人の噂も七十五日


 ハイツアライアンス1-A寮は、休日になると常に朝から賑わっている。それはいつも誰かしらが共用スペースにいるからだ。会話の内容は違えど、愉快な話……話題のプロヒーローや他クラスの噂、好きな漫画の話をしていることが多い。
 しかし今日は紅白頭のクラスメイトと、とあるプロヒーローらの話題で持ちきりだった。

「ホークスとアムステアの熱愛報道ォ!?」
「そうなの、ニュース見てちょうだい」
「間違いじゃねーの?」
「でもほら、親しげ!私服!完全にデートじゃない?」
「でも公星さんは、轟くんともよく出かけているのだろう?それはデートには含まれないのかい?」
「さっすがいいんちょ〜!いいとこ気付くね!だからさ、アタシ的にはホークスはブラフだと思うんだけど〜!」
「轟が本命ってことか!?」
「っんだそれ!轟ィ、羨ましい!!羨ましすぎる!!」
「阿鼻叫喚……」

 噂の人である轟は今はここにいない。いつものごとく母親の見舞いに行くとかで、朝早くから外出している。もし彼がこの場にいたならば、女子生徒たちに「どう思う?」と詰め寄られていたに違いない。
 ホークスと、アムステアこと公星なまえの熱愛報道は、瞬く間にA組だけでなく世間を騒がせた。というのも、完全にホークスのネームバリューのおかげである。ホークスといえばNo.2ヒーロー、しかもイケメン。その気さくさから女子高生のファンも多い彼の熱愛報道となれば、世間も黙ってはいられない。そして、その相手であるアムステアにも同様に注目が集まった。
 A組メンバーからしてみれば、なまえのことは"No.5ヒーローミルコのサイドキック(本人ら否定)"であり、"轟焦凍の友人"であるのだが、世間的なアムステアの評価は"よくわからない女ヒーロー"である。彼女のことを詮索するようなニュースを見ながら、緑谷は「これは大変なことになったな」と思った。同時に心配したのは、友人である轟のことだった。
 二人は歳こそ離れているが、お互いに気が合うらしくそれは良い友人関係を築いている。姉がいるから年上の女性と話しやすいのだろう、というのが緑谷の見解だった。休日はたびたび二人で買い物に行き、暇があれば通話をしているらしい。クラス内では、その仲の良さに付き合っているのではないかという噂が立つこともあったが、轟本人が「友達だ」とはっきり言ったこと、そして何より彼が生粋の天然であることが理由でその噂はたちまち消えた──のだが。

(でも前のかっちゃんとの件で、また盛り上がっちゃったからなぁ……)

 なまえが爆豪を庇ったことで起きた個性事故──そして、それによりなまえが爆豪と付き合っていると錯覚した事件。こっそり見ていた芦戸の「あのときの轟、ちょっと様子おかしかったよ!完全にジェラシーって感じ!」という証言により、轟の「友達だ」という言葉は揺らぐこととなった。結果、轟と爆豪を除くA組生徒らはそれを「ツートップ修羅場事件」などと面白おかしく呼び、現在も女子を中心にこっそり盛り上がっている。
 実際、あの時の轟は友達を奪われて嫉妬していたのかもしれない。爆豪とのことは事故だとわかっていたが、今回のホークスとのことは本当かもしれない。もしそうなら、轟は今度こそ悲しむだろう。

「それにしても、公星さん大丈夫かな……」
「だなぁ……」

 緑谷は、自身の独り言を拾い上げた人物へと目をやる。そこには切島と常闇が心配そうな面持ちで立っていた。

「こんなニュースが出たら、記者に追いかけられるかもしれねぇだろ?公星さん人前が苦手だったみたいだから、辛ェんじゃないかって思ってさ」
「ホークスは人気だからな。もはや四面楚歌だろう……」

