番外編 truth of his loyalty


懐かしい夢を見た。自分もアイツも、まだまだ幼かったあの日々。
あの日々に戻りたい。でも、戻ったとしても起こるのだろう全く同じ悲劇からは、決して逃れることはないのだろう。


RED LUNA 番外編−truth of his loyalty−


「オイ! またやらかしたぜ、じゃじゃ馬王子!」
同僚の男は、愉しそうにクツクツと笑いながら仲間達に話し始める。その話題にワッと沸いたその場の若い兵士達が、次々と口を開く。
「またかよ、今度は何したんだ!?」
「この前は気取った貴族の浮気現場を写真にとってバラ撒いたんだろ?」
「いやいや、俺が聞いた王子の武勇伝じゃあ、あの鬼のように怖い乳母の服に蛙を放り込んだっていうのが断トツだったぜ!」
ボンヤリとその飛び交う話を捕まえながら、黒髪の天然パーマの歳若い新兵は溜め息を吐きそうになった。

じゃじゃ馬王子。この兵士達が命がけで仕えるマノミア王国の、第一王位継承者である少年の通称だ。厳格な王の顔と温和な王の顔を上手く併せ持つ現王のイェルド王とは似ても似つかぬ息子。いつかは彼がこの王国を統治し、自分達は彼に命がけで仕えねばならぬというのに、どうしてこの兵士達は王子の将来を心配もせずにヘラヘラ笑いの種にしていられるのか。そんな一人の少年兵のドッシリとするような憂鬱も気にせず、周りの同僚達の話題はヒートアップする一方だった。

「いやぁ、なんかよ? さっき王子が、城の外に飛び出してったのを見かけたんだよー」
暢気に話す男の言葉に、一瞬騒がしかったその場が一気に静まり返った。かと思いきや、すぐさま騒然とした唸り声の波が広がり、辺りが男達の野太い叫び声で騒がしくなる。
「お、お前そりゃあ見てみぬフリしてちゃマズいだろ!?」
「どうすんだよ!? 早く連れ戻さなきゃお前……クビ切られるぞ!?」
「ははっ! まあ待てよ、これには続きがあんだよ、続きがよっ!」
そのくだらない会話を聞きながら、傍で傍観していた少年兵は深い溜め息を吐き、おもむろに立ち上がった。無言で兵舎を出ようとする少年兵の姿に気付いた同僚の一人が、慌てて少年兵に声をかける。
「ロベルト! お前どこ行くつもりだよ?」
「さっさと王子を探してくるだけだ」
あっさりと返答し、ロベルトと呼ばれた少年兵はいつもの無表情に少しばかりの苛立ちの色を浮かばせ、静かに立ち去った。ポカンとした表情でロベルトの背を見送る同僚達の中で、この話題を持ちかけた発端となる陽気な兵士は、ポツリと言葉をこぼした。
「俺達の大将と一緒だったから、探さなくても大丈夫なんだけどなぁ……」
そう呟く同僚の背は、取り囲んでいた人々によって冷めた目を向けられた後、遠慮なくドカドカと蹴られる羽目になるのだった。



城門をくぐって城下町に出た瞬間、ロベルトの目の前に、自分の仕える大将と王子の姿が飛び込んできた。仲良く二人で城下町を見回る様はまるで親子のようで、じゃじゃ馬と名高い王子の目は歳相応の子供らしくキラキラと輝いていた。その二人にロベルトがそっと近付いていくと、ロベルトに気付いた大将は驚いたような表情を見せた。
「ロベルトじゃないか、奇遇だな!」
笑顔で言う大将。彼の鎧以外を着ている姿を初めて目にしたロベルトは戸惑いながらも、おずおずと頷く。
「イーヴァル大将。王子が城から飛び出したと聞いて、探しに来たのですが……」
困ったように言うロベルトに、イーヴァルという名前の大将は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「はて? 私は王子を城下町へお連れすると、たしかに王にも私の部下にも伝えたはずだが……」
そこまで聞いて、ロベルトは同僚の言葉をハッと思い出した。まだ続きがある、とか何だの言っていたのは、そういうことかと自己理解する。次いで、ロベルトは王子と大将の邪魔をしてしまったのではないかという思いに苛まれ、一気に顔が熱くなった。

「すみません。どうやら、何か勘違いしてたみたいです」
そう言って慌てて城内へ引き返そうとしたロベルトにイーヴァルが声を掛けるよりも早く、彼の隣に居た王子がロベルトに向かっておい、と声を掛けた。
「お前がロベルトっていう新兵か?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、金髪の王子はロベルトに話しかける。どうして二等兵でしかない自分の名前などを王子が把握しているのかとロベルトはドキドキしながらも、浅く頷いた。
「そう硬くなるなよ、ロベルト。俺は最年少で兵士試験に合格して、経験こそ無いけど剣の腕は最高だって噂の新兵に目ぇつけてたんだ。お前さん、まだ九歳なんだって?」
問われて、ロベルトは再び浅く頷いた。硬くなるなと言われても、つい最近城に出入りし始めたばかりの新兵が、子供とはいえ王族の前で緊張せずにいられるものかとロベルトは内心呟く。
だが次の瞬間、ニッと屈託の無い笑みを浮かべた王子の笑顔に、ロベルトは全身の力が一気に抜け落ちるのを感じた。

「たしかに経験は浅そうだな。知ってるとは思うが、俺が世間で有名な"じゃじゃ馬王子"だ。同い年なんだし仲良くしようぜぇ?」
さも愉快でたまらないといったような口ぶりの王子の一言に、ロベルトはハッとさせられた。緊張していたのではなく、緊張させられていたのだ。自分と同い年の戦闘経験もなさそうな、我侭だとばかり思っていた王子によって、日々訓練を受けてきた自分が威圧されていたのだ。それに気付いた瞬間、ロベルトは王子の将来が心配だだのと言っていた過去の自分の失儀に赤面し、目の前の王子に対して頭の下がる思いがした。

そんなロベルトの心情など露知らず、王子は笑顔で手を差し出す。
王子に求められる握手にどう対応すれば良いのだろうかと悩み、ロベルトは助けを求めるようにイーヴァルを見上げる。その縋るような部下の視線に気付いたイーヴァルは、握手を促すように微笑みながら頷いた。その様子に安心したロベルトは、王子の手に求められるまま自身の手を差し出した。
「よろしくお願いします、デニス王子」

初めて握る彼の手は、少年兵の予想に反して豆だらけでゴツゴツとした厚い手だった。



-end-




前へ / 次へ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -