かわいい子には旅をさせよ


「はじめまして、轟焦凍です」
「は、はじ、はじめまして!轟焦凍くん!わたしは、えっと、公星なまえです。ヒーロー名は、」
「アムステア。親父に聞きました」
「そ、そう!そうです!その、本日はこのような機会を設けてくださって……あ、ありがとうございます!」
「いえ……」

 目の前のテーブルには豪華絢爛な料理たちが並び、そして紅白頭の彼──轟焦凍くんがテーブルの向こう側に座っている。私はと言うと、慣れない振袖と正座で身体が固まり、なぜか口まで回らなくなっていた。な、何でこうなったんだろう……?





 あのエンデヴァーに「息子と会ってくれ」と言われて、その場を切り抜けるために了承してしまってから、少し経ったある日。ミルコさん関連の仕事を終わらせてひと段落していた頃、エンデヴァーから一通のメールが届いた。「面談について」と題されたそのメールに、はてと思い頭を傾げて見てみると、そこに書いてあったのは日時、場所、時間、服装指定についてであった。ますます意味がわからない。しかしメールの最後に書いてあった「息子は忙しいため、この日を必ず空けるように」という一文に私は思わず震えた。──いや、あれ本気だったの?
 エンデヴァーからの要求を断れるわけもなく、ルミちゃんのからかいを避けつつ指定のお店に向かうと、そこはトップが指名するだけあってとんでもなく高そうなお店だった。費用は俺が持つ、というエンデヴァーの言葉がなければ絶対に踵を返していたし、私は一生縁がなさそうな高級料亭だ。それこそ、お見合いだとか家族の顔合わせで使うような店である。なんだ、なんなんだトップヒーロー。
 ビビりながら店内に入ると、案内されたのはかなり奥まった一室だった。どうやら、自分の息子が有名人であることを考慮したらしい。考慮するところが違う、と思いながら部屋に入ると、制服姿の彼がもうそこに座っていた。
 あ、本物だ。というのが最初の印象だった。テレビで見たままの頭髪で、テレビで見たままのクールな顔立ちをしている。しかし雰囲気はあの時感じたものよりどこか柔らかい。あの時は一匹狼というのがお似合いだったが、今は……クール系イケメンという言葉が合いそうだ。うん、女性人気がすごいヒーローになりそう。立ちっぱなしで彼を見つめていると、「座ったらどうですか」と言われてしまったため、お言葉に甘えて彼の前に座る。その瞬間に私は頭が真っ白になり、彼が自己紹介をするために話し出すまで私たちは無言だった……というわけだ。途中、料理を出してくれた方がだいぶ、かなり気まずそうだった。
 自己紹介をしたところで会話は途切れ、それ以降私たちは全く話さなかった。轟くんも全く話す気はないらしく、無言で食事に手をつけている。それに倣って私も恐る恐る食事をする。あっ、この料理美味しい……じゃない!味わってる場合じゃない!なんか話さなきゃ!と意気込んだが、全く何を話していいのかわからなかった。不甲斐なさすぎる。

「あの、と、轟くんは……」
「焦凍でいいです。親父……父とかぶると思うので」
「あっ、はい、焦凍くん、はー……今日は、学校お休み?」
「はい」

 そりゃそうだよ!だって高校生だもん!日曜日なんだから、おやすみに決まってる!

「が、学校では、何してるの……?」
「なにって……授業してます」
「じゅ、授業以外は!」
「放課後とかは訓練してます。クラスメイトと」

 そりゃそうだよ!学生が学校でやることなんか、授業だって!しかも彼もヒーロー科なんだから、戦闘訓練とか、救助訓練だよね!!私も10年くらい前にやった!!
 こんな、馬鹿みたいな質問をさっきからしているのに焦凍くんは全て丁寧に答えてくれた。あまり表情は変わらないけど別に邪険にしてるわけでもなさそうで、彼の人柄を感じられる。クールそうだが、優しさが滲み出ているのだ。ヒーロー志望なだけあるな、と思った。
 ウンウンと唸ってみたが、やはり話題が思い浮かばない。当然だ。学校の同級生のように、志を同じくしているわけでもない。ルミちゃんのように家が隣というわけでもないし、助けてもらったとか、運命の出会いをしたわけでもないのだ。ただ彼は、親御さんの心遣いを無碍にしまいと私と会ってくれただけだ。つまり、私が本来断るべきところだった。実を言うと私は焦凍くんが断ってくれるものだとばかり思っていたのだが──迂闊だった。子供では、親の言うことを断りきれないことだってあるというのに。
 やはり沈黙は続く。しかし、今度はそれを打ち破ったのは意外にも焦凍くんだった。