 ヒーロー同士の恋愛ゴシップはマスコミの格好の餌となる。ヒーローは常に注目に晒されるものではあるが、私生活を暴こうとする彼らに精神を削られて、ヒーローを引退してしまう者も少なくはない。
 特にアムステアというヒーローは、イレイザーヘッド同様アングラ系の裏方で通っている。切島が言うように、今回のニュースによって記者も世間も彼女を追い詰めるかもしれない──ニュースが出て間もないと言うのに、インターネットはアムステアへの非難の声で満ちている。常闇の言うように、過激なホークスフォロワーはすでに彼女を目の敵にしているらしい。
 緑谷はなまえがここに来た時のことや、チームアップミッションでのことを思い出す。彼女はまだ経験の浅い学生である自分らにとてもよくしてくれた。緑谷はなまえが良い人で、良いヒーローであることを知っている。そんな彼女が、ヒーローを辞めることがありませんように。このニュースが無事に鎮火しますように。そして──友人が傷つきませんように。
 力のない緑谷には祈ることしかできなかった。





「で?何か言い訳してみろよ、ヘラ鳥」
「言い訳なんて、そんな」

 へらっと笑う彼に、ミルコは激怒した。脚が出そうになったところをぐっと堪え、しかし手が出たのは止められず彼の襟ぐりを掴み上げる。ハラハラとした面持ちでホークスのサイドキックたちが見つめる中、両者の睨み合いは続いていた。

「"こんなん"撮られやがって。テメェの人気考えたら、ハム子が叩かれる立場だってわかってんだろ」
「すみません、完全に俺のミスです」
「ミスです、じゃねぇ。なんとかしろって私は言ってんだ」

 "ホークス夜の密会!?お相手はヒーローか!?"という見出しの記事を、ミルコは机に叩きつける。机割れるんでやめてください、なんてふざけたことを言える空気ではなさそうだった。

「うーん、密会ってのはあながち間違いじゃないんですよねぇ」
「ハァ?」
「実際、夜に彼女と会いました。ご飯も行きました。いやーハム子ちゃんってばすごいですね、美味しいお店をたくさん知ってる!」
「っ、テメェ……」
「でも俺に、男としての下心はないですよ。お互い酒も飲まず、ちゃんと終電前までには返しましたしね」

 再びへらっと笑う彼に、ミルコは今度こそ脚が出た。机に乗り上げ、ホークスと額をぶつけ合う。ミルコの顔はヒーローと呼ぶにはあまりに凶悪で、ホークスは「そういえばハム子ちゃんも怒った時こんな顔してたっけなぁ」と内心苦笑した。他人が入り込む余地もないほどに、この二人は似た者同士の親友なのである。

「下心がないだぁ……?あるやつはないって言うモンなんだよ」
「心外だなぁ」
「テメェ前からハム子のこと狙ってんだろ。でもなぁ、テメェだけにはハム子を任せられねぇって思ってんだ」
「へぇ、それはなぜ?」
「私の勘だ」

 ミルコは続ける──テメェは裏で何やってるかわかんねぇ、それにハム子はお前みたいなのが一番苦手なんだよ、と。

「え、ハム子ちゃん俺のこと苦手なんですか?」
「ハム子は鳥苦手なんだよ」

 そんなこととうの昔に知っていた。ホークスは目敏く耳聡い。ハムスターの個性であるなまえが、鳥の個性を持ってるホークスに対して恐怖心を抱いていることなど、彼女の様子を見れば簡単にわかることだった。しかしだからといって、関わらないというわけにもいかない。だからホークスは惚けることにした。知っていると素直に言えば、きっとミルコは今以上に怒るだろうと考えてのことであった。

「だから私は、テメェとハム子がそういう関係じゃねぇって知ってる。ただテメェのフォロワーや世間はそんなん知らねぇ。お前が"これ"を否定しないと、ハム子は叩かれっぱなしだ」
「……ミルコさんって、なんでそんなハム子ちゃんのこと気にかけてるんです?」
「はぁ?」
「だってサイドキックでもないのに」

 なぜミルコがなまえを気にかけるのか、ホークスは知っている。彼女らは幼馴染で、なまえをヒーローに誘ったのがミルコなのだという。しかしこれはどこかのインタビュー記事で載っていた情報でしかなく、ミルコやアムステアのフォロワーならば当然の知識であった。ホークスはそんなものに興味があるわけではない。
 話を逸らされたことに気づかず、ミルコは彼の襟から手を離し考える。しかし頭脳担当はここにいない"彼女"であって、ミルコの領分ではない。ミルコはいつだって、本能のままに動くだけだ。だから今回も、特に考えずに物を言った。

