ch2.密林の白昼夢



穏やかな昼の日差しが差し込む平原に立つ、ベースキャンプがあった。その中に立つテントのうちの一つから、絶えずカタカタとキーボードの鳴り響くテントがある。
そのテントの中では、薄い茶髪が特徴的に跳ねたボブヘアー、それに赤い縁の眼鏡をかけた色白の少年が、目にも止まらないような異常的な速度でキーボードを打ち続けていた。
少年の名前はリック=レジナルド=マッケンジー。<RED LUNA>の情報機器を一人で使いこなし、世界中の情報を人知れず引き出すことの出来る天才的な頭脳と情報技術を有する少年だ。

そんなリックの目の前にあるノートパソコンに、外の日差しの白っぽい光が微妙に差し込む。誰かがこの閉じこもった空間、薄暗いテントの中に入ってきたのが分かり、リックは舌打ちした。

「誰なのだよ、何か用か?」

リックが疲れたような表情で振り返ると、そこには長い黒髪を一つに束ねた青年が、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。同じ頭髪スタイルでも、組織の副リーダーである男、すなわちアルフォンソ=ウリッセ=モンテサントとは全く似つかない性格の男。無類の女好きと組織内でも有名な彼の名前は、ライノ=エンデンだった。

「お前、何日寝ずに仕事するつもりだよ。いい加減にしなきゃ倒れるぜ、少しは寝てこい」

呆れたようにライノが言った言葉に、リックは鼻で彼を馬鹿にしたように笑い飛ばす。そのひょうしに、少しだけずり落ちた自分の眼鏡を、リックは左手の中指で素早く持ち上げた。

「俺以外の、誰が俺の仕事を引き継ぐのだよ、冗談も大概にしろ。それとも、それは上司命令なのか?」

リックが睨むようにしてそう言うと、ライノはゲンナリした表情を浮かべた。

「んな訳ないだろ。友達として言ってやってんだよ、クソ眼鏡。聞く気が無いなら上司命令にしてやってもいいけどよ、それってあんまりにも冷たくねえ?」

ライノの言葉にしばらくリックは考え込む。しばらくの逡巡の後、リックは深く溜め息を吐き、諦めたように頷いた。

「どの道、寝ろということだろう。……友達とやらの助言に従い、ひとまず休息させてもらおう。だが、三時間ほどしたら絶対に起こすのだよ、分かったな」

それだけ口早に言うと、リックは彼のノートパソコンに向き直る。
再び始まった彼の高速タイピングに、アナログ人間であるライノは感心したような表情を浮かべながら、その神業ともいえる作業に見惚れるばかりだった。

一通りの作業をものの五分ほどで中断できる状態にまで持っていき、リックはパソコンの電源を落とす。
眼鏡を外すとパソコンデスクに丁寧に置き、こちらをいっさい振り向かずにさっさと寝床を準備し始めるリックの姿に、慣れた光景とはいえ、ライノは唖然とするしかなかった。無駄の無い人間は居ないというが、リックに限っては別物だと、ライノは常々思う。


「そういえば」

何かを思いついたように、布団に潜り込んだリックが声をあげた。

「何だよ?」

不思議に思いながらライノが尋ねると、リックはしばらく黙り込んだ後、少し早口に喋った。

「ルカはどうなっているのだよ、お前と同じテントで引きこもっていると聞いたが」

リックの言葉に、ライノは驚きながらもポツリとこぼした。

「お前が他人の心配するなんて、珍しいな。そういや、ルカが俺たちの組織のことを外で喋ったときの対応も、お前すげぇ早かったらしいじゃねえか」

そう言いながら、ライノは数日前の事件を思い出す。

先日、任務に出たルカとアルフォンソがR生物から助けた少年がいた。そこまでは良かったのだが、ルカはどうにも、助ける際に、組織の存在を少年に明かしてしまったらしい。それは組織の禁忌の一つであり、裏切り行為だった。

そのルカの失態を知るや否や、この眼鏡の少年、リックは、すぐさま帝国に大掛かりなサイバーアタックを仕掛けた。うすうす感づかれ始めていたとはいえ、帝国が俺たち<RED LUNA>の存在を確信したのは、リックのそのかつて無いほど大胆な行動が原因だろう。

こうして<RED LUNA>という組織の存在は明るみになり、ルカの"組織の存在をバラした"という失態は取り消しになったのだ。
そして、そのきっかけとなった張本人のリックはといえば、しっかりと帝国の内部情報を膨大に引き出しており、何のお咎めも食らわなかったというから驚きだ。いや、ここは流石だというべきなのかも知れない。

「ルカのためとはいえ、慎重なお前があんなことするなんて、俺は思ってもみなかったぜ」

ライノが苦笑を浮かべると、リックは不機嫌な表情でそっぽを向いた。

「……うるさい、友達の心配をして何が悪いのだよ。貴様も、同じ気持ちで此処に来たんじゃなかったか?」

ボソボソとリックが言った言葉に、ライノは一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて寝そべるリックの頭を撫でた。

「お前、何気に可愛い所あんじゃん?」

瞬間、リックの右拳がライノの額を思い切り打ち付けた。ゴツンと気味の良い音がし、ライノはジンと額に走った痛みに情けないうめき声を上げた。

「いちいち余計なことを言うな。さっさとルカの様子を教えるのだよ」

睨むようにして言えば、痛みに呻いていたライノは思い出したように真顔に返り、次の瞬間には引きつった笑いを浮かべる。

「いや、何かと行動するようにはなったぜ。でも、話しかけても何かボンヤリしてるし、まるで心はここにあらずって感じだなぁ。今からリーダーに、あの日のことを報告に行くらしいけど――」

そこで、ライノは言葉に詰まった。当惑と不安の入り混じったような表情を浮かべるライノを見て、リックは何を言うわけでもなく、目を伏せる。
一泊の時を置いて、ライノとリックがこぼした重い溜め息が、まるで以心伝心のように見事に重なった。








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