私と夏油が新1年と会ってしばらくが経った。私の代とは違い下は随分と穏やかな人間の集まりみたいで、入学してすぐだというのに随分と仲が良いみたいだった。いかにも善人根明の灰原を筆頭に、冷たいように見えて甘さの目立つ七海、そしてその中間地点にいるような普通の女の子のなまえ。中でも灰原と七海は特に仲が良い友人同士で、また、七海となまえは見ているこちらがいじらしくなるような片思い同士だった。まだ1、2ヶ月そこそこしか経っていないはずなのにもうそんな関係性である彼等に驚いたが、確かに私も、あのバカたちとはすぐ打ち解けたし学生ってのはそういうもんなのかもしれない。
 私はその三人の中だったらなまえのことが一番気に入っていた。なまえは私と違ってスレておらず、少し箱入り娘のようなところもある。私とは全く逆のタイプだったが、やはり女子同士というアドバンテージは強い。最近では、二人で夜中に女子会みたいなことをして、たわいもない話をするようになった。七海のことが気になっているという彼女をけしかけるように揶揄った。なんでもなまえは今まで彼氏などいなかったようで、恋愛のれの字もよくわかっていないらしい。ただ、顔を赤らめて七海のことを話すなまえは恋する乙女そのものだった。まあ、今顔が赤いのはなまえが私の酒を間違えて飲んでしまったのが原因なんだけど。一口飲んだだけで真っ赤になって、意識も曖昧になっている彼女とは、もう二度と酒など飲めないだろう。これは最初にして最後の私たちの飲み会というわけだ。

「だって、付き合ったら、結婚とか」
「気が早い……ってわけでも無いのか。神職の家って恋愛とかどうなの?なまえの家、結構古式ゆかしいんでしょ」
「そこらへんは、へーき、ああ、兄はお見合いするみたいですが、私は特に何もしないからじゆうに、って……」
「じゃあ七海も安泰だ」

 私の言葉になまえは「ななみくん……?」と首を傾げたが「こっちの話」と言って誤魔化しておいた。七海がなまえのことを好きだろうというのは、なんとなく空気感でわかる。アイツはわかりにくいように見えてわかりやすい。クールぶってる、というのが私の見解だった。あと夏油と灰原が揺さぶったら意外とすんなりとそれらしいことを言ったらしい。はっきりと好意の言葉を発したわけでは無いみたいだが、言質はバッチリというわけだ。
 ただ、私たちは七海となまえをどうこうしたいわけでは無い。無理やりくっつけるつもりなんて毛頭ないし、一緒にいるからと言って茶化すつもりもない(まあ、個人個人では揶揄うけど)。自然とくっ付いたらおめでたいと思うが、二人のことに私たち他人が口出しても意味はないだろう。関係性というのは自然と成り立つものなのだ。
 しかしまあ、五条みたいなクズはきっとそうもいかない。アイツは人をおちょくるのが好きで、多分七海となまえのような真面目人間は格好の餌になるだろう。そんな二人がいい感じだと知れば、小学生みたいに囃し立てるに違いない──と、ここまで考えたところで、後輩らは未だに五条に会ったことないということに気づいてしまった。運悪く(良く?)1級、特級相当の任務が立て続けに入り、ついでに本家に呼び出された五条は、ここ最近ほとんど姿を見せていない。たまにひょっこりきたかと思えば、またすぐに任務だとかで出て行ってしまう。夏油とは静かでいいねと話していたが、そんな夏油はというと最近少し物足りなさそうに過ごしていた。だから、この後輩たちは五条悟という我儘暴君モンスターを未だ知らないのだ。

「会わないほうがいいだろうな」
「んー……なにが……」
「ううん。これもこっちの話」

 まあ絶対に会わないなんて無理だ。なまえらの恋を五条が気づかないことを祈るしかない。それか、五条の任務がもうちょっと長引くことを祈るしか──そんな淡い期待は、すぐに打ち砕かれることとなった。
 次の日、五条は教室の椅子にどかりと座り込んでいた。「やーっと終わったわ、俺のことなんだと思ってんだよ」と不機嫌そうにいう五条に「あ、これはフラストレーション溜まってるな」と私も夏油もすぐに察した。おもちゃがあればそれを壊してしまいそうな雰囲気にすぐに逃げようと思ったが、「そういやさぁ」と話しかけてくる五条を無視はできなかった。

