番外編 訓練≠安全


ギィン、と高く鳴り響いた金属音は、剣と剣の重なり合う音だった。

すでに陽も落ちた森は闇夜の静けさと暗黒に包まれているのだが、昼行性動物であるはずの人間達が我が物顔で暴れまわる光景を、夜行性動物たちの黒く丸い目が不思議そうに見つめていた。

一度目の金属音からしばらくの間が空いて、二度、三度と続けざまに同じような音がキンキンと鳴り響き、四度目で押し負けたのだろう片方の黒い影が僅かによろめき、その一瞬の後、よろめいた影は対峙していた相手によって、続けざまに鳩尾(ミゾオチ)に深く強烈な蹴りを叩き込まれた。

勢いのある的確な一撃によって軽く地面を転がった黒い影は、そのまま力なく地に伏した。

影が伏している場所には不気味に青白く光る月の光が差し込んでいて、その影のような人間の姿形をボンヤリと照らし出す。

それは、森の闇に紛れるような黒い髪と黒い瞳を持った男だった。

その男の肩は乱れた呼吸によって激しく上下し、頬肉や首筋には数本の長い生々しい切傷がラインを引いていた。彼の顔面は蒼白で、その脇腹からは血と思われる赤く温かいモノが滲み出て、彼の服に大きなシミを作っている。

まさしく満身創痍な男は地面を転がった体制のままで動けずに居たが、何とかして起き上がろうと腕の力だけを上手く使って体を起こした。が、出血多量で力のこもらなくなった腕の力では、最早体を起こすことさえ出来ず、彼にはただ酸素を求めて口を開閉することしか出来無いのであった。

男の異変に気付いた相手は男に静かに歩み寄ると、まるで動けるかと確認するように、無言で彼の肩をニ・三度だけ軽く蹴りつけた。
男は荒い息のまま小さく首を横に振って、自身の限界を伝える。

「もう……無理だ」

その男の言葉に対しての返事は無く、代わりに相手の溜め息だけが微かに静かな空間を震わせた。

「……仕方ないね。帰るよ、ルカ」
「いや、ちょ、力が入らないんだけど」

死に絶えそうな表情でその男、ルカが相手に訴えかけると、相手は再び溜め息を吐いた。

「……起きなきゃ、殺す」

青白い月の光にさらされ、無情にも瀕死のルカにそう言い放つ者の顔が微かに浮かび上がる。

その薄情な物言いや肩に担ぐ血濡れた剣には一切似合わず、その冷酷な人間の正体は、非常に美しい華奢な女性だった。彼女の短く活発に切られた髪は鮮やかな赤色で、その髪だけが唯一、彼女の荒い気性を体現出来ていた。

「………」

困ったように黙りこくったルカの様子に、赤髪の女性、アリサは苛立ちを露にして、眉間に皺を寄せた。

「おい、ルカ。何とか言えば?」

ルカの近くにしゃがみこんだアリサはそう問いかけた後、すぐにルカが気を失っていることに気が付いた。

「……マジかよ」

流石にここまで危険な状況になってくると、暴君で冷淡な彼女の表情にも流石に焦りの色が浮かんでくる。

慌てて自分より大きな体格であるルカを乱暴に担ぎ上げると、アリサは自身でも誇るずば抜けた俊足を十分すぎる程に発揮し、夜の森を一気に駆け抜けた。

「朝から深夜までは無理、か……」

駆けながら唯一小さく呟いたアリサの言葉に、担がれたままのルカが小さく反応した気がして、アリサは憎々し気に舌打ちした。




-end-







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