久々

 放課後になると、グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえ、吹奏楽部の楽器の音が校舎内の至る所から聞こえてくる。

「よっこいせ、と」

 そんなバックミュージックの中、あたしは国語準備室に向けて歩き出した。腕はクラス全員分のノートを抱えているためずっしりと重い。国語係になったのが運の尽き、課題提出が多い係でしくじった。しかも今日はもう1人の係の子は休みだった。友達はみんな部活で忙しそうだから申し訳なくて頼めなかったし。というわけで、現在1人で国語準備室まで向かっている最中というわけである。

「....野球部も練習してるなぁ」

 廊下の窓越しに、野球部がキャッチボールしているのが見えた。全員同じような格好をしているため、個人の見分けはここからでは付かない。

「...やめよ」

 無意識のうちに、見慣れた姿を探そうとしていて、バカらしくなってやめた。大体、噂聞いただけで気になるってどんな都合良い奴よ。やめたやめた、こんなにうじうじ悩むなんてあたしらしくない。早くノート届けて、さっさと帰って寝てしまえばすぐに忘れるはず。
 窓から目線を外して、さて国語準備室に行こうとしたところで、どこからか声が聞こえた。

「___に良かったの、野球やめるなんて」
「___に決まってるだろ、気にしすぎだって、ツナは」

「(.......山本?)」

 開けっ放しにされたドア。すぐそばの教室から声が聞こえた。聞き慣れた声と、確か...この声は沢田だったような。沢田とは中学校から同じの男子で、昨年クラスが一緒だった。あとは、中学校の時から山本と結構仲良かったはず。よく一緒にいるところを見た覚えがある。

 こっそりその話し声が聞こえた教室まで近付いて中を覗いた。2年1組。確か2人とも1組だった。野球部の練習着を着た山本の後ろ姿と、その対面に困り眉をした沢田の姿が見える。沢田が口を開けた。

「でも、山本は野球が大好きなのに...オレのせいで」
「だからツナのせいじゃねぇって。俺が決めたことだし」


「(やっぱり野球のこと...でも、どうして沢田がこんなに気にするの?)」

 どうやら2人は、山本が野球をやめることについての話をしているようだった。話を聞く感じだと、あの噂は本当っぽい。山本は、本当に野球を...やめることを決心しているみたいだった。沢田に話す口ぶりには決意が滲んでいる。でもなぜか、張本人の山本より、沢田の方がよっぽど山本が野球を辞めることについて気にしているようだった。「オレのせいだ」と語る口ぶりは重い。...うーん、分からん。どうして野球やめることが沢田のせいなんだ?

 あたしが頭を悩ませる間にも、山本と沢田の会話は進み、だんだん言い合いはヒートアップしていく。
「だから!オレはもう山本をこれ以上巻き込みたくないんだってば!野球だってやめて欲しくないし、それに!」
「だから、野球やめるのは俺の意思でツナのせいじゃない!俺は、守護者としてツナを守りたいんだ!」
「でも!これからは本当に命の保証なんてできないよ。何が起こるか分からない。それに...オレは、もう二度と山本にあんな目にあって欲しくない!」
「...それは分かるよ。でも、俺の意思は?俺が、ツナと一緒にいたい気持ちはどうなるんだ?」
「そ、それは...」



「...ごめん、ちょっと時間おいて話そうぜ」
 山本がポツリと呟いた。今の山本の表情は容易に想像できる。無理に笑おうとして変な顔になっているはずだ。

「....山本、」
「...俺、練習戻らねぇといけねぇから、またな!」

 山本が沢田に背を向けて、それから教室から出ようした。...やばい、早く隠れないと山本にさっきまでの会話、聞いてたのバレる!

...とは言っても、直ぐに隠れられるような場所も見つかるはずがなく。教室から出た山本と思い切り目があった。...目が合うの、一体いつぶりだろう。

「...なまえ」
「...山本」

 沈黙が続く。お互い気まずくて仕方がなかった。

「...さっきの会話、聞こえてたか?」
「...うん」

 嘘をついても何だかバレてしまう気がして、正直に答えてしまう。「そっか」と山本が呟いた。その口調は、虫の羽音のように弱々しい。

「悪りぃけど、さっきの会話は全部忘れてくれ!じゃあな!」
「ちょ、ちょっと!山本?!」

 山本は背を向けると、すぐに走り去っていってしまった。もうその背中は見えない。伸ばした手は、届くはずがなかった。

「...あー、くそ」

 やってられなくて頭をガシガシと掻いた。意味が分からない。朝から山本の噂が変に気になるし、沢田との口論見ちゃうし、しかも会話の内容意味分かんないしなんか深刻そうだし!...それに、





...山本のあの目。あの目を、あたしは知っている。

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