ch2.密林の白昼夢




アリサのスピードと瞬発力は、アルフォンソの知る中ではまさに最高のクラスに位置していた。その能力を周囲にまざまざと見せ付けるように、アリサは二・三発と発砲したトビアスの銃撃を脅威の身体能力で容易く避けると、急速にトビアスに接近した。そして、そうかと思った瞬間には、アリサは彼の銃を支えているその右腕を狙って、一切の容赦もなく鋭利な剣先を突き出していた。

僅かに反応の遅れたトビアスが呻きながらも致命傷を避け、アリサが一撃離脱といわんばかりにその場を飛び退く。と、アリサが先程までいた場所に、トビアスの隣に突っ立っていた黒髪の男の放つ、素早くしなるような、鮮やかな回し蹴りが宙を舞った。

「ミスってんじゃねえよ、アハト! 怪我して損したじゃねえか!」

「はっ。損したも何も、避けられなかっただけのクセして吠えてんじゃねえよ!」

トビアスが黒髪の男に向かって唾が飛ぶような勢いで食って掛かると、アハトと呼ばれた黒髪の男は無言で身を引いたアリサを睨みつけた。アリサはそんな二人を眺めると、挑発的に叫び返す。

完全にスイッテの入ってしまったらしいアリサの様子を見て、アルフォンソは深く溜め息を吐いた。

アリサの挑発にトビアスが何やら言い返しながら、隣のアハトとかいう黒髪の男と指で何かを形作り、意思疎通しているのをアルフォンソは見つけた。
一瞬、アハトが自分達の背後を振り返り、何かを納得したかのような表情を浮かべた後、指で形作った何かのサインをトビアスに送る。成る程、こうやって知らずうちにこの二人は作戦を立てている訳だ。

空気を震わせるような殺気を放つ今のアリサのキレ具合といったら、まさに向こうの策略に乗った結果なのだろう。先程もアリサの素早さが彼らの予想を超えたものであったから大事は無かったものの、やはりああまで計算尽くしの冷静な相手と、今の暴走状態に近いアリサを戦わせるのは得策ではない。そう判断したアルフォンソは、再び剣を構えかけたアリサの右肩を左手で強く掴み、ぐいっとその小さい体を引き寄せた。アリサが不満げに舌打ちをする。

「アリサ、奴等をぶちのめしたいなら邪魔はしないが、ちゃんと聞け。奴等の奥に何か仕掛けがあるだろうから、絶対に踏み込むなよ」

「……了解」

短くそう返事をすると、依然として凄まじい殺気を放つアリサは再び地を蹴って駆け出した。アルフォンソもアリサに遅れをとって敵に向かう。

「来るぞ、トビアス」

「合点、余裕だぜ!」

再びトビアスに狙いを定めたアリサが、トビアスの左手に持ち替えられた短銃から放たれる銃弾を神速の剣さばきで斬って避けてと五発かわし、一気に相手との距離を詰めると、水平に剣を振るった。アリサの動きに反応したというよりも、アリサの動きを知っていたに近いような反応でトビアスは左手に持っていた銃でアリサの剣を受け止めた。ガキリと金属同士が衝突するような音が響き、放たれたアリサの斬撃はトビアスの小さな銃身によって受け止められる。

それに驚いたようにアリサが目を見開き、一瞬だけ彼女は動きを止めた。見ると、彼女の剣の刀身は凍てつき、ギシリと妙な音を鳴らしていたのだ。金属さえも破壊する彼女の斬撃がこうも容易く止められたのには、いつの間にやら凍らされた刀身が起因していたのだろう。その一瞬、アリサが呆然とした瞬間に、すぐさまトビアスは身を引いた。それと同時に、アハトがアリサの腹部に爆発物を放った。腹部に爆発物が当たったとアリサが身を固くした瞬間、遅れて来ていたアルフォンソがアリサの首根っこを強引に引いた。

投げつけられた爆発物の爆ぜる轟音が辺りに響き、アルフォンソとアリサの聴覚と思考回路をしばらく鈍らせた。だが、その音とは相反して爆ぜた火力は爆竹程度のものであり、これには流石のアルフォンソも苛立ちを感じずにはいられなかった。遊んでやがると錯覚しそうになる程、ふざけた攻撃だった。

「おい、終わりかよ!?」

トビアスが楽しげに叫び、アルフォンソとアリサに向かって銃口を突きつけようとした矢先、隣に立っていたアハトが彼を手で制した。

「やめろトビアス、これ以上やるのは俺達が不利なのは明らかだろう。そう何度も奴等は小細工には引っかかるまい、それより仕事を優先だ」

相棒の言葉にトビアスは不機嫌に舌打ちして銃をしまい、アルフォンソとアリサに背を向けて渓谷の奥へと歩を進めた。警戒するように見据えてくるアハトと睨むようなアルフォンソの視線がかち合い、アルフォンソは口を開く。

「怪人のゲデをR生物化するのがお前達の仕事だというなら、俺達はお前達を邪魔するのが仕事だ。逃がすと思うのか?」

静かに言い放ったアルフォンソの言葉に、アハトは苛立たしげに目を細めた。

「……貴様らに邪魔はさせん。止めれるものなら、止めてみろ」

僅かに殺気を滲ませてそう吐き捨てるように言うと、アハトは二・三歩ジリジリと後退し、トビアスを追って一気に駆け出した。

それと同時に、アルフォンソは槍を突き出すようにして素早く投げ付けるという、アハトへの奇襲めいた攻撃を仕掛ける。アハトは間一髪で反応し、柔軟な動きでその槍を避けたため、奥の木にアルフォンソの放った槍が深々と突き刺さった。しくじったか、そう気付いた瞬間には、アルフォンソは彼らしくもないことに、苛立ったように小さく舌打ちした。どうやら思ったよりも苛立っているらしい、そう自身で判断するには分かりやすい行動だった。
そんなアルフォンソの様子を数秒立ち止まって横目で一瞥すると、アハトは無言で走り去った。

何ともいえない静けさが、アルフォンソとアリサの間に流れる。
面倒なことになってきた。そう思いながらアルフォンソが疲れたように溜め息を漏らした隣で、アリサが刀身にこべり付いた氷を見てから、少しの間、その鋭い輝きを放つ凍った刀身を撫でるようにして触っていたが、やがて諦めたような表情を浮かべると、躊躇なくその剣を投げ捨てた。

「やられたとしたら茶髪野郎の銃弾を斬った時だね、弾に何か仕込んでやがったか……クソが。絶対許さねえ、追うんだろ?」

目が据わったアリサが指をバキリと鳴らし、アルフォンソが小さく頷く。

「ああ、奴等を逃がすわけにはいかない」

その言葉を合図にしたように、アリサは怒りのままに駆け出した。

小さくなる彼女の背中を追いつつ、アルフォンソは先程放った自身の蒼い槍を回収する。真っすぐ垂直に巨木に突き刺さっていた彼の蒼い槍は、木目に引っかかることもなくすんなりと抜けて、彼の手に戻る。アリサの武器のように何かしら小細工を施されていないのを確認してから槍を背にしまうと、アルフォンソはゴツゴツとした岩石で作られた渓谷の大地を蹴って駆け出す。

トビアスとアハトの二人組みが逃げた先、アリサが彼らを追った先、アルフォンソが遅れて向かう先は、渓流の上に不安定に揺れる、大きな吊り橋だった。





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