01
夏休み明けの授業。
しかも、お昼休みの後ともなれば、長期間の休みでだらけきった学生にとっては、睡眠を貪るための時間以外の何物でもない。
黒板の前を歩き回って文字を書きなぐる服部をぼんやり眺めながらあくびをかみ殺す私の隣の席では沖田くんがアイマスクをして姿勢良く座ったまま寝息を立てている。
いや、アイマスクはダメだろう、寝る気満々じゃないか。
そんな私のツッコミは、いやこれは睡眠学習でさァ。という苦しすぎる言い訳で一掃された。
休みが開けた一発目に行われた、適当すぎる席替えで幸運にも窓際の後ろという最高の席を手に入れた私が喜んだのもつかの間。
九月とは言え、まだまだ厳しい日差しが照りつける窓際の席は地獄以外の何者でもなかった。
「あ。」
日焼けしそう。
と半袖から伸びた自分の腕をさすりながら窓の外を見やれば、駐車場の一角で銀八がタバコを吸っている姿を見つけた。
今日も今日とて暑苦しい白衣を着て、遠すぎて表情までは見えないけれどきっといつもの気怠げな顔をしているんだろうなと思うと頬が緩む。
なんだ。窓際の席、暑いだけじゃない。いいところもあった。
あの夏の補習でめでたく想いを告げることができたのはいいが、立場上、そのことは誰にも内緒なのである。それは、例え大事な大事な親友の妙ちゃんや神楽ちゃんであっても。
先生に迷惑をかけたくない、だから私はあの日のことを誰にも言わないと神様に誓ったのだ。
それに、銀八と私の関係がそれによって何か変わったかといえばそんなことは別になくて。
一緒にご飯を食べたり、二人でどこかに出かけたり、そういう事は私が卒業するまではできないのだ。
別にそうしようと銀八に言われたわけじゃない。
これは私が決めた。子供じゃないんだぞ。と先生に知らしめるために。
大丈夫。卒業までたったの6ヶ月。
早く卒業したいな。と言って笑った私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた先生の手の感触を思い出してそわそわと髪の毛を手で撫で付ける。
ほんのり暑くなった顔に風を送るように下敷きで仰いで、再び駐車場に目を向けた。
早く。
早く授業終われ。
そんなことを思いながら窓のに熱心に視線を向けていたら、いつのまに目が覚めたのか、沖田くんが「何見てんでィ」と声をかけてきた。
小声だから服部までは届かないのか、それとも聞こえても無視しているのか、だらだらと教科書を読み上げる声がそれを咎めるために途切れる事はない。
「別に。銀八があそこでタバコ吸ってるなって思って見てただけ。」
「ヘェ…」
アイマスクをぐいっと上にずらして然程興味もなさそうに私の視線の先を見た沖田くんの色素の薄い髪の毛が日差しを浴びてキラキラ光った。
こいつ黙ってれば可愛い顔してるのにな。
性格クソだけど見た目はいいのに。
失礼な事を考えながら沖田くんの横顔をジッと見ていたら「俺の顔に穴でも開けるつもりですかィ」とこちらに視線を向けることなくそんな事を言われた。
「え?いいじゃん。別に見てただけ。減るもんじゃないし。」
「減る。見んな。」
「いや減らないでしょ、何が減るの」
「俺の純情が減るんでさァ」
「減らないよだってもともと持ってないじゃん。」
「黙れ」
「お前が黙れ」
「いやお前の方が黙れ」
「いやお前の方がもっと黙れ」
「あ、」
くだらない言い合いを小声で続けていたら突然沖田くんが窓の外を見てあ、と声をあげた。
「なに、」
つられて外に視線を向ければ、いつのまにか銀八の隣には保険医の月詠先生が居て、何やら話し込んでいるのが見えた。
「……」
「増えた」
「…ほんとだ」
何事か話しながら並んでタバコを吸っている姿を見たらスッと心臓が冷たくなったような気がしてギュッとスカートの裾を握る。
「…ひっでェ顔」
隣で沖田くんが呟いた声が聞こえた。