2
「え?何?誰って?」

「だから、山崎さんだよ、真選組の。」


私が衝撃的な一目惚れをしてから早一ヶ月。
あれから週に一回来るか来ないかのペースでお店に現れる山崎さんに私は密かに想いを寄せ続けている。

一ヶ月も持てばこれはもう立派な恋ではないだろうか。というか一目惚れというのも存外悪くないじゃないか。1つの恋の始まり方として全然アリだ。

なんて事を思いながら同僚のお咲ちゃんと一緒にあんこをお餅に包む。


「えー山崎ィ?山崎さんってあの?」


真選組の山崎さん。
そう言うとお咲ちゃんはなんとも微妙な表情を作ってそう聞き返してきた。
あの?の続きは聞かなくてもわかる。あの、地味な?と言いたいのだろう。


「なんかわからないけど電撃が疾ったんだよねぇ。」


確かにそんなかっこいい見た目かと聞かれれば、正直そうでもない。決して悪くはないが特筆して美しいところがある訳でもない。良くも悪くも地味なのだ。


「山崎さんかぁ…私はてっきり、はるこは銀ちゃんが好きなのかと思ってたよ」


不器用なりに一生懸命大福を包んでいたお咲ちゃんは、いびつな大福を量産している。
これはきっと定価の半額で売ることになりそうだ。不器用なんだから調理に回るとないのにな。なんて失礼な事を思いながらその手元を眺める。


「え?銀?…ああ、坂田さん?何で?」

「超仲良いじゃん。」


ぱちりとお咲ちゃんの長い睫毛に縁取られた大きな瞳が瞬いた。
失敗してぐしゃぐしゃになった大福を隠すように隅に追いやって、いつになく真剣な顔で私を見つめる。


「まあ。仲は良いけど。」


超仲良い。
仲良しなのは認めよう。
ていうか坂田さんは基本的にうざがってるけど。


「私は山崎さんだったら銀ちゃんの方が良いと思うよ」

「それはないわ。だって坂田さんはプー太郎だけど山崎さんは公務員だもん。」

「ああ、まぁ、ねぇ。」


それを言ってしまったら、ねぇ。
とお咲ちゃんは言葉を濁した。

お咲ちゃんも私も、22歳。同い年だ。
二人ともまだ結婚していない。
所謂、行き遅れだ。
22歳でまだ結婚していないなんて、この時代、世間から見れば完全なる行き遅れ。もう後がないのだ。別に結婚なんてしなくても生きて行けるけれど、後ろ指を指されて生きていくのは嫌だなぁ。なんて思ったりもする訳だ。


「先のことを考えるなら断然山崎さんか。」


お咲ちゃんは粉に塗れた手を顎の下に当てて真剣な顔。
人の恋の話でここまで真剣になれるのは、きっと境遇が似ているからだろう。


でもそれなら沖田さんのほうが見た目は良くない?なんて小さな声で呟くのが聞こえる。


まあ、確かに。
真選組の沖田さんは見た目だけなら100点満点だろう。見た目だけなら。


「あ。坂田さんだ。」


何気なく店内に視線を向けると見慣れた銀髪が今まさに暖簾をくぐるところだった。


噂をすれば、だ。


「ちょっと、はるこ注文聞いてきてよ。」

「いいけど…でもお咲ちゃん一人で大福包めるの?」


調理場を私が離れると言うことは大福作りは彼女の手に委ねられると言うことだ。

いや無理だろう。絶対に。


ケースの中に量産されたいびつな大福をジッと見つめる私の視線に気づいたお咲ちゃんはウッと言葉を詰まらせる。


「いや無理だけどでもほら、私を見て」


両腕を広げて、ね?と首を傾げる。

確かに。

一体何をしたらそんなことになるんだというくらい全身粉まみれである。頭の先から足の先まで。
大福を包んで居たと言うよりは大福になろうとして居た痕跡のようだ。


「わかったら行ってきて。」



もう二度と裏方の仕事を頼むのはやめよう。
奥の方であんこを炊いていた店長の声が聞こえた気がした。



「いらっしゃいませー」


でも相手は坂田さんなんだから別に良いじゃないか粉まみれでも。お咲ちゃんは可愛いから粉に塗れててもなんて事ない。

ていうかむしろ白くてツルツルでほんのりピンク色の頬にうっすら粉がついて、いちご大福みたいで可愛い。あ、ダメだ。いちご大福なんてダメだ。
坂田さんみたいな野獣の前に放り出したらお咲ちゃんなんてペロッと食われてしまうかもしれない。
ダメだ。そんなことは許されない。野獣め。



