番外編 帝国暗殺部隊員の日記
帝国暗殺部隊員・ギーの日記。
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○月×日(△)
街中で愛しのアリサに出会う。
声を掛けたが見向きもされず、引き留めようと肩に触れた瞬間に足を掛けられた。
そのまま強く顔面を踏みつけられたが、その時のアリサは微笑んでいたので、きっと照れ隠しだと思う。
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自身の部下の日記を見つけ、白髪の若い男は眉間にシワを寄せた。
どうしてコイツは仕留めろと命令された相手と遊んでいるのだと呆れながらも、次のページをめくった。
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○月×日(△)
ガロンの機嫌が最悪で、殺されかけた。
でも雑草野郎と言われた瞬間に、アリサにもそう言われていることを思い出して、うっかりニヤけそうになった。
危ねぇ、今後もガロンに雑草野郎なんて言われる度に愛しのアリサを思い出す可能性がある。
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自身の名前が出てきて、白髪の男、ガロンは今後は絶対に幸せそうな部下のことを雑草野郎と呼ばないように気を付けようと固く心に誓いながら、さらにページをめくる。
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○月×日(△)
草陰からアリサに奇襲を仕掛けたが、やっぱり失敗した。
結果的に、髪の毛を引きずり回されて脇腹を斬られたけど、そんな愛情表現しか出来ないアリサでも俺は愛してると実感した。
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ちゃんと命令も聞いているという事実に多少安心したが、奇襲を仕掛けて簡単に失敗してしまったらしい間抜けな部下の姿を想像し、ガロンは呆れ果てながらも次のページをめくる。
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○月×日(△)
また街中でアリサを見かけた。
隣に黒髪の男が居て、二人で仲良さそうに買い物をしていた。
アリサの愛情表現の中にあんなに綺麗な笑顔もあったと知って、何だか泣きそうになったのは、きっと気のせいだ。
……俺、アリサに嫌われてるかもしれない。
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ああ、やっと夢から覚めたか。全くもって馬鹿な部下だと思いながら更にページをめくると、ついにその日記は最新のページに差し掛かった。
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○月×日(△)
数日間、かなり悩んだが、俺は暴力的なアリサでも愛し続けることにした。
そう決めたその日のうちに、なんと町で運命的にアリサに出会った。もうマジで神様大好きだ、大して何もしてくれないけどな。
俺のこと嫌い? って聞いたら、アリサは無表情で頷いてから、無言で敵である俺に背を向けた。
嫌われたって I love you!
……って街中でアリサに向かって叫んだら、真っ赤な顔をして駆け戻ってきたアリサの右腕が、勢い余ってそのまま俺の肋骨に食い込んだ。
肋骨は折れたけど、恥ずかしがって、微笑んでから瀕死の俺を残して逃げたアリサの後ろ姿を見ながら、俺はアリサの激しい愛情表現を優しく受け止めてやる覚悟を決めた。
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どうしようもない程に幸せな思考回路を持つ愚かな部下に対して、本当にどうしようもないのだと悟ったようにガロンは溜め息を吐いて日記を閉じ、それを元の場所に戻した。
そして気分を入れ替えたように自分の仕事に取り掛かろうと思い、ガロンが執務室の黒革張りの椅子に腰掛けた瞬間だった。
バタバタと足音が聞こえ、くだらない日記をガロンの執務室に忘れていった馬鹿な部下が、勢いよく転がり込んできた。
「俺の日記!!」
遠慮のカケラもなく盛大にドアを開け、叫ぶように入ってきたのは日記の持ち主である男だった。
ガロンが無言で日記の置いてある場所を示すと、男は素早く日記を手にとって、パラパラと中身を確認した。
「……見た?」
恐る恐る顔を上げて確認してくる馬鹿な部下に向かって、ガロンは何も答えず、ただ恐ろしい程に冷たい一瞥を投げ掛けたのだった。
嫌われたって I love you !
だってそれが、彼女なりの愛情表現だと信じてる!
-end-
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