私たちの一つ下の後輩は、とてもよくできている。それは術師的というよりも、人間的に良くできていると言った方が良いかもしれない。もちろん、術師としてはいい線をいっていると思う。しかし、六眼と無下限を併せ持った私の同級生──五条悟と比べたら、全術師はスタートラインにすら立てていない。もちろん、私だって同様だ。でも悟を抜いたなら、三人いる後輩は皆、そのうち一級になれるだけの実力を持つとてもよくできた術師だった。

「式神使いは真っ先に術者が狙われる。なぜだかわかるかい?」
「術式だよりになりやすくて、フィジカルが弱い可能性があるから。です」
「正解。というわけで私と手合わせしよう」

 みょうじはその三人の後輩のうちの一人だった。蛇神を使役する降霊術の持ち主。彼女の家は神社なのだと聞いたことがある。その神社の祭神が蛇神なのだろう。あくまで降霊術であって操術ではないはずなのだが、あの蛇神はみょうじよりかなり格上のはずなのに、随分と容易く扱っていた。
 降霊術と呪霊操術、私たちの術式はかなり似ている。使役対象は天と地ほどの差があるが、式神使いはどうやっても戦闘スタイルが似てくる。だから、彼女の手合わせに私はよく付き合っていた。みょうじはすぐに一級になるだろう。そうなればいくら学生といえど、任務は増え危険度は一層増す。トレーニングの時間より任務の時間が増えれば、こうして私が教えることも少なくなる。だからこそ、今鍛えてあげなければならない。
 入学して間も無くのみょうじのフィジカルはそこそこだった。男女の体格差ももちろんあるが、それにしたって一般人より少し強い程度、つまり術師の中で見たら弱い方だった。

「はい、今ので死んだよ」
「っ……!」
「相変わらず振りが大きいね。もっと相手に悟られないようにしなきゃ。それに、視線もバレバレだよ」
「も、もう一度!」
「いや一回休憩しよう。ずっと水を飲めてないだろう、買ってくるから休んでて」

 彼女の「私が……」という言葉に軽く手を振る。何も言わずに自販機まで歩いていると、じっと何かを眺めているもう一人の後輩とかち合った。

「何を見てるんだ?」
「お二人の手合わせを」
「そうか。七海も入る?」
「報告書を出さないといけないので」

 グラウンドにいるみょうじは先ほど教えた型を繰り返し練習していた。休んでてと言ったのに。彼女は少し真面目すぎるきらいがあるのを忘れていた。私が声をかけても、七海はずっと彼女を見つめている。

「大丈夫、怪我しない程度にやるから」
「何も言ってないですが」
「顔に心配だって書いてあるよ」

 七海はみょうじのことが好きだ。同様にみょうじも七海のことが好きだった。しかし、本人たちはそれに気付いていない。灰原なんかは「早く付き合っちゃえばいいのにって思うんですけど、今の二人は十分幸せそうなので、言う気もなくなっちゃって」と言っていた。灰原はいい奴だ。しかし、あの傍若無人のおぼっちゃまはそうもいかない。毎日二人を揶揄い、邪険にされても口を出す、馬に蹴られると言っても聞く耳も持たない。「無下限あるから蹴れないだろ」と生意気を言っていた。しかしまあ、私もどちらかというと悟の言いたいことの方がわかるのだ。付かず離れず、しかし友達というにはあまりにも近すぎる二人は見ていて大変焦ったい。談話室で二人並んでパンを食べる姿は、夫婦の朝ごはんの光景によく似ている。

「手合わせでの怪我はいいです。任務で死んでしまうことに比べたら、些細なことですから」
「熱烈だなぁ」

 ──先日、先輩の術師が亡くなった。私や七海も仲が良いとまではいかないが、面識があり言葉を交わしたことのある先輩だった。この世界はよく人が死ぬ。命の境が曖昧になって、そのうち感覚が麻痺していく。死ぬことは当たり前ではない。誰かが死ぬのはとても悲しい。何回も何回もそんな想いを味わううちに、悲しさが当たり前になって、慣れきってしまう。こうして、術師が出来上がるのだ。
 七海はみょうじが死ぬことを怖がった。みょうじが任務から帰ってくると必ず顔を見たがった。いつだって真っ先に出迎えて怪我がないか聞いている。しかし悟られるのが嫌なのか、何気なくたまたま通りがかったかのような顔でやってくる。そんな七海を見て「ずっとなまえのこと待ってたもんね!」と灰原は笑顔で言い、悟はげーっと舌を出していたことを思い出した。

「じゃあ七海が渡したら?これ」
「言ったでしょう、報告書があるって」

 私の差し出したペットボトルを軽く躱すように去ってしまう。それでも、意識はグラウンドの方から外さない。熱烈だ、こちらが茹ってしまうくらい。さっさとくっついて仕舞えば鎮火するのだろう、いや余計燃え上がるのだろうか。なんて、馬鹿みたいなことを考えていた。



「おっせーよ、傑」
「おや」

 途中で学長に声をかけられ寄り道をしてからグラウンドに向かうと、そこにいたのは悟だった。休んでいたはずのみょうじはぐったりと地面に座り込んでいる。対して悟はピンピンとしており、人を揶揄っている時みたいに生き生きしていた。