若干失礼な事を考えながらエプロンに着いた粉を適当に払い、定位置に座った坂田さんに淹れたてのお茶を静かに差し出す。


「どうぞ」

「おー…」


お茶を受け取ってその生気のない瞳で私の姿を捉えた坂田さんは、しばらく私の顔を見た後、頭の先から爪先まで視線を走らせた。


まるで考えていることを見透かされているようだ。
失礼な事を考えていた後ろめたさもあってあからさまにたじろぐ。


「な、なんですか、やらしい目で見ないでください。セクハラですか」

「はるこにセクハラするほど困ってない、つーか…何したらそんな粉まみれになるわけ」


坂田さんはさらっと失礼な事を言って、私のエプロンの裾を掴んで揺らす。


そう言われて自分の体を見下ろせば私も、お咲ちゃんに負けないくらい全身粉まみれだった。

恨めしげに彼女を振り返ると、彼女は舌をペロッと出して自分の頭を軽く小突いた。あ可愛っ。じゃねーや、てへぺろじゃない。許されない。


「大福作ってたんですよ」

「どんな作り方したらそんな頭の先から足の先まで粉まみれになるんだよ。大福作ってたっつーかこれはもはや大福になろうとしてただろ。」

「良いでしょ別に!愛情込めて作ってたんですよ」


頭に被った三角巾を右手でぽんぽん叩くと、粉が舞った。
続いてエプロンもぱんぱん叩く。


ふわりふわりと舞う粉は静かに見つめていると坂田さんの白い髪の毛に紛れて見えなくなった。
ざまァみろ。人のことをバカにするからだ。


「ふふ。」

「何笑ってんだ」


もじゃもじゃ頭に吸い込まれるように消えていく粉をみて笑っていると不審者をみるような視線を向けられた。


「何でもないです。早く注文決めてください。あ、大福食べますか?今ならお咲ちゃんが作った半額の大福がありますよ。おすすめです。」


ホラ、と奥で必死に大福を包んでるお咲ちゃんの方を指さすと、何で半額なのよ!と怒鳴られた。
だって歪だから。
お咲ちゃんが包んだ大福はいつも半額で売るのだ。
それでも彼女が大福を包むのを禁止しない店長の懐は深い。


「じゃそれで」



こう言う風にメニューを開く事なく注文を決めるあたりがさすが常連らしい。

今は全然関係ないが、バリバリ和菓子屋のうちのメニューに何故か不釣り合いな季節のパフェがあるのは坂田さんのためだという。
不思議な顔をしていた私とお咲ちゃんに店長が、昔お世話になったからねぇ、と言ったのを良く覚えている。


坂田さん。一体何者なのか。
ただのプー太郎でないことは確かだ。


「あ!ちなみに!はるこちゃんの愛情たっぷりの大福もありますけ「いや、お咲ので。」

「そ、即答…食い気味に即答された…ああそうですか私の大福は食べられないって事ですか!」


キーッと威嚇するように大きな声を出せば、
そうなる事を予測していたのか、坂田さんは私が叫ぶよりも先に指で耳栓をして、涼しい顔をしている。


「私の大福だっておいしいのに!」

「どっちでも同じだろ、材料同じなんだから。」


見た目が違うだけなんだろ。
なんて、どこかで聞いたような事を言ってお茶をすする坂田さんがとても憎たらしい。



「かしこまりました。お咲ちゃんの、大福一個ですね!」


お咲ちゃんの、という所を強調して言えば彼はフンと鼻で笑った。


「おー、頼まァ。」


坂田さんは意地が悪いのだ。


prev next

bkm