「その、雲雀さんって人が凄く強いんですけど、怖くて...」

 知っている、私はこの人のことを知っている。とても強いことも気に入らないことはすぐ倒そうとするところも横暴なところがあるところもすべて私の知っているあの子のことだ。綱吉君の風紀委員長こと「雲雀さん」の話をぼんやりと聞きながら、私は、あの子のこと_恭弥君の思い出を脳裏でなぞった。

 そっか、恭弥君、風紀委員長になっていたんだ。







 雲雀恭弥君は地元でも有数の名家のご子息だった。並盛町の高級住宅街に和風の立派なお屋敷を構えたその雲雀家は、先祖代々この並盛という土地を守ってきたそうで、下手すれば町長よりも権力を有していた。しかもこの雲雀家一族は優秀で、今や並盛町だけでなく日本の中心、政治・経済にも進出しているともっぱら噂だ。あの一族なら、きっと赤子の手を捻るよりも簡単にやってしまうだろう。それぐらい、彼ら一門はエリートのよりすぐりだった。

 だから、普通そんなエリートの恭弥君と、町民の中でも底辺をはえずっている私が関わる要素なんて一ミリもないはずだけど、だけどなんの巡り合わせか、私と恭弥君は、あの頃、確かに友人だったのだ。

 はじめて会ったのは、私がまだ高一の時だ。学校帰りに近道にと公園に通りがかると、悪代将といった風貌の小学校高学年の男の子とその取り巻きの男の子がまだ幼稚園児ほどの小さな男の子を取り囲んでいた。

「お前、生意気なんだよ!」

 その悪代将は、まだ小さなその男の子に大人気なく怒鳴っていた。取り巻き達もそうだそうだと囃し立てる。周りに保護者らしき人はいない、いつも一人はいる大人も見当たらない。悪代将は、それを理解してその男の子に当たっているようだった。小学生というものは単純で、力を持っているものが弱いものをいじめて服従させる。そこにあるのは弱肉強食、ただシンプルだけどそれが時に残酷でもあった。きっと悪代将も、自分の強さを引けからし、気に入らないその男の子を屈服させたいのだ。自分の強さに酔うことがどれほどの快感をもたらすのか、既に彼は知っているから。

 自分よりも一回りも大きな人に囲まれたら、普通ならすぐ縮こまって泣き出してしまうだろう。実際、あの場にいたあの子以外は全員そう考えていたに違いない。けれども、その男の子は怯える様子も震える様子も全くなかった。

 ただ、しっかりと、その悪代将達を見上げ、睨みつけていた。

「な、なんだよ!やれ!」

 悪代将達は、その男の子に飛びかかった。流石にこれは大変だと私も止めにかかる。けれど、私が到着するより前に決着はついたようだ。男の子は見事な体裁きで悪代将達の突進をかわすと、あっという間に倒してしまった。

「お、覚えてろ!」

 捨て台詞を残して、悪代将達は去っていった。そして、その場には私とその男の子だけ取り残された。

「...何?」

 その子はこちらを睨むように見上げた。その目はとても真っ直ぐで、何者にも屈しない意思の強さがあった。

「...顔、擦り切れてるよ」

 その子は、確かに悪代将達の突進を躱していたが、それでもいくらか顔に擦り傷がついていた。取っ組み合いに持ち込ませようとして引っかかれてしまったのだろう。せっかくの綺麗な顔が台無しだった。

「絆創膏貼るから、そこに座って」
「...別に、いい」
「いいから」

 渋るその子を座らせて、カバンから絆創膏を取り出す。なぜ自分でもこんなに気にかけてしまうのか不思議だった。いつもなら見なかった振りをするのに。触発、されてしまったのだろうか。その男の子の、自分よりも一回りも大きな敵に全く屈しなかったその様子に憧れたのかもしれない。

 消毒液はないから絆創膏を貼るだけ貼って、家に帰ったら手当してねと助言する。とても嫌そうな顔をしたけれど。

「いいから、ちゃんと手当してね」
「.......」

 返事はない。けれど、きっと家に帰ったら手当をしてくれるだろうなと確証に近い予感のようなものがあった。





 それから度々公園に寄るたび、その子はいつも公園のベンチに座っていた。はじめて会った時から1ヶ月が経って聞いたその子の名前は、雲雀恭弥といった。恭弥君はいつも、何かしら誰かに絡まれていた気がするが、その度返り討ちにしていた。たくましいことこの上ない。

「ねえ、なまえは何か好きなものあるの」
「え、好きなもの?うーん、何かな」

 自分の名前だけ知られるのは不公平だと、半ば脅迫に近い形で教えた自分の名前だが、恭弥君はいつも私のことを下の名前で呼び捨てにした。仮にも私が一回りも年上だが、恭弥君には遠慮という言葉が辞書にないようだった。出会ってからというものずっとタメ口だし、なんなら舐められている気がする。こないだだって、私がこっそり自分用に買って鞄の奥底に隠していた和菓子を食べられたのだ。いやまあ、それぐらいで怒りはしないけれど、あ、私弱いもの認定されてる?と気付いたのは時間の問題だった。それもそのはず、その頃の私はいつも体中絆創膏だらけだったから。「絆創膏だらけ=傷=喧嘩=弱い」の方程式が既に恭弥君に出来上がっていたのか、私が新しい絆創膏をこさえて公園に行くと、「また負けたの?」と呆れられた。幼稚園児に呆れられる高校生とか、情けなさすぎて最早涙も出なかった。けれど、その度何故か恭弥君は嬉しそうに「絆創膏貼り直すから座って」と私に強請るのだった。そうは言っても、とてもじゃないけど幼稚園児に見せられるような有り様じゃないから断るのだけど。そうすると、不機嫌そうに恭弥君は私の背中を叩いた。少しだけ痛かったけれど、ああ加減してくれてるんだなと嬉しくもあった。

「好きなものはね...えっとね、お金」
「...もっとマシなのなかったの」

 恭弥君は私に対してなかなかに辛口だった。私渾然のギャグも氷点下のような眼差しで「つまらない」と言われ、とても死にたい気持ちになった。けれどまあ、膝を抱えて落ち込んだ振りをすると下手くそながらも励まそうとしてくれる可愛げがある。むしろ最近はそれが楽しみで大袈裟に落ち込んでいる振りをすることもある。恭弥君も最近は慣れたのか、励ましてくれないことも増えたけれど。

「そういう恭弥君こそ好きなものは?」
「...教えない」

 そして恭弥君は度々理不尽でもあった。自分の気に入らないことはとことんやらないし、従わない者は倒して徹底的に従わせる。自分が無下に扱われるのは堪えきれないようだった。整った鋭い目付きからは、彼のプライドの高さが既に露見していた。

 全くもって、雲雀恭弥という人物は、私、みょうじなまえという人物と正反対だった。





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