同じ釜の飯を食う
「というわけで連れてきた」
「お、お久しぶりです!ヒーローアムステア!」
「本日はよろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします……」
私の前には、ワイワイとはしゃぐ雄英高校1年A組の生徒たちがいる。そう、焦凍くんは有言実行の男だった。
焦凍くんとお出かけしてから1ヶ月が経った。つまり、年も越した。彼とはしばらく会えなくて、新年の挨拶はメッセージでやりとりをしたくらいだ。その新年の挨拶がきてしばらく……三が日が過ぎようとしたぐらいに、彼から再び連絡が来た。
──11日に寮で餅つきするので、よければなまえさんも来てください。
いつものように要件がしっかりしているメールに好感度は毎回上がってしまう。人として好きというのはこういうことだ。仕事もなかったし、もちろんすぐに行きますと返信した──その時の私は、寮だから人がたくさんいる、なんてことを考えていなかったのだった。
しかし、焦凍くんは友達が少ないと言う私を気遣って今回の会に招待してくれたのだろう。人が多いということなど、その気遣いで十分打ち消されてしまう。はずだ。そうだといいな。
「何でここにアムステアが!?」
「俺が呼んだ」
「轟ィ!ナイス!ナイス!」
「おう」
「お久しぶりです!」
「です!」
「で、です……」
寮に入るなり、私はすぐに生徒たちに囲まれた。元気も元気、めちゃくちゃ元気。わぁ、若いってすばらしいなぁ!眩しいなぁ!なんて、少しだけ意識を飛ばす。前回同様、イレイザーヘッドがこちらを見て笑っているような気がした。
「餅つきって聞いたから、その、これ」
「わっ!あんこ!」
「きなこに海苔……ずんだまで!?」
「ありがとう公星さん!」
「ウチきなこもち大好き!」
「麗日はお餅なら何でも好きっしょ?」
「えへへ……」
餅つきをしようと言い出したのは、どうやらこの麗日さんらしい。お餅が好きだからつきたてが食べたい。ついでにトレーニングにもなるし!とのことだが、そのついでは本当についでだろう。先生方の許可を得るための口実っぽいなと話を聞いて思った。
実際、餅つきをしているのはパワー系個性を持つ男の子たちが中心だった。砂藤くんと緑谷くん筆頭に、それから尾白くんに切島君。腕っ節に自信がある彼らがつけば、もち米は瞬く間にお餅へと変化する。少し喧嘩っ早そうな爆豪くんが参加し始めてからは競争になったりしたけど、特に問題も起こることなく進んでいった。途中で障子くんが複製腕で同時に二つついていたり、八百万さんが創造で餅つき機を出していて個性って便利だなぁと思ったり。
私はというと、パワー系じゃない子たちと一緒に餅を丸めていた。若い子に紛れてやるのは少しだけ恥ずかしさもあったが、A組の子達は持ち前のコミュニケーション能力でたくさん話しかけてくれるのでありがたい。いつの時代だって高校生は無敵だ。
「てか公星さん!彼氏!彼氏とかいないの?」
「悲しいことにいないよ……」
「好きな人とかは?」
「ん、ん〜、あんまり」
「この人かっこいいなぁって人とか!」
「ミルコさんじゃだめ?」
「だめー!」
そして女の子はいつだって恋バナが大好きだ。だが残念ながら、私は恋愛とは無縁である。悲しいかな。かっこいいと思う人もそんなにいない。顔がかっこいいのはともかく、仕草や行動がかっこいい人となると……身近だとやっぱりミルコさんだ。自分を顧みないで助けるヒーロー、私の大切なヒーロー。どんなヒーローよりもミルコさんはカッコいい。ミルコさんは、ね。
「顔!顔でいいから!」
「顔、顔ねぇ。ベストジーニストとかホークスとか?……あっ」
「あっ?」
「焦凍くんはかっこいいと思うよ」
顔が整っているのはもちろん、気遣いがができるという点で私の中では好感度の高い焦凍くん。おそらくだが、さぞかしモテるんだろうなぁ。前にお出かけした時もいっぱい視線を集めていたし、お育ちもいいし、ヒーロー志望で強いし……うーん、モテないわけがない。
ふと、シーンとあたりが静まり返っていることに気づく。餅を丸める手から視線を上げると、全員が固まって私の方を見ていた。き、気まずい。気まずくなって思わず丸めていた餅を口に詰めてしまった……あ、おいしい。
「おもひ、ふごくおいひいよ、」
「……ちょっと今の詳しく!」
「へ?おもひ、あまふておいひい……」
「そっちじゃなくてぇ!」
「え、ええっ!これは事情聴取ですわ!」
「やっぱ顔かぁ」
「顔だなぁ」
「顔だよなぁ」
