3月も終わりに近付き、春休みも終盤に差し掛かった頃。自室のベッドでまどろんでいると、唐突にスマホが揺れた。手に取って見れば、荒船からの電話。タップして応答する。

「もしもし、どうしたの?」
「深見、今暇か」
「寝てるのに忙しい」
「暇なんだな」

 忙しいと言ったのに、荒船は華麗に無視して話を進めやがった。なんでも、今本部のラウンジで勉強会(と称した課題まだ終わってない勢の追い込み会)をやっているらしく、人手が足りないので私にも手伝ってほしいとのこと。それにしては早くないか。確かに春休みはあと1週間とちょっとで終わるが、まだ3月なのだ。そう荒船に問えば、「去年のこと忘れたのか」と一蹴された。...確かに、去年は大変だった。主に某A級2位のNO.1スナイパーさんと、某A級1位部隊のオペレーターさんが。まだ他の人は、いくらか手をつけていたと言うのに、この2人は全く手すらつけていなかった。いやほんと、あれはまじでやばかった。いくらボーダーに所属しているとはいえ、この2人、テストは毎回赤点・提出物は出さないの問題児なのである。それが何回も積み重なれば、ボーダーの信頼も落ちるというもの。集まれる限りの同年代を集めて、彼らの課題を手伝ったのは、一年たった今でも鮮明に思い出せる。懐かしいな、ラウンジで皆で徹夜したの。死屍累々とはこのことかと思った。なんか私、人の課題手伝わされるのやけに多い気がする(某A級一位部隊の隊長だったり)。...ちょっと思い出したくなかった。

「今年は絶対あんな目に遭うの嫌だからな。お前も手伝え」
「はいはい、分かったよ。...で、いつまでやんの?」
「夜まで。夜は影浦の家で食う予定。深見も来るか?」
「うん、行くわ」

 それじゃ、今から準備して向かうわ。通話を切り、ふうっと息を吐く。あー...今日の夜ご飯いらないって言っとかないとな。今から着替えて、ちゃちゃと荷物を纏めてチャリを飛ばせば、一時間以内には着くだろう。なんだかんだ言って、久しぶりに同年代の顔を見れるのは嬉しかったりする。特に春休みに入って任務一緒にならなかった人とは全然会ってないし。それに、夜ご飯は久しぶりに影浦の家のお好み焼きだ。思わず鼻歌してしまうのも無理ないだろう。


★ ● ★ ● ★



「おーっ...結構いるね」
「お、深見ちゃんじゃん。久しぶり」
「やっと来たか、遅ぇぞ」

 うるさい、と荒船に返して近くの空いている席に座る。隣の席には犬飼、その犬飼の向かいの席には彼と同じ隊の鳩原未来ちゃんが座っていた。現在ラウンジである程度まとまった場所に皆座っており、すぐ近くの机では荒船が例の問題児2人の相手をしている。中々に厳しそうだ。

「久しぶり、2人とも。2人も手伝いに来たの?」
「いーや、おれたちもまだ終わってなくて」
「うっそ。犬飼はともかく未来ちゃんも?」
「サラッとおれのことディスるよね深見ちゃん。ほら、おれたち今ランク戦で忙しいから」

 そういえば、今はA級ランク戦中だったことを思い出す。玉狛第一はランク戦非参加だからすっかり忘れていた。犬飼と未来ちゃんは、同じ二宮隊所属でA級隊員である。順位は何位だったか忘れてしまったけど、結構良かったはず。昨シーズン、遠征部隊狙えるぐらいだったから。

 未来ちゃんは少し気まずそうに笑った

「中々時間、取れなくって」
「そっか。大変だよね、ランク戦」
「そうそう、だからまぁしょーがないってことで今日参加してんの」

 あー大変大変、犬飼はボヤくと頭に手を回した。全く勉強する素振りを見せない。対して未来ちゃんは、真面目に取り掛かっているのに。少しぐらい見習ってほしいものである。

 未来ちゃんは、ポジションは狙撃手でレイジさんの妹弟子にあたる。レイジさんとは親しく、度々玉狛支部にも来ていたので、それがきっかけで仲良くなった。それに、2年の時は同じクラスだったし。本部で会うことは少ないけど、何度か一緒に遊びにも出掛けたし、仲の良い友人だと思っている。

 やる気がすっかり削げてしまった犬飼は、「ジュース買ってくる」と席を立った。自然と、私と未来ちゃんだけが残る。

 未来ちゃんは自分でしっかりやっているし、私も特にやることないし、他のところにヘルプに行こうかな。私も席を立とうとして、未来ちゃんに呼び止められた。

「...凛花ちゃん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん、もちろん。どこどこ?」
「いや、あの、課題のことじゃないんだけど...」

 てっきり分からないところがあったのかと思っていたので、首を傾げてしまう。未来ちゃんは、なんだか迷っている様子だったけど、口を開いた。

「その、あたしって人が撃てないじゃん。それって、やっぱりどうなのかなって...」

 その問いかけに、私はすぐ返答できなかった。未来ちゃんは狙撃手であるが、人を撃てない。トリオン体だから、生身は無事だと分かっていても、どうしても人を狙うと言いようも無い嘔吐感に襲われるのだと、前困ったような表情で教えてくれた。でも、そんな人は決して珍しくなくて、そんな人達はオペレーターになるかエンジニアになるかして、戦闘員からは立ち去る。適材適所ってやつだ。でも未来ちゃんは、どうしても戦闘員でいたいようだった。なんでも、大規模侵攻で弟が近界民に攫われてしまったらしく、遠征部隊になって取り戻しに行きたいらしかった。

「...気にしなくていいんじゃないかな。ほら、未来ちゃんは未来ちゃんの闘い方があるじゃん。武器だけ狙うなんて、絶対他の人には出来ないし」
「...でも、」
「大丈夫、あの二宮さんから誘われたんでしょ?」

 でも未来ちゃんの表情はやっぱり曇ったままで。私もなんて言えばいいのかなんて分からないから、沈黙が続くだけだった。早く、犬飼戻ってこないかなんて思いながら。

 未来ちゃんの気持ちはよく分かる。私も、昔は怖かったから。戦うことなんて、全く出来なかったから。それでも、私は斬ることを決めた。それよりも怖いものがあることに気付いてしまったから。

 もちろん、未来ちゃんにそんな覚悟を求める気もない。一番良いのは、誰も戦わなくて良いこと。一般人だった子に、いきなり人を撃つ覚悟を求めるのも中々酷な話だ。けれど、私は未来ちゃんに言わないといけないことがある。未来ちゃんの欠点は、遠征では致命的になるかもしれないこと。でも、言えずじまいで。言ってしまえば、未来ちゃんが傷付いてしまうことが分かっているから。それでも、私が未来ちゃんにしていることはただの偽善だ。



身の程知らずの優しいこころ




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