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「オーィ、おばちゃん団子1つ」

「おばちゃんじゃありませんはるこです」

「あり?そうだっけ?まあどっちも同じようなもんじゃねーか」

「失礼なこと言わないでくださいぶっ飛ばしますよ」

「まあまあ、一旦落ち着いて、冷静に考えて見てくだせェ。はるこはおばちゃんで、つまりこの世のおばちゃんはみんなはるこなんでさァ。あっちにもこっちにもはるこがいる。あーあ江戸は恐ろしい街だなァ」

「なにこいつもう早く還れば良いのに。土に。」

失礼な事を言いながら店の外に出した緋毛氈を敷いた椅子にどっかりと腰を下ろして、日除けの赤い番傘を見上げるのは真選組の沖田さん。

しっかりと黒い隊服を着ているから今日も間違いなく勤務中だ。


まさか客を追い出そうとするたァ随分と太ぇ野郎だ。
勤務中ってことは山崎さんが迎えに来るかな?なんて淡い期待を抱く私の耳に、沖田さんがつぶやく声が聞こえた。



白昼堂々と悪びれる事なくサボるお前の方が百倍太い神経してるけどな。
という喉まで出て着たセリフは必死で飲み込む。口に出せば百倍になって帰ってくる事は目に見えている。


店内ではお咲ちゃんがお茶とおしぼりを丸いお盆にセットして、私に早く持っていけ!とジェスチャーで訴えかけて居た。
お咲ちゃんは沖田さんに近づこうとしない。
前に聞いたらアレは観賞用でしょどう考えても。と真顔で言われた。確かに。観賞用かもしれない。
そっと彼女の手からお盆を受け取って、奥にいた店長にみたらし団子一皿です、と注文を通す。


「はいどうぞ、お茶ですよ。サボってないで仕事しろ馬鹿沖田さん」

「こりゃどうも。サボってねーよ見回りしてんだよ馬鹿はるこ」

「どこが見回ってんですか、めちゃめちゃ座ってるじゃないですか」

「心のパトロール中でさァ」

「…え?なに?大丈夫ですか?頭とか大丈夫ですか?」



チラッと肩越しに私を見上げた沖田さんは
良いから早く団子もってこいよと言って私の持っていたお盆をバシンと叩いた。


「痛っ暴力反対!」

「暴力じゃなくて愛の鞭でさァ。」

「意味わかんないです」

「あァ、いい歳こいて恋人の一人も居ないはるこにはわからねーだろーな」

「うわー腹立つわーこの人」


憎たらしい事を言って涼しい顔でお茶をすする沖田さんはやっぱり黙っていれば可愛らしい。ずっと途切れる事なくお茶飲んでれば良いのに。永遠に喋らなければいいのに。


ふわりと春のそよ風に吹かれる綺麗な栗色の毛を眺める。ああなんて勿体無い。宝のもちぐされとはこの事だ。せっかく綺麗な容れ物なのに、中身は馬糞みたいだ。


「…何見てんでィ」

「何でもないです。ただ沖田さんって残念だなって。」

「正直に見惚れてたって言ったらどーですかィ」

「ハッ」

「ウゼーはるこのくせに」



そんなことを言いながら彼は暇そうに道を眺めてあくびをしている。

長閑な午後だ。

沖田さんの斜め後ろにたったまま彼に習って道行く人々を眺めてみる。

あーあ、山崎さん、居ないかな。

今日はもしかしたら別の仕事なのかもしれない。

迎えに来るならそろそろ来ているはずだ。



「おいサボってんじゃねーぞ」

「誰が言ってんすか。痛いからやめてくださいよ。」



先ほどと同じように私が抱えるお盆をこちらを見る事もなく暴言を吐きながらバシバシと遠慮なくぶっ叩く沖田さんの手を払いのける。


「何すん、」

「え?何ですか?怖っ!えっ!何でそんなマジギレしてるんですか!」


私の反撃がそんなに予想外だったのだろうか。
何すんでィ。と不機嫌そうな顔でこちらを振り向きかけた沖田さんは不自然に言葉を切って険しい顔で腰の刀に手を伸ばした。


「黙れ」


突然なんとも不穏な空気である。

さっきまでとは打って変わって真剣そのものな彼の声色に、言われるがままに押し黙る。
なんだって言うんだ。
こんな平和な昼下がりに、似つかわしくないピリついた空気。

店内に戻るのも何故か憚られて、そのまま斜め向かいのうどん屋さんの角をジッと睨みつける沖田さんの目線をこっそりと追ってみた。


うどん屋の角ではちょうど、野良猫がゴミの詰まったポリバケツを倒して中身を道にぶちまけているところだ。



「猫。」


思わず呟くとピリッと張り詰めた空気が緩んだ。


「…沖田さん、猫です。よね?」

「うるせェな、なまえのくせに。」

さっきまでは明らかに戦闘態勢に入っていた沖田さんだが、今度は、早く団子持って来やがれィと言ったかと思うとゴロンとその場に横になる。

ていうか、どんだけ早く団子食べたいんだ。さっきから口を開くたびに早く団子持ってこいって言ってくるじゃないか。腹ペコか。


「今焼いてるとこですよ。もうちょっと待ってください。」

「遅ェ。はるこがこんなところで仕事サボってるからそんなことになるんでさァ。働けよ。」


仰向けに寝っ転がると人間の急所という急所がほとんどむき出しだ。
大丈夫なのか。



「ていうか、あの…何かいたんですか?」

「…別に」

「え?何?沢○なの?エ○カ様なの?」

「古ィ…はるこ、余計な事言うと歳がバレますぜ」



沖田さんの事なんて良く知らないけど、お客さんから凄く強い人なんだという噂をよく聞く。

そんな強い人が何かは知らないが、刀を抜かなきゃいけない対象と猫と間違えたりするだろうか。きっと何か居たに違いない。

一度店内に戻り店長がが用意してくれた出来立てほやほやのお団子をとって沖田さんのそばに戻ると、彼は何事もなかったかのようにのんびりしている。


「何が居ました?」

「はるこには関係ない話でさァ。正義のおまわりはいろいろと大変なんでィ。」

「正義のおまわりはこんなところで仕事サボって団子なんて食べないと思います」

「だからパトロール中だって言ってんだろーが馬鹿はるこ」

「どこが。めちゃめちゃ寛いでるじゃないですか。あ、もしかしてパトロールじゃなくてあれじゃないですか?迷子の子猫ちゃん探してたんじゃないですか?お目当ての猫ちゃんはうどん屋の陰に消えちゃいましたけど。」

「殺すぞ」

「ごめんなさい」


もっちもっちとのんびり団子を食べる沖田さんの斜め後ろに佇んで、もう一度あの角を見る。

危ない仕事なんだなぁ。真選組。
きっとなにか怖いものが居たに違いない。
どんな仕事なのかは知らないけど、山崎さんが心配である。


「待ってても今日は山崎は来ねーよ」


見透かしたようにそんなことを言って意地悪そうな顔をする沖田さん。


「待ってないですよ。沖田さんがお団子喉に詰まらせないように見張ってるんです。」

「お前じゃねーんだからそんな鈍臭ェ事になりやせんよ」

「そうですか?」

「そうでィ。」


山崎さんの生きてる世界は厳しいところなんだなぁなんてぼんやり考えたそんな午後である。


沖田さんは帰り際に、なんかあったら呼べよ、気がむいたら助けてやらァ。と電話番号が書かれた紙を私に握らせた。
明日はきっと槍が降る。


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bkm