「チクショー!!オイラは認めねぇ!!」
……なんか、阿鼻叫喚?何でだろうね、と思って隣の轟くんを見る。轟くんは轟くんで「なまえさんの作った餅小せぇ」と自分の餅と見比べていた。しかし焦凍くんの方を見ると、そこには良いとは言い難い形の餅が量産されていっている。焦凍くん意外と不器用なのかな。
「焦凍くんのはうまく丸まってないじゃない」
「体温のせいだ」
「そっかぁ……飯田くんのはなんかカクカクだね」
「はい、我が家は角餅だったので!」
「角餅ってそういう作り方だっけ?」
関東は角餅で、関西は丸餅なのだとか聞いたけどどうやら本当らしい。私はルミちゃんと同じく広島出身なので丸餅が主流だった。そして、どうやら同じく関西出身らしい麗日さんはそれはもう綺麗な丸餅を作っていた。ここまで来るともはや芸術品に近い。餅が好きだと聞いてはいたけど、まさかこんなに好きだとは思わなかった。
丸めながら、お互いの実家の話をする。麗日さんのお宅はあまり裕福じゃないけど、母が正月に作ってくれるお餅が何よりもごちそうだったとか。飯田くんは、小さい頃に家族で食べた雑煮が美味しかったとか。お兄さんであるインゲニウムが退院して、今年の年末は久しぶりに家族全員で食べられたらしい。
私はというと、広島の実家にしばらく帰っていない。それはルミちゃんも同じで、特に帰らない理由はなく、単純に忙しかったのだ。今年もいつも通り忙しく、彼女と全国を駆け回っていた。年末年始は敵発生率がぐんと跳ね上がる。クリスマスに年越しとイベント目白押しなのもあって、みんな気分が高揚しているらしい。そういう時は敵もやりたい放題になるのだ。
「轟くんちはどうだったん?」
「俺は……特に。餅つきも小さい頃はしてた気がするけど、最近はしてねぇな」
「そっかぁ」
「でも、年末年始は蕎麦が食べれるから、それだけは楽しみだった」
「年末年始?」
蕎麦って普通年末だけじゃない?そう聞こうと思ったが、「みんなー!!」という元気な男性の声に遮られて、それは叶わなかった。
「来た、来たよー!俺が、来た!」
「こ、こんにちは……」
「エリちゃんだ!」
「こんにちはー!エリちゃん!」
「ケロ、元気にしてたかしら」
「う、うん……」
「あれ?もしかして俺、透過してる?」
「通形のギャグ、ツッコミづらーい」
金髪の男の子と、彼に手を引かれている小さい女の子。それから髪の毛がうんと長い女の子に、少し離れたところに後ろを向いたままの男の子がいる。しばらく緑谷くんがいないなぁと思っていたけど、どうやら彼らを呼んできたみたいだった。
エリちゃん、という名前には聞き覚えがある。先日の死穢八斎會の事件で保護されたという女の子の名前だ、理を壊すと書いてエリという。そして彼女の手を引く金髪の彼こそ、その中で活躍した雄英3年生。かのサー・ナイトアイが認めたヒーロー、ルミリオンなのだろう。
「知らない人がいるね!」
「こんにちは、私はアムステアっていいます」
「アムステア!ああ、ミルコの!はじめまして、ルミリオンです。本名は通形ミリオ、よろしくお願いします、アムステア!」
「本名は公星なまえなので、なまえでいいです」
「じゃあなまえさん!」
ルミリオンは個性を失ったと聞いたが、そのヒーロー性は変わらない。笑顔のままの彼を見てそう思った。ああ、すごいなぁ。私もこの個性がなくなったとして、彼のように生きていけるだろうか。個性とはアイデンティティだ。私はこの個性が無ければ、きっとルミちゃんに出会うこともなかっただろうから、ヒーロー以前の問題である。個性がなければきっと、私は今ここに立っていない。
通形くんから差し出された手を握って、それから彼の脚にくっついているエリちゃんに目線を合わせる。
「はじめまして、私はなまえって言います。あなたのお名前は?」
「エリ……あの、えっと、なまえ、さん」
「うん」
「……って、呼んでもいい、ですか?」
「うん。私もエリちゃんって呼んでもいい?」
「うん!」
エリちゃんから差し出された小さい手をきゅっと握った。
◆ 「ハムスターなの?じゃあご飯たくさん食べられるの?」
「うーん、たくさん食べれないかな。今もお腹いっぱいだから」
「頬袋にはいっぱい詰めれるのに?ふっしぎ〜!」
「波動さん……あんまり質問攻めは良くないと思う」
「ハムスターの頬袋って食料を詰め込むためにあるんですよね?食料以外にも何か入るんですか?ずっと気になっていたんですが、アムステアはどのくらいハムスターに寄っているんですか?歯は伸びますか?回し車は何分ぐらい回せるんですか?ハムスターといえば視力が弱いとのことですが、弱点にもなりうる習性を一体どのように乗り越えていらっしゃるのでしょうか」
