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店番、お願いね。


そう言い残して、店長夫婦とお咲ちゃんが暖簾の向こうに消えてから30分。
店長夫婦とお咲ちゃんが買い出しに出て、一人で店番をする事は、そんなにしょっちゅうではないが、今までにも何回かあった。


それでもなんの問題も起こらず今までやってらこれたのは、買い出しに行く時間帯がお客さんの少ない時間帯だったのもあるし、あとは沖田さんが良く店の前の目立つところに座ってお団子を食べているからというのもあるかもしれない。


理由はいろいろとあるのだろうが、とにかく、こんなか弱そうな娘が一人で店にいて、強盗に入られないのは平和な証拠だ。
江戸はそんなに物騒な街でもないのかもしれないなんて思ったりして居たのだ。






それなのに、なんだ。
今日は。






ぎゅう、とエプロンの裾をを握りしめて、
ちらっとカウンター越しに立つ男を盗み見る。




今朝の占いで、にっこりと、毎朝素敵な笑顔をふりまく女子アナがいつもと変わらない、それはそれは綺麗な笑顔で12位の星座を告げた瞬間がフラッシュバックする。


『今日は夕立の雷にうたれるでしょう!全身ゴムのスーツを着て出かけた方が良さそう。ラッキーアイテムはゴムです!』



雷にうたれるでしょう。
そんな馬鹿な。と鼻で笑った今朝の自分を思い出す。
雷に、うたれる。
撃たれる。
頭の中で彼女の声を反芻しながら今度はちゃんと目の前を見据えれば、しっかりと私の眉間に突きつけられているのは黒い鉄のかたまり。


所謂、拳銃というやつだ。




いや、雷っていうか…。




銃弾に撃ち抜かれそうなんですけど。




こんなところで終わりたくないな。
まだまだやりたい事がいっぱいあった。
なんでこんな事に。



そんな事ばかり頭に浮かんで、
だけども、意外と冷静なのは現実味がないからかもしれない。
こんなものをこんなにも至近距離で見たことなんて今まで生きてきて一度だってない。
私はぬくぬくと暖かい箱の中で育ったのだ。





「お前のせいだ。」



眼前に構えられていた銃口が本日何度目かになるそんなセリフとと共にグッと皮膚に押し付けられる。

ふらりと人気のない店内に入って来た時からずっと、お前のせいだ。とだけ言うのだ。
私が一体なにをしたと言うのか。
人に恨まれるような生き方はしていないはずだ。普通に、本当に笑えるくらいごく普通に生きて来た。



「あの、私、何かしましたか…?」


死ぬならせめて理由が知りたい。死にたくないけど。この状況で私が生き残れる確率なんてほぼゼロだ。それくらいどんなにぬくぬく生きてきてもわかる。
しっかりと押し付けられた銃口の冷たさを、どこか他人事のように感じながらそう尋ねると、深くかぶった帽子の奥で男の瞳が揺れた。



「わからないのか…?…わからないのか!お前は!!お前のせいだ!お前さえいなければ!!!お、お咲さんは…!お咲さんはお前に唆されたんだ!」


ごちん、
興奮した男が振り回した拳銃が、見事なまでにこめかみにクリーンヒットする。
とんでもなく痛い。
よりにもよって皮膚が薄いところに当たったもんだからどうやら血が流れているみたいだ。
痛い痛い。
祝☆初こめかみから出血。
何が祝☆だ。おめでたくもなんともない。



「っ…お、お咲ちゃん?」



ますます意味がわからない。痛いし意味もわからないし最悪だ。お咲ちゃんを唆した?何を言っているんだ。からかった事はあっても唆した事はない。



「勘違いじゃ…」

「勘違いじゃない!お咲さんは俺と結婚するはずだったんだ!お前さえいなければ!!」




お咲ちゃんに結婚の予定があったなんて聞いたこともないし、知っていたとしてもそれを妨害するなんてそんな事は絶対にしない。

彼女は職場の同僚であると同時に大事な大事な親友だ。
たとえ彼女が先にどこかに嫁いで行ったとして、心の底から祝福する準備はとっくにできている。



「お先ちゃんに結婚の予定があったなんて知りませんでした。私は何も、邪魔なんて。」


「言い訳を聞きに来たわけじゃない。邪魔者を消しに来たんだ。お前さえいなければお咲さんは俺のものになる。だから死んで欲しいんだ。」


お願い。
と拳銃を握ったままの手を顔の前で合わせて小首を傾げる男。
これはお咲ちゃんがぶりっこして人にものを頼む時のお得意のポーズだ。
お咲ちゃんがやるから可愛いのであってこんな成人男性にやられたところで一つも可愛くない。拳銃もてることもあって余計に可愛くない。

「ちょっと意味わからないです。嫌です。そんなわけわかないまま死にたくないです。」


でもなんだか、彼のコミカルな動きに希望を見出した自分がいる。もしかしたら、説得したら。
万が一にも私が生き残る道もあるのかもしれない。
なんて。一縷の望みをかけて会話を続ける。
もしかしたら引き伸ばしてる間に誰か来るかもしれない。沖田さんがまたサボりに来るかもしれない。坂田さんが、あの、暖簾をくぐっていつもみたいにパフェを食べに来るかもしれない。


「…お咲さんに言われたんだ。私の大事な大事な親友を悪くいうような人に私の残りの人生はあげられないって。お前がいなければこんなことにはならなかった。お前が粗野で野蛮な女だって。真実を言っただけなのに。」


「そうなんですね、否定はできないです」


とんでもない言われようだ。
知らないところで親友の彼氏(仮)にそんなことを言われていたなんてとてもショックだ。


「そうだろ、野蛮だお前は。他にももっと色々言ったんだ、お咲さんの品位が下がるからそばにいない方が良いとかそんな感じのことを。そしたらお咲さんはすごく怒って、はるこはそんな女じゃないし、なんだったら私より百倍良い女だってそんなありえないことを言うんだ。だからもう殺すしかないかなって。」


「私を殺したらお咲ちゃんは凄く怒るし、あなたの事を許さないと思います。」

「知ってる。」


抑揚のない声は感情も読み取れないし、
良い方向に向かっているのかどうかも全くわからない。


「じゃあやめた方が良いですよ。こんな馬鹿なこと。君の友人にひどい事を言ってごめんって言えば許してくれるかも。」


「でも良いんだ、もう。許してもらえなくても。お前を殺したらそのあとお咲さんも殺すから。俺のものにならないならいない方が良い。誰かのものになるくらいなら、俺のものであるうちに終わって欲しい。」



だからお前、死んでくれよ。
再び突きつけられた銃口も、真剣な色を灯した奴の瞳がしっかりと私にピントを合わせるのも、全部がスローモーションで見えた。



死ぬ直前って本当にこうなるんだ、なんて頭の片隅でおもいながら、でもどうせ死ぬならこれだけは言わせて欲しい。


「お咲ちゃんを殺したら絶対に許さないから、末代まで呪ってやる」



指に力がこもるのが見えて、あっ、死んだ。と短い人生に思いを巡らせて、ぎゅっと目を閉じる。

ああ。いつか坂田さんに私の大福を食わせてやりたかった。いつもいつもお咲ちゃんの半額の大福ばっかり食べるあの男に、絶対に私の大福を食わせてやると宣言したばかりなのに。



ああなんて、なんて最悪の締めくくりなんだ。


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bkm