王者の過去‐前編(キングとテックス) 〔血〕
2018/01/02 03:12
―初めから完璧な人間なんて、この世にいるわけがない。
「また一位!キングさんは凄いなぁ!」
ピストン杯終了後にそう言葉をかけられることが、いつのまにか通例となっていた。
「ただ走りが得意なだけじゃ、こうはいかないよな。」
「うん。仲間を大切にする、そんな人間性の良さが連勝を可能にしているんだろうな!」
マスコミの皆が口々に持論を語る。
「…有難うございます。」
私は彼らに一瞥し、ピットクルーとクルーチーフに謝辞を述べてから控室に歩いていった。
「キングは格が違うな」
そんな言葉が、後ろからひっそりと聞こえた。
シャワーで汗を流している時、ふとマスコミの言葉が頭を過ぎった。
「格が違う、か…。」
直接言われたことこそないものの、メディアで私は何度もそういう表現をされてきた。
…別に、厭なわけではない。
ただ、過去の自分を思い出し、決してそんなことはないと感じるのであった。
十数年前、私はひっそりとデビューした。
当時の私は、今以上に口数が少なく、世間的には"根暗"と揶揄される類だった。
実際、性格も自己中心的で協調性のかけらもなく、友人は一人もいなかった。
「あいつとチームを組むと疲れる。」
チーフやクルーがそんな愚痴をこぼすのも無理はない。そんな人間だった。
寂しいと思った事は、一度としてなかった。
私が考えていたことは、ただただ"ピストン杯での優勝"だったから。
周りからどんなに誹謗されても、ただただ走りつづけた。
だから、初めて優勝した時はとても嬉しかった。ガッツポーズを何度決めたか知れない。
「優勝おめでとう、キング君。」
テックスさんが話しかけてきたのはそれが初めてだった。
優勝すればダイナコとの契約が待ってる。だから、話しかけられても別に驚きはしなかった。
「契約の話ですよね?」
「えっ…?あ、ああ…それもだが…だけど私は…」
今思い返してみると、私はとんでもなく冷たい態度をとっていた。
「勿論良いですよ。契約書云々の話はまた後日。失礼します。」
敬語こそ使っていたものの、声に抑揚は無く、視線もとても冷め、一方的に話してその場を去った。
「……お疲れ様…。」
当時は気にもしていなかったが、別れ際のテックスさんは、とても寂しそうな表情だった気がする。
それからテックスさんと私の関係は始まった。
******
それからのレースも私は順調に勝ち続けた。
その実力とダイナコという有名なスポンサーのおかげが、私の知名度は日に日に高くなっていった。
その時、私はまさに幸せの高みにいた。
だが、五回目のピストン杯で、その幸せは脆く崩れ去った。
負けた訳じゃなかった。
いつも通り私は一番にゴールし、優勝カップを手にした。
…問題は翌日に起こったのだ。
『キング選手にドーピング疑惑』
そんな言葉がマスメディアを独占した。
勿論そんなのは証拠も無い出鱈目な虚偽。
だが、虚偽だろうが真実だろうが世界中にその話が流れたのは紛れも無い事実で、その話を聞いたものが、私を猜疑の目で見るようになったも事実だった。
「そんな事実はない!」
いくら訴えても、普段から信望がない私の言葉を信じる人はいなかった。
それから毎日が誹謗中傷の嵐。
いつの間にか、私は外に出ることを止めていた。
ドアに窓に鍵をかけ、カーテンを閉め切り、電話線も全て切って…私はただただ優勝カップを見つめていた。
「…。」
何故だろう。
あんなに誇らしかった優勝が、その時だけは、とても憎らしく思えた。
「―…っ!!!」
ガシャンッ!
家具が壊れる音が響く。
私は優勝カップを投げつけていた。
「おしまいにしよう…」
私はふらふらとキッチンへ向かい、包丁を手にとる。
そして、自分の腹にそれを突き刺した。
視界に真っ赤な血の海が広がっていく…
“嗚呼、これで楽になれる”
そう思ったのを最後に、私の意識は無くなった。
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