違和感

「なまえ、おーいなまえ!」




「…...ハッ」

 どうやらしばらくぼうっとしていたようだ。友人の呼び掛けで沈んでいた意識が浮上する。まだシャーペンを握ったままだった。机の上には、板書を写し途中のノートが広がっている。先程まで数学の授業だったのだ。いつもは丁寧に書くノートにも、今日はミミズの様な線がいくつも引かれてあった。

「なまえ、大丈夫?上の空って感じだけど」
「あ、うん、大丈夫。ちょっとぼぅっとしてただけ」
「そっか。それならいいんだけど」

 ワイワイがやがや。休憩中のクラスは賑やかなものだ。隣の席に集まる男子グループは、先程の数学の授業の分からなかった点を真面目に話しているが、一方で後ろの席からは、「教頭先生はヅラか」なんてことをバカ真面目に議論している男子達もいる(教頭先生がヅラかそうでないか、並高生の注目の的だった)。

「ねぇ、昨日の獄寺君見た?」

 黒板前に集まる女子グループの子の甲高い声が聞こえてきた。

「体育の時、髪結んでいたんだけどね。...めっちゃかっこよかったの!」
「うそ、本当に?見たかったなぁ」

 いいなぁ、と女子グループの間に声が上がる。1人、その甲高い声の持ち主だけ得意げな表情を浮かべていた。

「そういえばさ」、今度は隣の男子グループの子の声だ。

「山本が、高校で野球辞めるって噂、本当なん?」
「そうそう、それ気になってた!」
「白井、お前野球部だろ。なんか知らねーの?」

 そうは言われても、と白井と呼ばれた男の子が答えた。坊主頭で肌はこんがりと焼けて黒く、いかにも野球少年といった風貌だ。

「俺もなんも聞いてねーよ。そんなに気になるなら山本に直接聞けばいいじゃん」
「それが出来たらお前に聞かねーよ」

 これでこの話は終わりとばかりに、隣のグループの男子達は元の真面目な話に戻っていった。今度は次の授業の古典について。...そういえば、予習まだしてなかったなぁ。

「...本当なんかね、山本君が野球やめるって噂」
「...さぁ」

 あたし、山本とは高校入ってからあまり話してないから。そう友達に返して未だ開いたままのノートを見た。板書はもう消され、写す気もとうに失っていた。

● ○ ●


 先程、隣の男子グループで話題に登った山本という男子は、一応あたしの幼馴染である。付き合いは古く、それこそお互いがまだ意識がはっきりする前から既に一緒だったらしい。
 幼稚園も一緒、小中高も一緒。とにかくずっと一緒だった。とは言っても、小学校も高学年になるにつれ話すことも少なくなり、中学校は一度も同じクラスにならなかったから全然喋らなかった。高校も違うクラスだから接点もないしで、ここ最近はろくに会話もしていない。

 それでも、よく噂には聞いていた。それもそのはず、彼はいつも人気者だったから。人当たりが良くて運動神経が抜群。野球が上手で、笑顔が可愛い(らしい。クラスの女子によれば)。まさに人気者になるための条件を全てクリアしている。それが、山本武というやつだった。

 山本は、小学校の頃から野球をやり始めメキメキとその実力を伸ばしていった。中学生の時は一年の時からレギュラーだったらしいし、高校でもレギュラー...昨年、この並盛高校を初めて甲子園に導いた立役者らしい。投げては三振、打っては本塁打の活躍だったそうだ。まあ、野球のルール未だによく分かんないから何とも言えないけど。

 でも、山本が高校で野球をやめる噂を聞いてから、なんだか胸がざわつく。あいつは十分プロ入りを目指せる腕だって聞いたし、スカウトも時々並高に来ているらしい。それに、何より山本本人が野球が大好きだから。あいつは一度、怪我で野球が出来なくなった時自殺しようとしたほどである。そんな野球バカが、高校で野球をやめるなんてこと、あるのだろうか。

「(........なんでこんなにざわつくかなぁ)」

 一応幼馴染とはいえ、ここ数年間のあたしと山本の関係は、ただの同級生といった方が正しい。今さら気になってどうすんのよ。それに、あたしは、山本が大変な時、そばにいなかったのに。

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