「公星さん、なんで俺と会おうと思ったんですか」
「え?」
「No.1に言われて断りきれませんでしたか」
「えっ、いや、そう……だけど、そうじゃないっていうか」

 確かにそれはある。あるけど、別にそれだけが理由じゃない。

「いや、あのね、私……友達少なくて」
「はぁ」
「ルミちゃん……あっ、ミルコさんね。わかるかな?」
「No.5の」
「そう!私、彼女と幼馴染なんだけど……だからってわけじゃないんだけど、友達の作り方忘れちゃって。私もあまり人付き合いはよくないの」

 私の言葉に焦凍くんはよくわからないという表情を浮かべた。
 つまり、私が何を言いたいかというと──私はルミちゃんという存在に甘えた結果、友達を作ることを放棄してしまったのだ。ルミちゃんは私のことをずっと守ってくれていて、私もルミちゃんの庇護にいた。文字通り、私たちはいつも一緒だった。だからそれ以外に目を向けたことがない。結果ルミちゃん以外に友達らしい友達もできず(とはいえ、ルミちゃんは学生時代も今も人気者だった。人徳の差ってやつかもしれない)、私はこの歳になっても友達らしい友達もいない。
 そのことを焦凍くんに噛み砕いていうと、ポカンとした顔をした。

「じゃああんた……本当に俺と友達になりに来たのか」
「あ、いや、それは──」

 友達なんてなろうと思ってなれるものでもない。結局はその時の運とフィーリングだ。気づいたらなってるものであって、こうやってお膳立てされても友達になれるかなんて定かではないだろう。だから別に、焦凍くんと確実に友達になろうなんてのは思ってない。

「ただ単に、エンデヴァーの気持ちには応えたかったの。過剰だとは思うけど、子供を心配する気持ちは本当だと思ったから……助けになれたらって」
「……」
「まあやりすぎだとは思うし、心配するところがズレてるとは思うけど……あ、これはお父様に秘密でお願いします」

 別に友達なんていなくても生きていける。しかし、友達がいた方がいい時もある。親に言えないこと、先生に言えないことを相談したり、大人には見せられない自分を曝け出せる心の拠り所が必要だ。多分それは友達じゃなくてもいい。でも、友達でもいいと思う。私と、ルミちゃんみたいに。

「だから別に、焦凍くんと無理矢理友達になろうとは思ってないよ。話聞いた限り、クラスメイトと仲良しみたいだし」
「……ああ、それなりに」
「エンデヴァーには、焦凍くんなら大丈夫だって伝えておくね。今日みたいなことがもうないように」

 とはいえエンデヴァーのことだから、また結婚の時はこうやってお膳立てするのかなぁ。なんだか焦凍くんが可哀想だと思ったが、家族の形はそれぞれだ。他人の私が口出しすることでもない。
 焦凍くんは私の言葉を聞いて、箸を置いた。食べ終わった──というわけではないらしい。

「あんたは、父親と懇意になりたくて今日ここに来たんじゃないのか」
「え」
「No. 1に目をかけてもらえればそれなりに安泰だから、エンデヴァーの頼みを聞いて、息子である俺に取り入ろうと……」
「な、ない!断じてないです!」

 正直、ミルコさんのことで手一杯なのだ。ここにきてエンデヴァーの懐に潜り込もうだなんて思ってない。私にもキャパシティーというものがあって、今は他のヒーローの仕事を請け負えるとは思えなかった。

「いい人だな、あんた」
「えっそう……?」
「親父に気に入られたいとかじゃないんだったら、別に来なくてもよかっただろ」
「それは、まあ」

 でもそれって、焦凍くんも同じじゃないだろうか。高校に入って反抗期が酷くなったという割に、お父様の指図を受けている。反抗期ってそんな生やさしいものだったっけ。私の知ってる反抗期(というか、ルミちゃんの反抗期)はもっと酷かった気がするんだけど。

「焦凍くんは?なんでここに来たの?」
「プロヒーローの話を聞きたいと思って」
「へぇ」
「俺は親父の言いなりでここにきたわけじゃないです。俺は、自分の意思でプロに会いにきた」
「……」
「いつか親父を越えたい。でも俺には知らないことの方が多すぎる、だから……」

 焦凍くんは語る。エンデヴァー事務所でインターンを行なっていること。父を拒絶していたが、今はNo. 1である父の姿を見ることで勉強していること。いつか独立して自分の事務所を持ちたいこと。自分は自分として、大切な人を守れる"ショート"というヒーローになりたいこと──その想いは燃え盛る炎のように熱烈で、でもやるべきことをしっかりと見据えている。少年のまっすぐな想いに、私は図らずも胸を打たれてしまった。こんな想いを聞かされたら、協力するほかないじゃないか。
 そこから堰を切ったように、焦凍くんはプロがどのように活動をしているのか質問してきた。経営のこと、プロモーションのこと……熱心に聞くものだから、思わず私も話に力が入ってしまう。なんだか、焦凍くんのイメージがどんどん変わっていく気がした。

