ch2.密林の白昼夢 3
なだらかに続く傾斜道で、アルフォンソとアリサは背中合わせに立っていた。彼らを取り囲む様に数十人の下卑た笑いを浮かべる男達の姿があり、それは紛れもなく賊の類だと思われた。
「おい、アル。この状況、一体どうすんだよ」
疲れたように溜め息を吐きながら、アリサはアルフォンソに向かって投げやりに言葉を投げかける。背後に居るアルフォンソの困ったような乾いた小さな笑い声が、微妙な緊張感を持つその空間に溶けるように響いた。
「向こうの出方次第だ、ちょっと待て」
小声などではなく、普段の声量で言うアルフォンソの指示を聞き、アリサは呆れたように了解の意を伝える。
「若い男女のカップルが密林デートたあ、なかなか楽しそうじゃねえかよ?」
アルフォンソの正面に居る一人の男が、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべてアルフォンソに近付いた。彼らの手には刃こぼれのした斧やら薄汚れた棍棒やらがそれぞれ握られており、そのような武器を自慢げに持っていることこそが、ハッキリと彼らの弱さを物語っている。そこまで考えて、アルフォンソは思わずゲンナリとした表情を浮かべる。まさしく、これは時間の無駄だ。
「デートとかそんなんじゃないさ。大事な用事があるから急いでるんだ、邪魔はしないでくれ」
淡々とそれだけ言うと、アルフォンソは目の前の男に何かを訴えかけるようにじっと見据えた。お互いのためにも、出来ることなら関わり合いたくないというアルフォンソの思いは、悲しいかな相手には全く届かず、相手は一層ニヤニヤとした気味の悪い笑みを深めるだけだった。
「オイオイ、状況分かってんのか? ふざけてんじゃねえぞ、お綺麗な兄さんよぉ。大人しく身ぐるみ剥がされてもらうぜ!」
そう言い終えた瞬間、男の左足が地を離れたのが見えた。アルフォンソは自身の腹部に迫ってくる相手の蹴りを左手の平で咄嗟に受け止めると、掴んだ足を強引に左側に引っ張った。驚いたような表情の相手の体が大きく傾き、相手の体が地に伏すよりも早く、アルフォンソの右膝が宙に浮いた男の腹部に叩き込まれた。
何かを呻いた男は一瞬で意識を手放し、少し距離のある場所まで吹き飛ばされ、その様子を見た周囲の賊たちはポカンとした表情を浮かべる。アルフォンソの隣では、アリサがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「容赦ねえなあ、副リーダーさんよお?」
「戦闘狂のお前にだけは、絶対言われたくない言葉だけどな」
アリサの言葉に引きつった笑いを浮かべながらアルフォンソが返すと、アリサは気にした風もなく豪快に笑う。アルフォンソとアリサがのんびりと会話している間も、賊たちはポカンと口を半開きにさせたままだった。その様子に気付いたアリサが、賊たち全員の顔を見回してから、小さく噴き出した。
「おーおー、間抜け面ばっかだわ。お綺麗な兄さんにぶっ飛ばされる仲間を見てビビったんじゃねえの?」
アリサがゲラゲラと笑いながらそう言うと、彼らは一瞬で呆けた表情を憤怒の表情に変える。かと思えば、一斉に口やかましく騒ぎ立てて武器をガチャガチャと鳴らし始めた賊たちの姿に、いつの間にか挑発を止めたアリサは、ニヤリと口角を上げていた。
「調子に乗るなよ、このクソ野郎ども!」
やかましい喧騒の中、唯一スッキリと聞き取れたその言葉に続いて、彼らの口々からは一斉に口汚いスラングであろう言葉が飛び出し、各々の錆びれた武器はアルフォンソとアリサに向けられた。
「おい、アル。この状況、一体どうすんだよ?」
先程疲れたように言ったアリサが同じ言葉を発したが、二度目の言葉には先程よりも何かしらの期待がこもっていた。
今度はアルフォンソが疲れたように溜め息を吐くと、一言ポツリとこぼした。
「お前も含めて、どうしようもない馬鹿連中だ。仕方が無いから、黙らせるしかないな」
まるでその言葉を合図にしたかのように、アルフォンソは背後のアリサの動く気配を感じた。チラリと背後を一瞬振り返り、目に入った光景に、アルフォンソは苦笑するしかなかった。アリサは抜刀すらせず、下卑た賊を殴り蹴りして倒していく。剣を抜けば一瞬だろうに、好戦的にも彼女は、少しでもレベルを合わせて彼らの相手をすることにしたようだ。
戦闘狂の彼女らしいといえばそれまでだが、どうにも、アルフォンソには彼女の暴れたい理由が、他にあるように思えてならなかった。例えば、連日続きの任務へのストレス。例えば、先日の帝国暗殺部隊との接触でのストレス。まあ、後者の件については、アルフォンソの詳しく知るところではないが。
そういうアルフォンソ自身、武器である愛用の鉄槍を出す気になれなかった。
あまりにも馬鹿げた大乱闘、ただの時間と体力の無駄使いでしかない。そう思えば思うほど湧き上がる倦怠感に、アルフォンソは大きく欠伸をしながら、向かってくる賊の一人を軽く足で引っ掛けて転ばせた。
油断大敵、どんな敵でも侮るなという教えもあるが、アルフォンソとアリサにとって、彼らは敵とすら認識されていないのだった。
「弱肉強食、自分が食われる相手くらい見極めるようになっとけよ。挑発されただけで熱くなっちゃって、アンタら馬鹿じゃねえの?」
あざ笑うように言った、決して大きくはなかったアリサの声が、不思議とアルフォンソの耳に僅かに届いた。
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