「私がアイツをヒーローに誘った。だから私はこの先ずっとアイツに付き合うんだよ」
「……」
「悪ィか」
「いいえ、ちっとも」

 ホークスは肩をすくめる。その姿に再び苛つきを感じたが、彼がぴっと指を立てたのを見てミルコは動きを止めた。

「さっきの話、続きがあるんですよ」
「続きだぁ?」
「男としての下心がないってのは本当です。でも、ヒーローとして、そして彼女のファンとしての下心はあった。だからミルコさんの言葉はあながち間違いじゃないんです」
「ケッ、正体表しやがったな」
「正体ついでにもう一つ。……俺がハム子ちゃんと何を話したか、知りたくないですか?」

 ホークスは立てた人差し指を口の前に持っていく。それを見てミルコはゲンナリした顔を見せた。耳まで垂らしているあたり、よほど興味がないらしい。しかしそれでは"今回の話"が進まない。ミルコが事務所突入の際に蹴破った扉代は、この後の話で賄わなければならないのだから。

「あなたが俺と"組んで"くださるならば、それを教えて差し上げます。ついでにハム子ちゃんが叩かれないような筋道も立てられます。どうです?俺に協力しませんか?」
「テメェの話はどうでもいい。今は世間を黙らせるのがお前の仕事だ」
「もちろんです。……俺とミルコさん、はじめてのチームアップってわけだ。ハム子ちゃん喜びそうですね!」

 その言葉に、再びミルコは脚が出る。ホークスの座るソファーを思い切り蹴飛ばして、彼女はその鷹の目を睨み付ける。ホークスはいつものごとく笑顔を浮かべつつ、今度こそ自身を蹴飛ばさんとした彼女を見て「こげん嬉しゅうない壁ドンがあると?」と冷や汗を垂らした。





 後日談──ホークスとアムステアの熱愛報道はほとぼりが冷めたようで、しかし別の形で盛り上がりを見せることとなった。

「テレビ見た!?」
「見たー!ホークスとアムステアのドッキリ!面白かったぁ!」
「ケロッ透ちゃん、ドッキリ番組好きだものね」
「公星さん、何かあったのか?」
「轟知らないの?」
「録ってあるから見ようぜ!」

 ハイツアライアンス1-A寮もそれは例外ではない。共用部には生徒たちが集まり、皆でテレビを囲んでいる。そこに映っているのは、先日放映されたドッキリ番組の録画だった。

──いやー、俺ね、めっちゃハム子ちゃんのファンなんですよ。だからあのツーショ撮られたとき流石に焦ったな〜!推しとの初ツーショが全国報道!俺が一番びっくり!
──……その節は大変申し訳ございませんでした。
──いえいえ、謝るのは俺の方です。フォロワーの皆さんも、騒がせちゃってすみません。

 ひな壇の中で二人並んで頭を下げる姿は、やはり恋人のそれではない。なまえはホークスの隣でびくびくと怯え、ホークスはいつも通りへらっと笑っている。あのアムステアがテレビに出るなんて、と緑谷は感動した。彼女はいつも裏方だったから、こうして表舞台に出るのはほぼ初めてなのだ。

──でもまあ、今回のドッキリでハム子ちゃんが俺じゃなくてミルコさんにお熱ってのは伝わったと思うんで!

 俺はフラれたってわけです、とホークスは言う。それに対して司会は「熱愛報道じゃなくて、失恋報道の方が良かったですかね」と弄ると、周りはドッと笑う。それに合わせて、「じゃあそんなホークスの失恋VTRスタートです!」と合図を出したところで、それを見ていた轟は頭を傾げた。

「……どういうことだ?」

 彼の言葉は誰にも拾われることなく、VTRは始まる。熱愛報道に写っていた姿のままのなまえとホークスが個室らしき場所で食事をとっていた。二人はたわいもない話を続けているが、特にこれと言って親しい様子はない。なまえに至っては、轟が見るに自分と会話する時よりずっと堅いと感じた。
 ふと、画面の中のホークスが真剣な表情に変わる。

──で、ハム子ちゃん。本題なんですけど。
──はい。
──うちの事務所に来る気はないですか?