「お前ら1年に会った?俺、まだ会ってないんだけど」
「私たちは会ったよ。入学初日にね」
「どう?面白そうなやついる?」
「……悟の言う面白そうな奴に当てはまるかはわからないけど、皆いい子達だよ」

 逃げの姿勢に入った夏油を横目で見てため息をつく。夏油はそんな私を見て、気まずそうに笑った。「いい子達」なんて五条が一番嫌いで好きなやつだ。
 案の定、五条は「俺も見に行こっかな」とニヤついた顔で行ってしまい、夏油はそれを追いかける。何かあったらめんどくさいことになるなと思いしょうがなく二人について行くと、先に二人が入っていった1年の教室は、すでにめんどくさいことになっていた。

「お前のそれ、気持ちワリーんだけど」

 五条はなまえを指差して、本家から帰ってきた時のような顔で言う。普段の自信に満ちた顔やへらついた顔からは想像できないほどに本気の顔だ。対して、そのときのなまえと七海の表情は、あからさまに嫌悪感に満ちていて、今にもブチ切れてしまうんじゃないかと思うくらい顔を歪めていた。

「初対面の人にそんなこと言われる筋合いないです……!」
「夏油さん、これが本当に私たちの先輩なんですか」
「残念ながら」

 端の方で気まずそうに立つ灰原に手をあげて声をかける。普段の溌剌とした声を抑えて、灰原は私の名前を呼んだ。

「五条さん……?には、何が見えてるんですか?」
「そっか、灰原は非術師の家系だから五条のこと知らないのか」
「え!あの人、有名人なんですか!」
「いろんな意味でね」
「サインもらったほうがいいですか?」
「やめときな。色紙も時間も無駄になるから」

 灰原に六眼のことを説明する。呪力に関して見えすぎてしまう目を持つ五条の見えている世界は私にもわからない。ただ、なまえが奇妙なものを持っているのだろうと言うことはわかった。それにしたって言葉選びは最低だけど。
 五条は「俺蛇嫌いなんだよね。うねうねしててキモいし、ずる賢いし」と言ってやはりなまえを睨んでいる。しかし彼女を隠すように七海の前に五条が立ったことで、完全に流れが変わってしまった。

「さっきから思ってたけど、お前、めっちゃそいつのこと好きじゃん。お前ら付き合ってんの?」
「付き合ってません。そのような短絡的思考は嫌いです」
「恋愛しに学校きてんなら辞めちまえ」
「だから違うと言ってるでしょう、いい加減にしてくれますか」

 しかし五条は何を言われても聞く耳など持たないため、とうとう見かねた夏油が仲裁に入る。「子供っぽいことはやめようか、悟」という言葉にようやく落ち着いたらしい五条がため息を吐いて、教室を出て行ってしまう。怒られて出てくもか、あいつはいかにもクソガキだ。

「ごめんね、悟はああいう人間だから」
「よく分かりました……!絶対性格悪いです、あの人」
「ええ、尊敬できない先輩ですね」

 目の前にいる前髪も大概だと思うが。そもそも、ごめんねと言う割に面白がっていたのなんて明白だ。その証拠にまともに止めようともしなかったし、ずっとニヤニヤしている。彼らが「自分たちの上には碌な人間がいないんだ」と気付くのはいつになるのだろう。



 

 五条に「ちょっと来い」とメールが来て訪れたのはグラウンドだった。中央には五条と七海が立っていて、私が来るよりずっと前から呪術なしの組手をしていたらしい。七海はタッパはあるけど細っこい。五条もまあ細い方ではあるけど、やはり術師として長いだけあって肉体は鍛え抜かれている。案の定七海は五条に吹き飛ばされ、五条は七海を踏みつけて片手を上げた。

「はーい俺の勝ち」
「っ、……退いてください」
「負けた方の言い分なんて聞くわけねーだろ」

 何回も吹き飛ばされたらしい七海はもはや全身ボロボロだ。しょうがなく私が五条を押しのけて七海に反転術式を施してやる。五条は「お前まで七海の肩もつのかよ」と不貞腐れていたが、七海は至って平静を保ち「ありがとうございます」と言った。まったく、可愛げのない後輩である。
 七海と五条は賭けをしていたらしく(五条が一方的に持ちかけたみたいだけど)、組手が終わると五条にジュースを買わされていた。七海の買った体に悪そうな色のゲロ甘メロンソーダはみるみるうちに五条の身体に吸い込まれていく。七海は私にも「家入さんも何か飲みますか」と律儀に聞いてきたが、丁重にお断りしておいた。五条、七海、私の順に三人仲良くベンチに座る姿は、側から見たら後輩にだる絡みしている先輩のように見えるのかも知れない。事実そうで、五条はメロンソーダで気を良くしたらしく、七海の肩に手を回してケタケタと笑っていた。

「つーか、お前やっぱみょうじの事好きなんじゃん」
「……は?」
「は?じゃねーよ。ずーっとみょうじの事見てるし、帰ってきて真っ先に顔見に行くし、バレバレだわ」

 七海はどういう事だと言いたげに私の顔を見た。しかし私が頷いたのを見て、一つため息を吐く。観念した、というかやっと自分の行動に自覚したらしい。少し項垂れる姿は、今までのクールぶっていた七海からは想像もつかなかった。

「で?で?どこが好きなんだよぉ」
「あなたに言う必要がありますか」
「認めたんなら今更隠す必要なくね?ていうか俺に負けたんだから罰ゲームな、言えよ」
「……」
「で?どこが好きなんだよ、アイツの。正直、顔も胸もそこそこだし、術式はやっぱ気持ちワリーし──」

 五条がそう言うと、七海は五条を思い切り睨みつけた。流石の五条もその眼光にやばいと思ったらしく口を噤む。負け続きの七海が、初めて五条に勝った瞬間を私は目撃した。

「別に、人として……なんとなくフィーリングがあったとか、そういうので良いでしょう」
「おい逃げんな、お前らしくもない。理由なんてこじつけろ。ちょっとの理由とちょっとの運命論で女はコロッと落ちる」
「最低ですね」
「七海、今更だから」

 理由なんてこじつけろ、か。まあ、五条の言うことは案外的を得ていなくもないのだ。そして、珍しくふんわりとした答えを言う七海の答えだって間違えではない。なんとなくでいいのだ、恋愛など。結局、人間関係なんてのは全てなんとなくで決まる。七海となまえが出会ったのだって、偶然であって理由などない。だから好意だって理由もつけようがないと言いたいのだろう。

「強いて言うなら」
「言うなら?」
「意志の強さと、逞しさでしょうか」
「ツマンネー」

 そういう綺麗事とかいいんだよ、と不機嫌そうに言って五条はその場を去っていった。七海はやっと一難が去ってホッとしたのか、再び深いため息をついて缶コーヒーに口をつける。……五条だけが問題児だと勘違いしているこの後輩は、すでに安心しきっていた。

「前なまえが酔っ払った時、彼氏は今までできたことないって言ってたよ」

 私の言葉に七海は思わず固まって口を押さえた。おお、噴き出さなかったか。そう言うと、先ほどのようにじとりと私を睨みつける。悪いけど、私にはそういうの効かないんだよな。五条や夏油の方がずっと目つき悪いし。

「酔っ払ったって、なんでみょうじが酒なんか……」
「私の間違えて飲んだから」
「……」
「そんな顔しないでよ、悪かったって思ってるんだから」

 でも酔っ払ったおかげで聞き出せたんだからいいじゃん。そんな思いが表情に出ていたのか、七海はやはり私のことを睨みつけている。七海の真似をして深いため息を吐けば、七海は「ため息をつきたいのはこっちです」と不機嫌丸出しで言って、今度こそちゃんとコーヒーを飲み込んだ。酒を飲むみたいに勢いよく、残りのコーヒーを呷って七海は立ち上がる。缶を捨てていこうと思ったらしいのだが、心ここに在らずといったようで何度も落として拾ってを繰り返して、七海はようやく空き缶をゴミ箱に入れた。私に頭を下げてそそくさと立ち去る彼の後ろ姿は、少し動揺しているようであった。

「……やっぱクールぶってるだけじゃん」

 動揺するくらい嬉しがるなんて、やっぱり甘すぎてやってられない──口直しに一服するか、とタバコに手をかけて七海とは反対の方へ向かった。





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