8−3
「和田原?」
ふと、山本の声で我にかえった。驚いたようなその表情に、瑞穂はつい喋りすぎたと反省した。思わずカッとなって言ってしまったが、後の祭りである。
「ごめん、山本。今言ったことは、忘れて...」
「...いや、忘れない」
だが、目の前の彼は笑ってそう言うと晴れ晴れとした表情を浮かべた。曇りひとつない、眩しい笑顔。
「なんか、おかげで目が覚めた。ありがとな」
「いや、私は特に...」
勝手にベラベラと、説教まがいのようなことをしてしまった。しかも、今思い返せば、セリフが凄くクサイ。今どきこんなこと言うやついるのか?いたわ、私だわ。いくらなんでも過去に影響されすぎだろ自分。いやでも、こんなこと言うあの人もあの人だけど。などなど、今になって先程の言動に羞恥心が湧き、少々、いやだいぶ居心地が悪い。
顔が赤くなっていくのを感じて俯きだした瑞穂に追い討ちをかけるように、山本はまたこう言った。
「ツナにも思ったし、今までもずっと思ってたけど、お前、本当にすっげーのな」
「...は、」
一点の曇りなく、純粋な気持ちから出させたその言葉、そして今までは特に思わなかったが、その整った顔立ちからの無邪気な笑顔。不意に、昨日黒川花が言ってきたことを思い出す。
「前から思ってたんだけどさ、瑞穂って山本のこと好きなの?」「はああああああぁぁぁー」
「どうした、和田原?風邪か?」
「いや、風邪じゃない。」
素っ頓狂な勘違いをする山本に、本当に、本当に一瞬だけときめいてしまったのは末代まで秘密にしておこう。
確かに肉体年齢こそ中学生だけど、こちとら精神年齢は三十路である。犯罪の香りがプンプンする。いや、絵面的には大丈夫だがこちらの精神的に。そもそも、こんなひねくれ万年真顔の三十路ババアにときめかれた山本に申し訳ない。
「なんか、ごめん」
「?どうした?」
頭上の上にはてなマークを浮かべている山本。そんな表情もかっこいいと、クラスの女子なら叫び声をあげそうだ。同クラスのガチ勢なら泣き出しそう。
なんか、入学して数ヶ月、山本がクラスの女子から人気な理由がやっと身に染みてよく分かったような気がする。
今時の中学生とは思えないほど素直だし、純粋だし、野球上手いし、イケメンだし。そりゃあ人気になるわ。
まだおさまらない頬の熱を冷めようと、瑞穂は手で顔をパタパタと仰いだ。