 その言葉に、なまえの顔がさらに強張った。

──それは……そのまま、ホークス事務所にお伺いするって意味ではなく?
──もちろん!うちでサイドキックとして働きませんかっていう、スカウトの意味です。
──……。
──うちも忙しくなってきたので人手が欲しいんです。でも、ただの人手じゃない。俺について来れそう人が欲しい。
──まあ、ホークスについて行けそうな人はなかなかいないですからね。
──でしょう?……貴方のスピードも事務処理能力も目を見張るものがある。きっと貴方なら俺の元でやっていける。

 ホークスは食べていた焼き鳥の串を串入れに刺すと、立ち上がってなまえに向かって手を伸ばした。それは彼女に触れることはなく、彼女の目の前で止まる。

──だから俺の事務所に来てください、アムステア。

 その姿があまりにもプロポーズ染みていたものだから、A組女子生徒は思わず黄色い悲鳴をあげた。
 画面の中では、なまえもホークスも真剣な眼差しのまま固まっている。見ている人は皆、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
 そして、そこから動いたのはなまえの方だった。

──……申し訳ございませんが、お断りさせていただきます。

 少しの沈黙。そしてホークスは差し出していた手を下ろすと、「それはなぜ?」と尋ねた。

──ミルコがいるからですか。
──ええ、まあ。
──なぜそこまで彼女に肩入れするんです?ミルコのサイドキックというわけでもないのに。

 なまえはその言葉に苦笑いをした。自分自身、ミルコのサイドキックではないと公言しているが、他人に言われると「本当にそうなんだ」と思い知らされることになる。しかしなまえは、ミルコ本人にそう言われた時よりはショックを受けていなかった。

──確かにそうですけど……私はあの人の近くでヒーローをやりたいんです。
──あなたにとってミルコは、そこまで特別なヒーローですか。
──ええ。

 臆面もなく恥ずかしげもなく、なまえは晴れやかな顔で頷く。自分には絶対に見せない表情だ、とホークスは思った。自分と話す時はもっと壁があるし、もっと怯えた表情を見せている。しかし今の彼女は、オールマイトのように全ての闇を晴らしてしまいそうだった。

──私、ずっとあの子の隣にいるって決めたもの。

 ……VTRはそこで終わっている。スタジオにいるなまえはというと、先ほどまでとは打って変わり、顔を真っ赤にさせて俯いていた。
 轟はそれを見て「いつものなまえさんだ」と思った。ミルコのことになるとなまえは少しだけ勇気が出る。恐怖心も羞恥心も捨て去って、何だってやってしまう。そしてずっとミルコのそばにいたせいか、なまえはその実強気なのだということも轟は知っていた。
 しかしそのことを知らない人々はその強気な姿が意外に見えたらしい。ギャップ萌えだとか、なんとか騒ぎ立てる周囲に轟は眉を顰めた。

「いやー、これは公星さんの人気鰻登りかもなー」
「見た目も性格も個性も可愛いし!」
「轟ピンチじゃん〜?」
「なんでだ?」
「公星さんが人気になったら……ねぇ?」

 ニヤニヤと笑う同級生に、轟は「なまえさんが人気になったら嬉しい」と澄ましたように言う。そんな轟の姿はもはや慣れたもので、しかし女子生徒だけはキャーキャーと小さく悲鳴をあげていた。どうして女子はこんなに悲鳴を上げるのだろう。轟は帰省の際に、なまえの話やドラマの話になるたびに悲鳴をあげる姉のことを思い出していた。
 緑谷はそんな彼をいつも通りだなぁと思いながら再びテレビの画面に目をやった。画面の中では、司会の女性アナウンサーがミルコの言葉を読み上げている。

──ハム子のバーカ、こんなドッキリにひっかかりやがって。
──なっ……バカとはなんですか、ミルコさん!!
──アムステアさん、それ手紙だから!

 荒っぽい言葉を淡々とした口調で話すアナウンサーと、思わず言い返してしまったなまえに笑いが込み上げてくる。しかしそれ以上に、彼女がヒーローを辞めなかったことと、隣にいる友人が悲しむようなことがなかったことに安堵した。アムステアの初テレビ出演に喜んでいる轟を横目で見つつ、緑谷は小さく笑いを噛み殺した。


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