「夏油、せんぱい……お水、ありがとうございます……」

 みょうじは息も絶え絶えに、顔は疲弊を滲ませており、全身はかすり傷と土埃に塗れている。悟がちょっかい(という名のシゴキ)をかけたのは一目瞭然だった。私の差し出したペットボトルを手に取ると、それを一気に流し込んだ。彼女はお淑やかそうな顔をして意外と豪快なところがある。

「俺も混ぜろよ」
「混ぜろって……今まさに混ざってるだろ」
「2対1するに決まってんだろーが」
「私とみょうじ対悟?」
「いや。俺と傑、対みょうじ」
「弱い者いじめは良くないって前も言ったじゃないか」
「言ったっけ?」

 みょうじに「立てる?」と聞くと、彼女は小さく「はい」と言った。

「じゃあ問題。圧倒的力量差、数の有利もない、そういう時はどうするべきだと思う?」
「逃げることに命を賭けます」
「うん。いいね」
「逃げて、応援を呼ぶべきです」
「そう。だから、」

 彼女は優秀だ。式神の使い方も戦闘における考え方も柔軟。家柄ゆえか呪物や呪具にも詳しく、扱いがうまい。術師としてのセンスがある。いつか一級になれるだろう。でもやはり、身体能力はまだまだ鍛えなければならないな。冥さんのように術式なしでも戦えるくらいまで仕上げてもらわないと、早くに死んでしまうだろうから。

「鬼ごっこしようか」
「えっ」
「ヨーイドン」

 私の言葉を聞くと、みょうじはすぐに駆け出した。理解が早くて助かるよ、やはり出来のいい後輩を持つといいな。隣でニヤニヤと笑う男にも少し見習って欲しいくらいだった。

「弱い者いじめは良くないんじゃなかったか?」
「悟と比べたらみんな弱いだろう。言い出したらキリがない」
「で、何秒待つの?」
「30秒。前やったときもそうだったから」
「ハンデにならねー」

 その言葉通り、悟はすぐにみょうじを見つけ、捕まえて──伸した。悟は彼女に容赦がない。顔面にも構わず拳を入れ、服がボロボロになったところで「一応女の子なんだから」と声をかけたが「あ?術師に女も男もあるかよ」と突っぱねられてしまった。まあ、そうなんだけど。地面に伏せる彼女を抱き起こして、ペチペチと頬を軽く叩く。うめき声が聞こえるだけで起きる気配はない。
 悟は彼女に容赦がない、悟はみょうじのことをあまり好いていない。有り体に言えば嫌っている。なんでも「あの蛇キモい、見たくない」だそうだ。呪霊の方がよっぽど気持ち悪い見た目をしているのに、たかが蛇を怖がるなんてガキっぽい。それに、嫌いだと言いつつ、ちゃんと後輩として可愛がっている所もあるのだ。嫌よ嫌よも好きのうちとは言うが、そういうところもガキっぽい。

「保健室に連れて行こうか」
「は?そこら辺に寝かせとけばいいじゃん。勝手に伸びてるだけだし」
「伸したのは悟だろ」

 彼女一人を運ぶくらい大した労働ではない。そのまま横抱きする形で運ぼうとしたところで、遠くから大柄の男が近づいてきた。

「……七海」

 色素の薄い金髪を揺らして、いつもの冷静そうな顔で大股でこちらに迫る。七海だ。隣の悟はゲ、という顔をしていたが、みょうじを横目で見やるとにぃっと人の悪い笑みを浮かべた。

「みょうじは私が運びます」
「彼氏様ご登場とか、なに?仇討ちかよ。俺に敵わないくせに立ち向かおうとは……愛の力ってヤツ?反吐が出るわ」

 運ぶと言っただけで酷い言われようだった。七海は眉を顰めて、悟の言葉を無視する。悟は私の目を見て、何かいいたそうな顔をする。私に参戦しろと?冗談だろ。私は馬に蹴られる趣味はない。

「悟、あまり揶揄ってはいけないよ。それに、まだ付き合ってないと聞いてるけど」
「はぁ?あ、フラれるの怖くて告ってないってこと?これだからドーテーなんだよ、七海ィ」

 やーいなんてガキくさい煽りに、とうとう七海は我慢ならなかったようで、無言で私の腕の中で眠っていたみょうじを奪い去った。私にだけお辞儀をしてそのまま先ほどより大股で、素早く去っていく。流石の悟も追いかける気はないみたいで、それを見て「見た?アイツ。焦りすぎだろ」と笑っていた。性格が悪いなぁ。

「てかずっと俺らのこと見てたってことかよ」
「まあ、そういうことだろうな」
「早く告るか手出すかすりゃいいのに」
「みょうじはそれなりに歴史ある神職の家系みたいだし、婚前交渉って許されてないんじゃない」
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「経験者は語る?」
「……黙秘権を主張する」
「オーケー」

 七海は至って真面目な男だから、そんな順序が逆になるようなことはしないだろうな。あるとすれば、意外とみょうじの方が乗り気で豪快だった場合くらいだ。まあ、人の恋愛事情を無粋に想像するほど私は下衆な男ではないから、やめておく。いつか七海の恋が報われることだけを祈っておこう。





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