「じゃあ、ミルコは事務所持たずにやってるのか」
「そう、だからミルコさんの場合初期費用は抑えられたかなぁ。とはいえ、移動手段があることが前提だね。あと移動のたびにホテル費用が嵩むから、物件借りるのと比べたらトントンかも。あと、マーケティングも少し難しいかな……地元密着型の方が人気が確立することもあるよ、ホークスみたいな」
「ああ。博多はホークス一強だって……詳しい友達が言ってたな。他にも有名どころはいるけど、やっぱりNo.2になるだけはあるって」
「人気はまず認知から。やっぱり、毎日活動している様子を見てもらえるって強いのよね」

 せっかくの高い食事は冷め切ってしまっただろう。作った人とエンデヴァーには申し訳ない。しかし、ここで話を止めてしまったら、ヒーローの情熱はどうなるのだろう。そう思うと、焦凍くんの話を遮る気は全く起きなかった。
 そうして、どのくらい話していたかはわからない。ただ少し日が傾いてきたところで焦凍くんが「悪い、門限あるんだ」と言ったことで、私たちの会話は終わりを告げた。

「ご、ごめんね!たくさん話しちゃって」
「いや、俺が聞いたから……公星さんは答えてくれただけだろ」
「ううん。私もつい盛り上がっちゃって……あ、雄英まで送るよ」
「いや、先生が迎えにきてくれるらしい」

 雄英が全寮制になったというのは、少し前にちょっとしたニュースになっていた。例の敵連合の影響であるらしく、プロヒーローとしては、若人が自由に外出もできない社会に胸が痛む思いだった。先生が迎えにきてくれるというのはなんとも過保護に聞こえるが、生徒が一度誘拐されているという彼らの背景を聞けば納得だった。
 そういえばと思い仲居さんにお会計の旨を伝えると「すでにいただいております」とだけ伝えられた。エンデヴァー、本当に払ってくれていたんだ。どれだけ焦凍くんのこと好きなんだ……などと失礼なことを考えていると、焦凍くんが「なぁ」と口を開いた。

「連絡先、交換しませんか」
「えっ……いいの?私なんか……」
「なんかじゃないです。連絡先これでいいですか」

 差し出されたスマートフォンには、某メッセージアプリのQRコードが表示されている。恐る恐るそれを読み取ると、焦凍くんの名前が表示されていた。アイコンは蕎麦だ、蕎麦好きなのかな。またも恐る恐る、友達追加ボタンを押す。うわぁ、これ久しぶりにやった気がする……!アプリの友達欄に、ルミちゃんや家族以外の名前が入るのは久しぶりで思わず感動してしまった。それと同時に、自分の友達の少なさを痛感して悲しくなった。

「えへへ、友達追加とか久しぶりだ」
「俺もだ」
「えっ焦凍くん、連絡先交換してって言われること多いんじゃないの?」
「なんでだ?」
「なんでって──」

 世の女の子たちは、こんなかっこいい子いたら放っておかないものだと思うけど。しかしそれを言うのは何となく躊躇われた。少し話していて気づいたのだが、焦凍くんは天然さんである。多分こんなことを言っても、よくわからないと言った反応をするに違いない。これは焦凍くんが悪いわけではないので、私が言わなければいい話だった。

「いや、なんでもない」
「そうか」
「……あ、私のこと下の名前で呼んでくれていいからね」
「どうした突然」
「いや、ずっと私だけ名前呼びなの気になってて……フェアじゃないなって」
「じゃあ、なまえさん」
「……うん」

 お店を出ると、少し離れたところにプロヒーローが立っていた。あ、ミッドナイトだ。ちょっと前にミルコさんがバラエティ番組にお呼ばれした時に、ミッドナイトもいた気がする。遠くから見ても際どい姿をした彼女に、小さく頭を下げておいた。どうやら見えていたようで、軽く手を振ってくれた。ミッドナイトは心優しいヒーローである。人気があるのにも納得した。
 焦凍くんは「今日はありがとうございました」と軽く頭を下げてくれた。最初に感じていた気まずさなんてすぐに忘れて、今は彼と別れるのが少し名残惜しいとまで感じている。料理も美味しかったし、ルミちゃんに自慢しちゃお。そう思って駅の方面に向かおうとしたところで、彼が振り返って言った。

「なまえさん、じゃあ、また」
「……うん、またね!」

 またね、なんて友達みたいなセリフに、子供の頃みたいに胸が弾んだ。


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