ch1.黒髪の兄弟 10
もう腹を括るしかない。ルイドが<RED LUNA>の話を持ち出せば、それまでだ。覚悟したルカは手入れを終えた武器を懐にしまい込むと、その重い口を開いた。
「ルイドを送りに行くんだろ。……早く行こう」
アルフォンソとルイドは急に態度が変わったルカに驚いて、一瞬立ちすくんだ。そんな様子にはお構いなしといったように村がある方向にさっさと歩き出したルカの背中に、アルフォンソが慌てて声をかける。
「おいルカ、待てって! ……全く、どうしたっていうんだ」
言いながらアルフォンソが隣を見ると、ルイドは困ったような表情を浮かべてルカの後ろ姿を見つめていた。
「ルイド、歩けるか? なんなら負ぶってやるぞ?」
アルフォンソが笑いながらルイドに声をかけると、ルイドは恥ずかしそうに緩く唇を噛んで、遠慮がちに首を横に振った。
「歩けます。でも、母さんに捨てられた僕が村に帰ったところで……」
ルイドはルカの後姿を見つめたまま困ったように呟いた。
「ルイドの母さんって、優しい人だったんじゃないのか?」
アルフォンソが問うと、ルイドは難しい顔で、ぎこちなく頷いた。
「じゃあ絶対に大丈夫だ。俺はアイツ……ルカの兄貴であって、保護者でもある。もしもルカがお前と同じ目にあって死んだとしたら、俺は気が狂うんじゃないかと思う。だから、ルイドの母親だってきっと同じだ。今頃ルイドが心配で心配で仕方ないんじゃないかと思うぞ」
村への帰還。判断を決めかねているルイドに向かって、アルフォンソは変わらずに笑顔でゆっくりと諭す。
「でも先生が、母さんは僕が生贄で良いって言ったんだって……」
ルイドが泣きそうに震える声でそう言うと、アルフォンソは苦笑しながらルイドの髪を軽く撫で回した。
「そんなもの、先生の嘘に決まってんだろ? ……ほら、早く行かないとルカが一人で村に着いてるかもしれないぞ」
ルイドの背中を軽くたたき、アルフォンソは少年の前を歩き始める。ひょこひょこと重い足取りでルイドが着いてくるのを確認すると、アルフォンソはふと少し遠くでルカが待っている姿に気付いた。
「全部、嘘なのかな? 僕、捨てられてないのかな……」
後ろから聞こえてくる少年の悲痛な呟きを聞く者は、アルフォンソ以外に居なかった。
「――遅いってば」
不機嫌にルカが言うと、アルフォンソは苦笑を洩らして軽く謝罪しておいた。
3人はスエ族の村、集落までの歩を進めていく。早足で歩くことを諦めた様子のルカがさり気なくルイドの歩幅に合わせていることに気付き、アルフォンソは頬を緩ませた。
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