備忘録 1


まだ5歳にも満たない幼い少女は、何とか自力で椅子に座ると机の上にあった万年筆を引っ掴んで紙に何かを書き出した。白い紙に、少女とは思えない端正な字を連ねていく。全ては、今この現状をまとめるため、忘れないようにするために。突如、少女の脳裏に駆け巡った記憶を少しでも残していくために。






長月瑞穂
父:長月徹
母:長月綾子
徹、綾子夫妻は定食屋「ひだまり」を営んでいた。地域でも評判の店。
長月瑞穂は高校卒業後、大学進学のために上京。
引っ越した当日、街を散策中、通り魔に刺されて死亡。享年18歳。







更に書こうとしたところで、階段をのぼる音に気付き、少女は筆を止めた。これを見られたら大変と、少女はその紙を折りたたむと、万年筆とともに乱雑に机の引き出しの中に入れた。少女が急いでベッドに入ったのと、部屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。少女は目をつむった。まだ寝てないと父親にバレてしまえば、また何をされるか分からない。少女の部屋を見渡したその男性_少女の父親は満足したのか部屋から出ていった。他の部屋のドアが開いた音がして、少女は息を吐いた。どうやらとても緊張していたらしい。

少女にとって、父親から暴力を振るわれることは日常茶飯事だった。叩く蹴るは当たり前、時には父親が家に連れ込んできた女の人_母親ではない人にも暴力を振るわれ、少女の心は既に壊れかかっていた。今日も父親から殴られて、泣きながらベッドに入った時だった。

突如、少女の脳裏にとある記憶が駆け巡った。

少女ではない、誰かの記憶。優しい両親のもとに生まれたとある少女の一生の記憶が、彼女の脳裏を駆け巡った。

少女はとても懐かしい気持ちになった。とても他人事のように思えなかった。そして、気付いてしまった。

_私は、今度はこの和田原家の娘として生まれ変わってしまったということに。

記憶は本当に一瞬で、まだ曖昧だ。思い出せないことも多くて、なんだか頭もふわふわする。必死に流れる情報を理解しようと脳を酷使してしまったからかもしれない。

「前」は通り魔に刺されて死んで、「今」は実の父親から虐待を受けて。

「全くもって笑えないんだけど」

ぽつり、少女は呟いた。今はただ、父親に殴られた箇所が痛い。




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