恭弥君とお話したり、時には公園から出て買い物することは本当に楽しくて、いつの間にか生活の一部になっていた。特に、その頃は家や学校にいることが辛かったから、彼と過ごす時間は唯一気が休める時間だった。それでも、一緒に過ごしていく中で、度々恭弥君と私の明確な違い_溝のようなものを感じると辛くもあった。恭弥君の強さもそうだし、家柄とか性格とか、色々なものが私には羨ましくてたまらなかった。

 母親の顔は、写真の中でしか見たことがない。物心ついた時には、両親は既に離婚していて私は父親に引き取られていた。きっと、母親が精神的に娘を育てることなんて出来なかったのだろう。疲弊してしまったのだと思う。父親は、横暴な人だった。酒を好み、そしていつも煙草臭かった。気に入らないことがあればすぐに八つ当たりし、私は昔から生傷が絶えなかった。殴る蹴る怒鳴るは当たり前、酷い時には首を締められ何度死ぬかと思ったか。父親はギャンブラーでもあったから、いつも借金まみれで度々家には借金取りの怖いお兄さんが訪れていた。ドアの向こうで怒鳴る彼らの声を聞いて、私はひたすら物置部屋で息を凝らした。バレませんように、この世界から消えるように。息を殺して殺して、ただひたすら時間が流れるのを待った。気が付けば、いつも誰かの機嫌を伺っているような毎日だったと思う。信頼できるような親戚なんていないし、学校の先生に相談してもどうにもならないことを子供ながら理解していた。じゃあ警察はどうかって、こんなたった一人の少女の訴えひとつ、彼らが親身に受け入れてくれるのか。答えは否だ。やんわりと拒絶され、私は、味方なんてどこにもいないのだと悟った。もちろん同級生達に相談できるものじゃない。同級生達は、当たり前のように両親からの愛情を享受していて、父親から虐待を受ける私が異端であることは明白だった。そして、そんな私の話をきっと同級生の誰も理解してくれないことも。子供は残酷で、自分と異端なものは排除しようとする。それがいじめに繋がると薄々勘づいていた私は、ただおかしくないように友達の家族の話にさも理解していると装って相槌をうった。そうすれば、周りから浮かずに上手くやっていけるから。ただ、そうやって自分を偽る度胸がきしんだ。友達が家族と過ごす当たり前の日常が羨ましくて、でも到底叶いそうにないそのギャップに涙が溢れそうだった。架空の家族像を思い浮かべる度、どうして私だけと、友達を恨んでしまいそうだった。

 それに対して、恭弥君は何もかも持っていた。前から育ちが良さそうとは思っていたものの、なんとあの雲雀家のご子息だと聞いた時は目眩が起きた。一度家にもお呼ばれしたのだけれど、優しそうなご両親だった。「いつもありがとうございます」と帰り際渡された和菓子は、私がいつも好んで食べていたもので、「恭弥から聞きまして」と照れながら笑ったお母様は本当に可愛かったし、母親がいたらこんな感じだったのかなと漠然と思った。

 そして恭弥君はとても強かったから。周りからどう思われるかなんて気にしないと、いつも上を向いて堂々と歩く姿勢は、私の憧れの姿そのものだった。真っ直ぐな切れ長の目で前方を睨みつけるその姿勢は、いつか誰かの上に立ち、まとめあげる姿を彷彿させた。そんなカリスマ性が、既に彼には備わっていた。私とは真反対だ。私は、周りからどう思われるかが怖い。いつもいつもビクビク辺りを見渡して、機嫌を損なわせてしまわないように顔色ばかり伺っている。歯向かうなんて以ての外で、いつも誰かの言いなりだった。自分の意思なんて持ち合わせていないのだ。

 そんな自分に限界を感じたのが、中学校を卒業して。高校は自分でバイトをして学費を稼ぐとして、大学、この先の人生はどうするのか。周りはさも当然のように大学進学の話をしていたけれど、私は、自分が大学に行っている姿が想像できなかった。大学は高校よりも断然お金がかかる。勉強したいことはあるけれど、お金のことを考えると、就職しか有り得なかった。まあ、それから家光さんの手助けもあって結局大学進学に決めたのだけれど、当時の私は大学に行けないかもしれない絶望感に苛まれていた。

 だんだん、受験の話ばかりになる学校にも居ずらくなって、家にも当然帰りたくなくて。呼吸がしづらくて仕方がなかった。そんな中、恭弥君から家族の話を聞いたり、彼の強さを目の当たりにする度、私は、醜くも、一回りも小さな彼に嫉妬の念を抱いていたのだ。そんな自分が情けなくて、でも止められそうになくて。弱い自分を隠すように、恭弥君の前ではずっと笑ってばかりでいた。私は、恭弥君に、みっともない奴だと思われなくなかったのだ。





交差しない視線



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