災厄は僕に微笑む


 今思い返せば、彼はまた今度という言葉を決して使わなかった気がする。












 私が通う学校の隣には、大きな河川敷が広がっているいるためか、もっぱら運動部のランニングコースはこの河川敷である(ちなみに、毎年恒例のマラソン大会もここで行われている)。

 それは、私が所属する卓球部でも同じことで。部活開始前に、ランニングコース約1.5キロを走ることになっている。

 正直、入部したばかりは辛かった。中学校から卓球部だったけれど、走り込みなんてまともにやっていなかったので毎回へばっていた。

 でもまぁ、1年もたてば体力もつくもので。今では、移り行く河川敷の景色を楽しみながら走ることもできている。

「あ、野球部も走ってる」

 前方にお揃いの練習着を着た集団が見えた。野球部は大体朝練でランニングすることが多いから、この時間帯に被るのは珍しい。

 中々のハイペースでその集団は走りさっていく。視界から消えたのを確認して、ほっと一息。山本くんを見ないですんで助かった。彼はきっと、先頭集団を走っているのだろう。足も速いらしいし。

 どうも彼を見ると色々と考えてしまうというか、視界に入れると、こう、ね。どうしても推しが頭にチラついてしまっていけない。消え失せろ煩悩、彼はただの山本武なのだから断じてあの推しの「山本武」ではないと机に頭を打ちつける日々が続いている。いい加減やめたい。

 でも、そんな私を見て、かの彼は、散々見たあの笑顔そっくりな顔で笑うのだ。

「お前、面白いやつだな!」

...原因、お前だがな。そう言ってやりたい、だけど彼に非はないため押し込んだ。席も後ろとか、本当にありえない。最早殺しにかかってるだろ。やめてくれ、私にイケメン耐性はないんだ。






_彼が転入してきてもう1ヶ月がたった。彼が、本当にあの「山本武」だと確信できないまま。プツリと、たったひとつの漫画がこの世界に消えてから。

「どうして、こんなことになったんだろうね」

 ひとり、ぽつりと呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく、綿毛と共に飛んで消えていった。
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