02
まただ。
月詠先生と銀八はよく一緒にタバコを吸っている。それは最近気づいたことで、この席にならなければ知らないで済んだ事だった。
「むーん、」
坂本先生のよくわからない数学の授業を聞き流しながら窓の外をみたら、今日もまた、先生と月詠先生が二人でタバコを吸っているのが見えた。
銀八が何か言って、月詠先生が頭をスパコーンと思い切りひっぱたく。
それがお決まりの流れのようだ。
じわじわと嫌な感情が募ってへんな唸り声をあげながら余計な感情を押し殺すように無駄にでかい坂本先生の声に集中する。
あっ。うるせーなこの人。
別に、二人の仲を疑っているとかそんなんじゃなくて。
だってそれを疑うという事は先生を信じていないという事だ。銀八は嘘をつく事はあってもそんな、人の心を弄ぶような嘘をつく人ではない。
だから、二人の様子をみて胸がじくじくと痛むのは、ただ単純に、ああ。お似合いだな。と思ってしまっただけだ。
大人だ子どもだ、そんな事はくだらないと先生は言ったけれど、それをくだらないと切り捨てられるのは先生が大人だからで。
子どもの私はやっぱり気になる。
私と先生が並んで居る姿を客観的に想像してもまったくしっくりこないというか。やっぱりどこまで言っても私は先生の生徒にしかならない。
私が10歳年をとったら、先生も10歳年をとる。永遠に縮まる事のないこの差はいくつになれば気にならなくなるのか。
「オイブス」
「はぁ?そんな呼び方じゃ返事しませんけど」
「ヘイ!ブス!」
「あ違う違う違う違う全然違うそういう事じゃないわ。オイに引っかかってんじゃないんだよ。何若干テンション高くヘイ!とか言ってんの何なのなめてんの?」
「うるせーなどうでもいいだろブスはブスなんだから」
「ちょっともうマジでなんとかしてくれないまじ腹立つんだけど誰かコイツをなんとかしてくれよ」
坂本先生の授業は声がでかくて眠るに眠れない。そんな中でも眠れるのは神楽ちゃんくらいで、みんな眠くて眠りたいのにあのバカみたいな笑い声で無理やり覚醒させられて辛そうにしている。
沖田くんも例に漏れず眠れないのかお気に入りのアホ丸出しのアイマスクを首にかけたまま逃れることのできない睡魔と爆音の間でイライラと膝を揺らしていた。
「私でストレス発散するのやめてくれる」
「いやでィ」
「くそやろーが」
真顔で俺から生きがいを奪うっていうんですかィとか言っている沖田くんにできる限りの冷たい視線を送りつけて、再び窓の外に視線を向ける。
ちょうど月詠先生の綺麗な回し蹴りが先生の脇腹にクリーンヒットしたところだった。
ぞわりと得体の知れない何かが胸の奥で蠢く。
私も二人で話たいなぁ、なんて。
卒業までは普通に先生と生徒でいようと自分でそうやって決めたくせに、もう決心がゆるゆるだ。
私がこんなんじゃいつか誰かにバレて先生の立場が危うくなる事間違いない。
「おいなまえ」
「何」
「こっち見ろ」
「だから、なに、ぶっ」
今私は悲しいんだ。お前の相手をしている余裕はない。と話しかけんなオーラを前面に押し出したまま沖田くんを振り返ると、沖田くんが投げた何かが顔面にぶつかって膝に落ちた。
視線を膝に落とせば、彼が愛用しているアホ丸出しのアイマスクと目があう。
何故こんなものを顔面にぶつけられたのか。
「何すん…」
文句を言ってやろうと彼の顔を見たら、かたちの良い沖田くんのアーモンド型の目がしっかりと私を見据えていて思わず口ごもる。
相変わらず顔だけは良いのだから困ったものである。
「見たくねーモンなら見なくていいだろ」
真顔でそう言ったかと思えば沖田くんは次の瞬間にはつまらなそうに黒板の方を見ていた。
「なにそれ。」
拾い上げたアイマスクをつけたら真っ暗闇の中で坂本先生の馬鹿でかい声だけが響いた。