山崎さんがうちの店を訪れる時は、大抵、沖田さんを迎えに来た時である。
隊服に身を包んだ彼はひょっこりと暖簾から顔を覗かせ、いつも定位置に座っている沖田さんを見つけて、隊長!帰りましょうよ!というのだ。
そして毎回、うるせーという理不尽な爆撃を受けてはアフロ姿になって帰っていく。
彼が純粋にお茶をしに来ることは滅多にない。
だから今日は、
とても貴重な日だ。
「へえ!これはるこちゃんが作ったんだ」
凄いね、上手。なんて言いながら人当たりの良い笑顔でお皿を持ち上げて大福を眺める山崎さんの姿は、なんていうか控えめに言って神々しい。
売り物みたいだねとか言ってるのは聞こえなかったことにしよう。売り物みたいっていうか売り物です。
でもそんな天然発言もとても癒される。
山崎さんはきっとマイナスイオン製造機だ。
「そんな、私なんてまだまだですよ」
えへへ、と笑って頭を掻けば、
奥でお皿を洗っていたお咲ちゃんが、いつもとキャラ違うぞーと余計な一言を投げかけて来た。
「いつもこんな感じでしょ。」
「お咲ちゃんもこれくらい上手にできればいいのにね。」
その声に反応して顔を上げた山崎さんは、奥にいるお咲ちゃんを視界に捉えて笑いながらそう言った。
たまにこう言う失礼な発言を笑顔でするところも良い。なんて思ったりして。
恋する乙女は、盲目なのである。
「何失礼なこと言ってるんですか山崎さん、私はわざと下手に作ってるんですよ」
「へぇそうなんだ」
山崎さんとお咲ちゃんは仲が良い。
明らかに気持ちのこもってない山崎さんの相槌に、
適当に返事しやがって、と悪態をつくお咲ちゃん。
ああ。素直に羨ましい。
坂田さん相手ならこんな軽口余裕で叩けるが相手は山崎さん。優しさのかたまりだ。無理無理。私には到底無理だ。
「店長もよく怒らないよね。」
「気持ちを込めて作れば良いの、ていうか売れれば良いの。」
お咲ちゃんは誰とでもこんな感じなのだ。
美人だけど気取っていない。明るくてとても良い子。欠点と言われてすぐに思いつくのは大福つくるのが下手なことくらいだ。
「お咲ちゃんの唯一の弱点ですからね、大福作りは」
「はは、確かに。弱点と言って良いくらい下手くそだよね。」
ここに座ってるのが坂田さんだったら、
迷うことなく隣の椅子に座っておしゃべりできるのに。
それが躊躇われるのは山崎さんだからだ。
ぼりぼりと銀髪を掻きながら死んだ目でメニューを見る坂田さんの姿を思い出して、
なんで坂田さんなら迷わず座れるんだろうなんて考える。
ああ、きっと坂田さんって空気みたいだからだな。
なんてよくわからない結論に達した。
「うん、美味しい」
そんな声で現実に引き戻されてパッと山崎さんを見ると、彼はもぐもぐと口を動かしながら少し離れた所に立っている私を見ていた。
きゅん。
「それ、もっと大きい声でお願いします。お客さんみんなお咲ちゃんのばっかり食べるんですよ。私のも美味しいって、宣伝お願いします」
これ以上は近づけない。そんなギリギリの位置に立って丸いお盆を抱きしめる。心臓痛い。
美味しいって。
嬉しい。
「そうなの?」
「そうですよ。坂田さんなんて私の愛情たっぷりって言ったら胃がもたれそうだからやめとくとか失礼な事いうんです。ひどいでしょ。」
「こんなに美味しいのにね」
「だから、そうですね、あなたごときが私の大きな愛を受け止めきれるわけないですよね。って言ってやったんです。」
その時の坂田さんの小馬鹿にしたような表情を思い出してお盆を握る手に思わず力がこもる。
そんな私の様子を見ながら、お咲ちゃんと山崎さんはにこにこと笑い、口を揃えて「そうなんだぁ」とか言っている。
なんだその心のこもってない相槌は。
これはそんな優しい笑顔になるようなハートウォーミングな話ではない。
「…何よ」
にこにこと、否、にやにやと笑うお咲ちゃん。
何が言いたいんだ。
「別にィ。気づいてないのはなまえだけだから。ていうか、気づかないようにしてるのはなまえだものね。」
認めてしまえば楽になるのに。
そんな事を言いながら下手くそな、大きさがバラバラの団子を串に刺していくお咲ちゃん。
団子すらうまく丸められないなんて不器用にもほどがある。
「認めるって、何を。」
意味深な言葉になおも食ってかかる私の事をにこにこ笑って見ていた山崎さんは
「なまえちゃんと旦那は凄い仲が良いんだね」
と言ってお茶を飲み干した。
「仲は、良いですけど。でも坂田さんはうざがってますよ。」
「いや、あの人はいつも誰に対してもそんな感じだからね。」
お咲ちゃんみたいに笑って大福のお金を私に手渡す。
山崎さんまでお咲ちゃんの味方なのか。
「じゃあ、あとは認めて飛び込む勇気だけだね。」
なんて意味深な事を言い残して暖簾をくぐる山崎さんの後ろ姿は、意味わからない事言っててもやっぱり神々しいのだ。
やっぱり良いなぁ山崎さんは。
「あ!山崎さん!また来てくださいね!」
暖簾の向こうに消えた背中に慌てて声をかけて、
お咲ちゃんは山崎さんの言ってた意味わかってるのかなと奥の方を見れば、未だにしつこくにやにやと顔に似合わない下卑た笑顔を浮かべていたのでお盆を投げつけてやった。
「その顔しないで、二度と!」