「緑谷君も結構グイグイ行くよね!」
餅を丸め終わったら食事タイム……なのだが、私はというと通形くんらと一緒にやってきた波動ねじれさん(と、なぜか緑谷くん)にこの通り、質問攻めにあっていた。天喰環くんが時々止めてはくれるけど、波動さんがグイグイくる性格なのと天喰くんもそこまで強くは言い出せない性格なのも相まって質問がやむことはなかった。
波動さんはかなり自由な性格で、出会い頭に私の耳を「それどうなってるの?コスチューム?本物の耳?ふわふわ!かわいい〜!」と言って問答無用で触ってきた。まあ正直、悪い気はしない。だってなんとなく、ルミちゃんと同じ空気を感じるのだ。振り回すのが上手いというか。
緑谷君は……うん、本当にヒーローが大好きなんだろうね、と言った具合だ。さっきからノートを書く彼の手が止まらない。餅固まっちゃうから早く食べた方がいいよ、とやんわり勧めているけど手も口も止まらず、溢れる溢れる質問の山。向上心はいいことである。
友達がいないとあれだけ言ったが、結局焦凍くんのおかげで友達……とまではいかなくても、人と話すことに少しだけ慣れてきたかもしれない。
「なまえさん、隣いいか」
そんなことを考えていると、噂をすればなのか焦凍くんが皿を片手にやってきた。男の子だから良く食べるらしく、比較的大量の餅が皿には乗せられている。いや、私が少食なだけかもしれないけど。
「楽しそうでよかった」
「うん、すごく楽しいよ。誘ってくれてありがとうね、焦凍くん」
「もし負担になってたらどうしようかと思ってました」
「え?なんで?」
「なまえさん、大勢いるのは苦手って言ってたし」
「う、まだ苦手だけど……でも、だいぶ慣れたよ」
A組の子たち……だけじゃないか。雄英の子達はみんな、ヒーロー志望というだけあって心優しい良い子たちが多い。塞ぎ込みがちな私にも積極的に話しかけてくれて、大人ながらに情けないけどそれはもう助かっている。すっごく。
「俺も人付き合い苦手だったからわかる」
「申し訳ないけど、そんな感じするよ」
「でもこいつらは……そんなこと、気にしないから、」
焦凍くんはその先を言わなかった。言わずにただ、皿に乗せられた餅を口にする。──気にしないから、気にしないでいい。そんなニュアンスのことを言いたいのだろうというのはすぐにわかった。まったく、彼も心優しい子たちのうちの一人なのだ。
「あ、そういえば」
「ん?」
「年末年始の蕎麦の話なんだけど……なんで年始も食べるの?」
「俺がリクエストしてるからです」
どうしても気になっていたのだ。年越し蕎麦ならわかる。ただ年明け蕎麦となると、やっぱり良くわからない。まあ蕎麦って縁起が良さそうな感じはするし、別に食べちゃダメだってわけではないんだろう。でも、なんか焦凍くんっていつもそば食べてる「あと、誕生日だから」ような……?
「……ん?誕生日?誰の?」
「俺の、ですけど」
「いつ?」
「1月11日」
「……今日じゃん!!」
今日じゃん、今日じゃん、じゃん、じゃん、ん……──私の大声が、A組寮の共用スペースに響く。全員が私の方を見たし、目の前に座っていたエリちゃんがワッと言って耳を塞いでいた。大人気ない事をした、猛省、自分でも想像以上に大きい声が出てしまった。ごめんね、なんでもないです。と周りに謝ると、静まり返った周辺にまたワイワイと賑やかさが戻ってきた。
「え、えっと、きょ、今日……?」
「今日です」
「な、なんで言ってくれなかったの……って、これは聞きそびれた私のせいだね、ごめん」
「いや、俺も言わなかったから」
私たちの会話を聞いていたらしい上鳴くんが「もしかして知らずにこの会に来たんすか?」後ろから声を上げた。逆にこの餅つき大会、そういう意図があったの?ええ、だって、餅つき大会は餅つき大会じゃない。そもそも、焦凍くんはこの会の意味知ってたのかな。
「轟に誕プレ何がいい?って聞いたら、蕎麦がいいって言ったんすけどね」
「それじゃあつまらん!って思って、じゃあ蕎麦打ちにするかーって!な?」
「そうそう。でもほら、蕎麦って年末に食べるじゃないですか。あと蕎麦打ちってなんか難しいし」
「で、麗日がじゃあ餅つきしようって」
説明ありがとう。切島くん、上鳴くん、瀬呂くん。でもやっぱり、私にはなんで餅つきなのかわからなかったよ。
