7−4
「野球の神さんに見すてられたオレにはなーんも残ってないんでね」
何もかも諦めたように語る彼は、本当にそう思っているのだろうか。本当に、野球以外何もないと思っているのだろうか。
今、彼には、必死に呼び止めようとする声が聞こえていないのだろうか。
ギリッと瑞穂は歯ぎしりした。どうして昨日残らなかった。彼の性格上、無理をすることは分かっていただろう?何がなんでも居残って、やめさせるべきだったのに。
彼がもたれかかるフェンスは老朽化がすすみ、今にも折れそうだった。群衆から悲鳴が上がる。いよいよ待っていられないと、駆け出そうとしてその足を止めた。
「(私が、山本に言ってあげられることって)」
私が和田原瑞穂である限り、きっと彼に「私」の言葉は届かない。
_そんな時、一人の男子生徒が前に出た。あたっ、とよろけながら出てきた彼は、最近よく見るようになった茶髪の姿だった。
「ツナ...」
その姿を見た彼は、その男子生徒の名を呟いた。どうしよう、と慌てる様子の男子生徒に、彼は語る。止めようとしてもムダだ、と。お前なら、オレの気持ちが分かるだろう、と。彼はまた語る。
「ダメツナってよばれてるお前なら、何やってもうまくいかなくて死んじまったほーがマシだって気持ちわかるだろ?」
「え、あ、いや。山本とオレは違うから」
だが、そう答えた男子生徒の言葉にピクリと彼の目が動き_温厚な彼とは思えないほど、刺々しい口調で彼は喋った。
「さすが最近活躍めざましいツナ様だぜ。オレとは違って優等生ってわけだ」
「え!」
彼の、最近の鬱憤が溢れ出ているようだった。何もかもうまくいかない彼の目には、最近悪い意味でも良い意味でも目立ち出したその男子生徒の姿は羨ましく映ったのだろう。
何もできない。黙って見ていることしかできない自分。もっとよく見ていれば、彼の異変には気付けたはずなのに。
今まで見たことがないほど暗い表情を浮かべる彼。彼と自分の今の物理的な距離が、心の距離のようにも思えて瑞穂は俯いた。
だが、瑞穂はまた顔をあげた。それは、男子生徒が彼に話す言葉が聞こえたから。不器用ながらも、必死に心の底から本音を語るその男子生徒の言葉に、彼の表情も和らいでいく。
「ごめん、じゃあ!」
そして、全てを語り終わった男子生徒がその場を立ち去ろうとした。しかし彼がその生徒の袖を掴んで_
バランスが崩れ、フェンスも崩れ、2人もろとも落っこちた。
「あ゛」