「何にします?」
「お子様ランチ」
「じゃあ私はハンバーグで」
「足りる?」
「セットにします」

 普段なら建人くんが予約したお店とか、建人くんが気になったお店にはいるのだが、たまたま私が見つけてしまった「桃キャンペーン」ののぼりに釣られて今日はファミレスに入った。大人の建人くんとファミレスはなんとなく似合わなくて、アンバランスに思える。私がそのように伝えると、「私だってファミレスくらい利用します」と言っていたので、別に入らないと言うわけでもないらしい。

「猪野くんとたまに入ります。次の任務が入っていて、酒が飲めないとなればファミレスはちょうどいい。深夜営業しているところもありますから」
「そうなんだ……あ、猪野くん元気?」
「ええ。なまえにも会いたいと言っていました」
「本当?アジフライ揚げるからまたおいでって伝えてくれる?」
「ええ、彼もきっと喜びます」

 猪野くんは建人くんのことをよく慕っている後輩だった。私と同じ2級、同じ降霊術を使う術師で、たまに我が家にやってくる。初めて見た時に私のことを建人くんの子供だと思っていたらしく「俺、割と子供に好かれるんで!何かあったら頼ってください!」と建人くんに言っていた。ちなみに後日、真実を知った猪野くんは建人くん経由で菓子折りをくれたのだった。彼はいい人である。
 呼び鈴を押すとすぐに店員さんがやってきた。建人くんが「このハンバーグのセットと、お子様ランチを」と私の分まで頼んでくれる。ドリンクバーの有無を聞かれたが首を横に振っておいた。この身体になってから、胃が小さくなったと感じる。本当はジェノベーゼのパスタが食べたいんだけど、お子様ランチを選んだのはそう言う理由からだった。そしてジュースだけでお腹いっぱいになってしまうものだから、あまりドリンクバーも頼まなくなった。学生の頃──灰原くんが生きていた頃なんかは、三人でドリンクバー目的でファミレスに入ることもあったな、と思い出す。灰原くんが「コーラとカルピスを混ぜると美味しい」と言って建人くんにコップを渡したのだが、建人くんには甘すぎたらしく、顔を顰めて灰原くんにコップを突き返していた。私も少しだけもらったのだが、とんでもなく甘くて歯が溶けるかと思った。もう、8年も前のことである。灰原くんが亡くなったのは、8年前の今頃だった。

「ドリンクバーというと、灰原を思い出します」
「……建人くんも?」
「ええ。コーラとカルピスを混ぜたものを飲まされたな、と」
「ふふ。あの時の建人くんの顔、凄かった」
「恥ずかしいので忘れてください」
「忘れないよ」

 だって、忘れられない。灰原くんのこと、三人で過ごした高専の日々を忘れられるわけがなかった。建人くんも同じように思っていたらしく「いえ、やっぱり忘れなくていいです」と小さく笑って言った。
 しばらくすると、店員さんが私たちの頼んだ食事を持ってやってきた。店員さんは一通り机に皿を並べるとプラスチックのカゴを目の前に差し出して、「おもちゃ、好きなのどうぞ」と言った。

「いえ、いらないです」
「えっ、でも……いいの?」
「わたしはだいじょうぶです。おねえさん、ありがとうございます」
「あっ、うん……あ、ご注文の品はお揃いでしょうか」
「はい。だいじょうぶです」
「ご、ごゆっくりどうぞ」

 私は自分の胃の大きさに合わせてお子様ランチにしているのであって、別におもちゃが欲しくてお子様ランチにしているのではない。しかし見た目もこんな風だし、店員さんも仕事を真っ当しているのだから誰が悪いとかではないのだ。これに関してはあの神様が悪い、絶対。
 ここのファミレスのお子様ランチは、小さいハンバーグとエビフライとチキンライスが主なメニューでなかなかに美味しかった。なるほど、グルメの健人くんが入る理由もわかるかもしれない。小さい子供用のスプーンでチキンライスを掬って頬張る。途中で建人くんの大きな手が頬に伸びてきて、彼は頬についた米粒を取ってそのまま自分の口に運んだ。

「ここは意外と、セットのパンが美味しいんですよ」
「へぇ……」
「一口食べます?」
「いいの?ちょうだい」

 私が口を開ければ、建人くんは小さく千切ったパンを放り込んでくれた。たしかに、パン屋さんで買ったパンと遜色ない。外はカリッとしていて中はむっちりしている。美味しさを噛み締めて飲み込んで、気づいたらもう一度口を開けていた。建人くんは何も言わずにまた小さく千切ったパンを私の口に放り込む。……これじゃ餌付けと変わらないが、美味しさには抗えなかった。

「あまり食べると、桃が入らなくなりますよ」
「あ、忘れてた……ごめんね、建人くんのご飯奪っちゃって」
「いえ。なまえがよく食べる姿は見ていて気持ちが良くて、好ましい。昔も同じことを言った気がしますが」

