようである。





「匂いがすげぇ」
「なんだこれ、弾けるのか」
「色すげぇ」
「中にバラ入ってんのか」

 焦凍くんと訪れたのは、入浴剤が有名なショップだった。店内には甘い香りが漂っていて見た目もカラフルである。焦凍くんは店内をきょろきょろと見て、さっきから思ったことを呟いている。こんな饒舌な彼は初めて見た。

「冬美ちゃんは甘い香りって言うより、もっと上品な香りのイメージかも」
「上品……花みたいなやつか」
「うんうん」
「これとかどうだ」
「白百合のやつ?確かに似合うかも」
「これも姉さんっぽいって思った」
「確かに、色が髪の毛っぽい……でもそれ薔薇の花びら入りかぁ。正直、やめたほうがいいかも」
「なんでだ?」
「掃除が大変」
「……それは困る」

 結局、焦凍くんは白百合のバスセット購入することにしたらしい。高校生が選ぶ贈り物としては値段も相応で、入浴剤やボディークリームが入ったそれは、見た目も真っ白だし匂いも上品で確かに冬美ちゃんらしいものだった。

「プレゼントですか?」
「あ、はい」
「ラッピングサービスを行ってますが、ご利用されますか?」
「じゃあ、お願いします」
「赤と青のリボンからお選びいただけます」
「赤で」
「かしこまりました」

 ラッピングをしてもらったそれを、焦凍くんは受け取る。お姉さんはそんな焦凍くんに少し見惚れているようだった。というか、歩いていて気づいたのだけど、焦凍くんは目を引く。容姿もかっこいいし、なにより体育祭のおかげで有名人らしかった。

「ありがとう、なまえさん。助かった」
「いえいえ!どういたしまして」
「それで、」
「うん?」
「なまえさんにも、お礼がしたい」
「んん」

 でたぞ、焦凍くんの天然。なんかすぐそういうことを言うよね、君は……さらっと言っちゃうんだよなぁ。しかも下心が全くない。善意100%だからこそ、断るに断れない。一種の才能だった。

「いいのいいの、焦凍くんとお出かけできて楽しかったし」
「なまえさん、誕生日いつだ?」
「んん、話が飛ぶ……3月1日だよ」
「ひまわりの種、大量に買っておきます」
「買わなくていいよ。気持ちだけで十分だってば」
「事務所に送る」
「事務所はないの」

 ちっ、と少しだけ舌打ちをされた。焦凍くんはたまに荒っぽい。お父さんの影響かな……なんて言ったら彼の地雷を踏み抜くことになるからやめた。適切な対応である。

「じゃあまた、私とお出かけしてくれる?」
「そんなんでいいのか」
「いいよ。私ってば友達少ないから、こうやって誰かとお出かけするの新鮮なの。……人とお話しするの、あまり得意じゃないし」

 言ってて少し寂しいやつかなと思ったけど、焦凍くんは何も反応しなかった。友達がいないってことを馬鹿にするような人じゃないのか、それとも他人の交友関係に興味がないのか。どっちもだろうな。何度も言うけど、孤高の天才っぽいし。

「じゃあ次は緑谷とか呼んでくる」
「うん?緑谷くん?」
「緑谷とか、飯田とか……それとも女子がいいですか。うちのクラス女子少ないけど」

 たぶん、俺の友達連れてきてやるよってことなんだと思う。……純粋なお心遣い、痛み入ります。

「友達作れってこと?」
「作るもんじゃねぇだろ、友達って。出来るもんだ」

 なんかすごいかっこいいことを言われた気がするが、ここはあえてスルー。多分それをいっても焦凍くんのことだから「何言ってんだ」って返すだろう。少しずつ、焦凍くんのことがわかってきた、かもしれない。

「俺以外にも、遊べる人間ができたらなまえさん楽しいんじゃねぇかって思って」
「……」
「俺は遊ぶことに詳しくねぇから。たぶんそういうのは上鳴とか、芦戸が向いてると思う。あと葉隠とか」
「……焦凍くんって」
「なんだ」

 ちゃんと学生してるんだなぁ。エンデヴァーは友達がいるかどうか心配だと言っていたが、学校での焦凍くんはもう彼の知っている人間ではないのだ。普通の学生として普通に周りと関わって、普通にヒーローを目指している。クラス仲は良好で、同い年の友達だってちゃんといる。
 だからこそますます私と関わる理由がわからない。こんな年上とばかり遊んでていいの?今日だって、もっとクラスの女の子たちとかに聞いた方がよかったのではないだろうか。それこそ芦戸さんや葉隠さんとか、あのクラスにはセンスが良さそうな子たちがいっぱいいた。それでも、彼は私を選んでくれたのである。

「優しいよね」
「なまえさんが先に優しくしてくれただろ」
「私が?」
「ああ」

 沈黙が走る。そっか、焦凍くんからしてみれば、私のことはそう思うのか──なんだか少し照れくさい。そして嬉しい。優しくしようというつもりは全くなかったけど、他人からそう言われると気恥ずかしさがある。

「……ねぇ焦凍くん」
「ん?」
「お茶して帰ろっか。日本茶が美味しいお店知ってるの」
「突然どうしたんですか」
「いや、なんとなく」

 なんとなくだけど、こんな可愛い友人を大切にしたくなった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -