ch1.黒髪の兄弟




「じゃあ、ルイドの村は今、未曾有の飢饉に瀕してるってことなのか」

アルフォンソがルイドという少年に確認すると、ルイドはゆっくりと頷いた。それを視界の端に捉えながら、ルカは自身が先程投げ捨てた剣を拾い上げると、話の内容には興味無いとばかりに刀身にベットリ付着した赤黒い血を拭き取り始めた。

アルフォンソとルイドが会話する少し前、ルカがR生物を仕留めたのを確認した瞬間。獲物に飛びかかる獅子のような勢いで木陰からアルフォンソが飛び出してきたのだが、その瞬間のアルフォンソの顔といったら、それは酷いものだった。困ったようにも泣きそうにも見える、酷く情けない表情。もっとも、ルカが無事であることを確認した途端、その表情は一気に崩れて普段のような好青年の顔つきに戻ったのだが……。そのままの調子でルイドに声をかけに行ったアルフォンソは、現在進行形でルイドと飢饉やら何やら面倒そうな話をしているのだった。

つい先程、自身が犯した大失態をルカは忘れていなかった。組織の規則の一つ、組織の存在を明るみに出してはならないという規則を破ってしまったこと。ルイドという名前のこの少年が、俺が<RED LUNA>の一員であると名乗ったことを綺麗さっぱり忘れてくれていることを祈る。そんなことを考えていた矢先、服にこべりついて取れないであろうR生物の返り血を見付けて、ルカはとうとう重くなる気分に耐えかねて深い溜め息を吐いた。 ルカの隣にいるアルフォンソは、ルカが面倒そうに溜め息を吐いたのだと勘違いしたのか、咎めるように目を細めてルカを睨んだ。

R生物撃破と同時に赤く染まっていた月は元に戻ったようで、現在は和やかな白っぽい光が大地に降り注いでいた。R生物の飛来によって平地と化した荒地に、穏やかな空気が流れ始めていた。

「あんな化物に生贄として食べられるくらいなら、いっそ倒してやれば良いんだって思ったんだ」

ポツリポツリ、穏やかな空間にルイドの淋しげな声が空しく響く。

聞けば、ルイドは山のふもとに定住している部族の村の子供だった。スエ族という部族らしいが、ルカもアルフォンソも耳にした事が無く、後々に役立つかもしれないからという理由で少年からスエ族の情報を得ていたのだ。

「いつも僕らは平原のバッファローを狩って食料にしているんですけど、どういうわけか、最近めっきり姿が見えなくて……」

「そこにR生物が来襲したものだから、村の大人達は混乱したんだろうな。
その・・・・・・生贄っていったか。その考えも、混乱していない時だったら、みんな信じなかっただろうさ」

どこか辛そうに話すルイドにアルフォンソが優しく話しかける。

「……どうだか」

しかし、そう呟くルカの機嫌は相変わらず最悪なままだった。その言葉に、少し明るくなりつつあった場の雰囲気が再び重くり、アルフォンソが吐いた溜め息が空間に空しく聞こえた。

「ルカ、いつものお前らしくないな。何が気に入らないんだ?たしかに今回は難しいケースの任務だったが、成功させたじゃないか。……充分だろう?」

そう、たしかに充分なのかもしれない。……組織の重大な規則を破ったことを除けば。
問いかけるアルフォンソの顔を見ることが出来ずに、ルカはそっぽを向いて無言で銃身の手入れを始めた。

どこで育て方を間違ったかな。なぜか態度の悪い弟に対して、そんなお門違いのことを考えながら、アルフォンソは重い空気の中で再びルイドに向き直り口を開く。

「バッファローが居なかったのは、R生物の来襲を本能的に感じていたから。R生物が消えた今、そのうち適当に戻ってくるだろうが……それまでルイドの村の人達が、飢饉に耐えられるかどうかが問題だな」

ここで、一度切ってから、アルフォンソは続きの言葉をつむぐ。

「……ルイド、村に戻らないか? 俺たちも一緒に行ってやるから、大丈夫だろ?」

アルフォンソが言った瞬間、ルイドはビクリと反応を示した。少年は小さく震えながら、ひかえめにアルフォンソを見上げると、悩むようにその暗い顔を落とす。

規則を破ったことがアルフォンソに知られたくない、早くベースキャンプに戻ってこの任務を終了させたい。それなのに、どうしてこういうことになるんだ。ルカはアルフォンソに知られないようにこっそりと深く溜め息を吐いた。

ルカにはアルフォンソの気持ちが分かっていた。両親を幼くして亡くした自分たち兄弟で、長兄としての責任を子供ながらに負い続けたアルフォンソ。ずっと弟であるルカを育ててきてくれた彼だからこそ、親を恋しく思う子供の気持ちも、子供を大切に思う保護者の気持ちも痛いほどに理解しているのだ。だからこそ、アルフォンソはルイドを村に帰してやりたいのだろう。

村までルイドを送ることになるのは仕方が無いことなのだ。だが、ルイドがアルフォンソの前で間違っても<RED LUNA>の話題に触れないようにと、ルカは切に願った。






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