 そういえばそうだ。それこそ、灰原くんが生きていた頃だ。高専の食堂で三人でよくご飯を食べていて、そのときに言われたのだ。意外となまえはよく食べるよね!と溌剌と笑う灰原くんの言葉に建人くんが頷き、私は確か……恥ずかしかったのだと思う。たくさん食べるなんて女子らしくないだろうか、と思って俯いていると、灰原くんに爆弾を落とされたのだ──僕はたくさん食べる女の子が好きだよ!と。それで、建人くんがそのようなことを言ったのだと思い出した。

「今だから言えますが、あれは完全に対抗心でした」
「……何に対する?」
「灰原に対して」
「えっ」
「あの時は、灰原がなまえを好きだと思っていましたし、なまえも灰原のことが好きだと思っていた」
「まさか」
「ええ、まさかですよ。しかし、あの時の私は余裕がなかった。子供だったんですよ」

 私はずっと建人くんのことが好きだったし、灰原くんのことを友人以上だと思ったことは一度だってない。それに関しては灰原くんも同じことを言っていた(ちなみに、先輩方も同じことを言っていた)のだが、建人くんは一人そんなことを悩んでいたのか。……まあ、これに関しては意外とは言えない。彼はこう見えて短気なところがあるから、こういう勘違いをするのも不思議ではなかった。まあ、あの誰にでも優しくて距離感の近い灰原くん相手に勘違いしていたというのが、面白いところなのだけど。こういうところが可愛いなぁと思ってくすくす笑うと、建人くんはふいっと目を逸らしてメニュー表に手を伸ばした。

「パフェとパンケーキ、どっちにしますか」
「んー、ちっちゃいパフェがいい。建人くんは?」
「私はいいです」

 もう少しで食べ終わる、といったところで、建人くんは再び呼び鈴を押してパフェを頼んでくれた。

「小さいと言っても、全部食べきれないでしょう」
「……バレた?」

 たしかにお腹はいっぱいになってきているし、きっとパフェも半分くらいしか食べれないだろう。言い当てられたのが少し悔しくて、「そんなんじゃないもん」とハンバーグの最後の一口を食べる。そのタイミングでパフェがやってきて、代わりに私たちのお皿を下げて行った。

「っ、おいしい!」
「それは良かった」
「建人くんも食べてよ、桃、美味しい!」

 パフェを掬って建人くんに差し出すと、建人くんはしょうがないと言ったようにそれを食べてくれた。しかし想像以上だったようで「これはなかなか、」と言っている。ほら、建人くんも何か頼めば良かったのに。そう思っていたが、やはり半分ほど食べたあたりでスプーンを動かす手が緩慢になってきた。つまり、お腹いっぱいでこれ以上食べ切れるとは思えなかった。建人くんはそれを察して、パフェグラスと私の持っていたスプーンをそっと奪う。そのままパクパクと食べ進め、あっという間に後一口となってしまった。その一口を差し出されたが、私はもう口を開くこともできず、結局それも建人くんの胃の中に収まってしまったのだった。

「美味しかったねぇ」

 お会計をして、建人くんの腕に抱かれて店を出る。最後の最後でさっきとは別の店員さんに「どうぞ!」とレジ横の飴を差し出されたが、丁重にお断りしておいた。別に飴は食べれなくはないんだけど、この身体だと喉に詰まるのも怖くて避けている。
 お店を出てから、建人くんはどこか上の空だ。いつものスーツとは違うラフなシャツをぎゅっと握りしめると、建人くんは私の顔をチラリと見た。

「灰原の名前を、口に出したのは久しぶりでした」
「……術師辞めてからさ、灰原くんの話題避けてたもんね」
「バレてましたか」

 高専を卒業して大学編入を経て一般企業に就職した建人くんは、灰原くんの話題を出すことは無くなった。もちろん五条さんや家入さんといった、先輩方のことを彼の方から聞くこともなかった。忙しくてそれどころではなかったのもあるが、後ろめたさがあったのだと思う。辞めた自分が先輩方の安否や、灰原くんの思い出を口に出すことはいけないと思っていたのかもしれない。
 建人くんが術師に出戻って一年が経つ。彼は瞬く間に一級に上り詰め、猪野くんという慕ってくれる後輩ができた。術師の世界はクソだと言う割に、今の建人くんはサラリーマンをしていた頃より生き生きして見える。呪われながらも、私たちは少しずつ前を向いている──それは私の気のせいでないといいなと思った。
 もうすぐ、彼の命日である。灰原くんの話をしなくなっても、建人くんはずっと彼の命日あたりに墓参りに訪れている。遺された家族に顔を合わせないように、少し日付をずらしている彼の小さな優しさを、私だけはずっと知っていたい。

「ねえ建人くん」
「なんです」
「コーラとカルピスを混ぜたのってさ、キューピッドって言うんだって」

 五条先輩に教えてもらったんだ、と言う灰原くんのことを思い出す。飲み物なのにパフェなんかよりずっと甘ったるくて、とても飲めた物じゃないけど──あれはきっと私たち三人の思い出の味なのだ。

「今度持って行ってあげよ?」
「……流石に私たちは飲めませんよ」
「別に混ぜなくてもいいと思う」
「それ、ただのカルピスとコーラじゃないですか」
「いいの!」






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