三人が言うには、焦凍くんのお皿に乗せられたお餅はみんなからの誕生日プレゼントを兼ねているそうだ。俺は蕎麦もあげたけど!俺も〜。餅だけじゃ特別感ないしなぁ、と彼らは言う。蕎麦に特別感があるかはさておき、たしかに好物というのは特別感があると思う。
「しょ、焦凍くん……」
「どうした、なまえさん」
「誕生日プレゼント、なにがいい?」
「いや別に、なくていい」
「そういうわけにもいかないでしょう?」
「前になまえさんも言ってたろ、気持ちだけでって十分だって」
「む」
「俺もそう思う」
過去の自分を猛烈に殴りたくなった。
私自身は祝ってくれるだけで良いと思っていても、やっぱり祝う側にしてみたらあげたくなるものなんだなぁ。物をあげるのが全てとは限らないけど、でも他人がしてあげられることって限られているし。ほんのお気持ちだけど、誕生日を素敵に過ごしてほしいという気持ちもあるわけで。
「じゃあ、美味しい蕎麦屋に連れてって欲しい」
「結局蕎麦じゃない」
「だめか?」
「だめじゃないけど……わかった、わかりました。でも私、これから忙しくなると思うから、もう少し落ち着いてからね」
──先日、AFOの意思を持つものが動き出したと連絡があった。敵連合が本格始動する前に、私たちは叩き潰さないといけない。今回はヒーロー総動員となることだろう。
私は弱いヒーローだからきっと裏方に徹するだろうけど、No.5ヒーローのミルコさんはそうも言ってられない。彼女のサポートのため、また伝達作業のために私は今から駆り出されている。
今日は束の間の休みだったというわけだ。なんか、焦凍くんが連絡をくれるタイミングは丁度良いというか、私は運がいいらしい。
「おい轟ィ……お前、俺たちの前でデートに漕ぎ着けるとは、当てつけか?当てつけなのか?おい!」
「当てつけ?」
「ま、まあまあ、峰田くん。轟くんもそんなつもり無さそうだよ?」
「いいか緑谷ァ!男女が二人で会ってたらそれはもうデート!そのつもりもどのつもりもあるんだよ!」
「でぇと……みつげつなだんじょのこうらく?」
「エリちゃん!?」
「阿鼻叫喚、地獄絵図とはこのことか」
結局、峰田くんはワァワァと騒いで、やってきたイレイザーヘッドに縛り上げられていた。時間とともにお餅はどんどんと減っていく。ついでにパーティーだ、とみんなが持ってきたお菓子やジュースも。
最後の締めには砂藤くんの作ってくれたお汁粉が振る舞われ、それは騒ぎ疲れた私たちの体にじわりと染み渡った。ああ、明日が来てしまう。明日からはいっぱい働かないといけない。でも不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。
「焦凍くん、誕生日おめでとう。それから、改めて呼んでくれてありがとう」
「なまえさんもありがとう、来てくれて嬉しかった」
「それは良かった」
「……あと誕生日プレゼント、姉さん喜んでくれた。それもありがとう……ございます」
「いまさら敬語?」
「また家にも来てほしい」
「うん。それは必ず」
次会えるのはいつになるかな。蕎麦屋さん調べておかないと。ああ、乾麺でいいなら後で美味しいお蕎麦でも送ろうかな。焦凍くんの分だけじゃなくて、ここにいるみんなの分も用意してあげよう。もしかしたらうどん派とか、蕎麦アレルギーの子もいるかもしれないから、麺類詰め合わせセットにしようかな。素麺……だと、少し夏っぽいかしら。
そんな事を考えながら家に帰ると、ルミちゃんが帰ってきていたらしく、家の中はすでに暖かかった。寒いと冬眠してしまう私としては、帰ってくると家が暖かいのは大変ありがたい限りである。
「ただいま、ルミちゃん」
「おう、おかえり……って、なんだぁそりゃ?」
「お餅。雄英の子たちと餅つき大会してたんだけど、余ったからどうぞって。ルミちゃん何個食べる?」
「全部」
「はいはい、三つね」
「四つにしろよ」
「……三つでも食べ過ぎだからね?」
敵連合がどんな事をしようとしているのかはまだ知らない。それでも、スパイとして潜り込んでいる誰かが掴んだ情報を、私は全国のヒーローに伝えなければいけない。大変な道のりになるだろう。うまく動かなければ、敵連合に目をつけられるかもしれない。
でも大丈夫、楽しみも約束もまだこんなにあるんだから。おちおち死んでもいられない。
「……ねぇルミちゃん、美味しい蕎麦屋さん知らない?」
「知らね。なんで?」
「蕎麦好きな子がいるんだけどね……」
さあ、次はいつ彼に会えるかな。自分よりずっと歳下の友人に想いを馳せて、夜はますます更けていく。