チンケなラブストーリー
「で、その恋人は生涯その花を身に付けるようになったの。その花がこれ。それから『ワスレナグサ』と呼ばれるようになったらしいよ」
「そう、なんだな」
彼は、少し気まずそうな表情を浮かべた。何となく聞いた花の名前の由来が、こんな悲恋物語だとは思わなかったのだろう。そりゃあね、私もはじめて聞いた時はちょっと驚いた。
「英名ではそのまま『forget-me-not』、『私を忘れないで』...だったはず」
「ふーん」
彼は、視線をその青におろした。私も、彼にしたがってまたそれを見る。
...「私を忘れないで」なんて、とってもロマンチックな名前。母はそう言っていたけど、本当にそうだろうか。自分が死んでしまった後も忘れないでいてほしいというのは、酷く自分勝手というか、残された方としてはいささか残酷だ。
絶対、忘れ去ってしまった方が、楽な時だってあるはずなのに。
風が吹いて、前髪を揺らす。二人、口を開くことなく無言のまま時間が過ぎさっていく。
「それじゃあ、そろそろランニング戻るわ」
「あ、うん。分かった」
気まずさを払うように、パンパンと土をはたきながら彼は立ち上がった。そういえば、自主練中なんだっけ。それじゃあ、と走り出した彼に手を振って、私もそろそろ帰ろうと腰を上げる。
視線に入ったその花を直視することなんて出来なくて、どこか居心地が悪い気分のまま、重い足取りのまま歩く。
視界の隅に、走り去っていく彼の背中が見えた。
「眩しいなぁ...」
▽
西洋での花言葉は、「true love」「memories」
もし伝えていれば、彼はどんな表情を浮かべただろうか。今となっては、もう分かりっこないけれど。