ch1.黒髪の兄弟





ゆっくり飛来していた塊が、近付くにつれて速度をあげながら落ちてくるように錯覚する。組織のリーダーから聞いていたR生物の飛来予測地点はルカとアルフォンソが今いる場所から少しだけ離れた地点で、塊はまさに彼らの予測通りの場所に落下してくれているようだった。
やがて、キュウキュウと細く鳴っていた空気の振動が膨れ上がり、煩いくらいに山いっぱいに鳴り響く。
あまりの高音と爆音で、皮膚は裂けてしまいそうなほどに張りつめる。
すでに耳が痛いなんて感覚は麻痺していたから耳を手で覆ったところで無意味なのだろうが、アルフォンソもルカも覆わずにはいられなかった。
そして、ようやくその時が来た。

R生物飛来、その瞬間。

凄まじい衝撃に、足元が一瞬すくわれた。
膝から砕けるほどの衝撃、一瞬の浮遊感、大地と空気が混合されるような不思議な感覚、数秒間の余韻。
そして数秒の後、引っ張られるように現実に戻されるのは飛びかけた意識。

「……任務、開始」

静かな、落ち着いたルカの声が聞こえた。

ルカはそう呟くように言うと、木々の合間を駆け抜けて、山の反対側へと向かう。
アルフォンソは無言でルカに従った。


山の反対側は、崖だった。
数時間前に兄弟が登ってきた山道は跡形もなく、真新しい崖になっていた。
こういう風景を断崖絶壁、とでも言えばいいのか。アルフォンソはボンヤリと頭の何処かでそう思った。しかし知っている言葉が浮かんだだけで、本当のところはどうだか分からない。何せ、アルフォンソは今までにまともな教育を受けた覚えがない。

ふと、アルフォンソは遥か下を眺める。
ギィギィと鳴き声をあげて、ぎこちなく蠢く何かがいた。間違いなくR生物だろう。

蠢いているのは無数の触手。本体は赤い色の光を放ち、四角い。本体のサイズは遠目じゃ分かりにくいが、人間の上半身ほどの大きさだろうか。
赤く発光する本体に付いている巨大な一つ目が開眼する。充血した不気味な瞳。

「作戦通りにいきましょう。俺がR生物に奇襲をかけます。アルフォンソさんは此処から様子見をお願いします」

ルカがR生物を観察するように眺めながら、冷静に呟く。

「了解した。あのR生物の触手に気を付けろ。触手にどんな特徴があるのか予測できないが、再生能力があるものも存在する」

アルフォンソもまたR生物から目を離さないようにして了解を伝える。

ほんの一瞬の間が空いた。
目線だけを合わせた兄弟は、沈黙に耐えかねたように一瞬だけ笑みを浮かべる。

「また、あとでな」

「頑張るよ」

アルフォンソが微笑して言うと、ルカは苦笑を浮かべた。
すぐにルカは表情を変え、ピリピリとした緊張感を放つ。そして、振り返ることなくルカは一気に崖から飛び降りた。

アルフォンソはルカの後ろ姿を見送った後、自身もどこかに身を隠すべくその場を後にした。





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